普段何気なく使っている日本語。「英語でなんて言えばいいの!?」と頭を抱えているのは、英語学習者の私たちだけではないようです。アメリカで生まれ、日本で暮らし、博多弁を操る言語学者のアンちゃんことアン・クレシーニさんが、「英語に訳しづらい日本語」と、その裏にある文化の違いを考察します。今回は、日本独自の概念「縁」を取り上げます。
目次
「縁」の英語はfateでいいの?
数年前に参加したトークイベントで、終了後に景品付きの抽選が行われました。私は、今までの人生でほとんど当たったことがなかったので、絶対に無理だろうと思っていました。けれどうれしいことに、隣町の宮地嶽(みやじだけ)神社の塩が当たりました。受け取りに行くと、登壇者の1人が、「お!あなたのオーラが見える!紫色だ!」と言いました。
ほかの参加者は、「ワオ!すてき!」と言っていましたが、私は、まったく意味がわかりませんでした。「え、オーラ?あるの?しかも、見えるの?紫?」と疑問で頭がいっぱいでした。「なんで私だけ?何が起きているか、わからんと」と不思議に思いました。
日本人はよく「自分は無宗教」と言いますが、スピリチュアルなものに感心がある人は多いと思います。オーラや星座など、さまざまな占いが大ブームです。日本では占いなどは「宗教」と呼ばれていないけれど、アメリカでは、こういう「ニューエージ」なものは、全部宗教っぽいです。もちろんアメリカにも占いなどが好きな人はいるけれど、日本のように一般的ではありません。その証拠に、アメリカではオーラの話を1度もしたことがありません。
同じように、日本人の意識に密着している「神道」も、いわゆる宗教という感じはあまりありません。「神道」という単語や漢字を知らない学生もいます。けれど、「日本の神様だよ!神社だよ!」と言ったら、「あ、なるほど!」みたいな返事がきます。神道や仏教の概念は、あまりにも日常生活に浸透し過ぎて、何が宗教なのか、よくわからなくなります。
私はよく「あなたの前世は日本人だよ!」と言われますが、「前世」という概念は、キリスト教徒が多いアメリカではあまり知られていません。ですから、最初は不思議に思いました。友達が、「『前世が日本人だ』というのは、『あなたは日本に縁があったのですね』という意味だ」と教えてくれました。「縁」。アメリカ人の私にとって、すごく不思議な単語です。
今まで、「縁」の意味がよくわかりませんでした。ある日、「縁」をfateと訳したら、友達から、「いや、fateじゃないんだよ」と言われました。「縁」と「運命」は同じものじゃないの?どう違うんだろう?と不思議に思いました。
今回の記事では、「縁」について語ります。読んだ後に、この独特な日本語の表現を、自信を持って英語で言えるようになっていたら、何よりうれしいです!
さて、始めましょう。
「縁もゆかりもない」って英語でなんて言う?
「縁」って、そもそもなんでしょう?『goo辞書』には以下のように書かれています。
- 《(梵)pratyayaの訳》仏語。結果を生じる直接的な原因に対して、間接的な原因。原因を助成して結果を生じさせる条件や事情。「前世からの縁」
- そのようになるめぐりあわせ。「一緒に仕事をするのも、何かの縁だろう」
- 関係を作るきっかけ。「同宿したのが縁で友人になる」
- 血縁的、家族的なつながり。親子・夫婦などの関係。「兄弟の縁を切る」
- 人と人とのかかわりあい。また、物事とのかかわりあい。関係。「金の切れ目が縁の切れ目」「遊びとは縁のない生活」
- (「椽」とも書く)和風住宅で、座敷の外部に面した側に設ける板敷きの部分。雨戸・ガラス戸などの内側に設けるものを縁側、外側に設けるものを濡れ縁ということが多い。
5の「関係」は、英語でconnectionもしくはrelationと訳せると思います。
例えば、「縁もゆかりもない」という表現がありますよね。それは英語で、I don’t have any connection toやI have nothing to do withと言います。
I don’t really have any connection at all to that TV station.
あのテレビ局とは、縁もゆかりもない。
また、土地などに対して「縁もゆかりもない」と言うときは、このように言います。
I am a total stranger here.
この土地に、縁もゆかりもない。
では、2の「めぐりあわせ」をどう英訳するかというのは、非常に難しい問題だと思います。この意味で使われる「縁」を使った日本語の決まり文句と、ふさわしい英訳を探りましょう!
「これも何かの縁」→「偶然じゃない出会い」に変換
たびたび会う人に、「これも何かの縁ですね。」と言いますね。
この決まり文句は、よく
It was so great to meet you.
I am so glad we met.
のように訳されています。
日本語に直訳すると、「出会えてうれしかった(うれしい)です。」。
悪くないけれど、「縁」のニュアンスがあまり入っていない気がします。「縁」には、何か超自然的なニュアンスがあります。それを考えたら、英語のfateのほうが近いかもしれません。
It must have been fate for us to meet.
「本当に運命的な出会いです」みたいな感じです。
もしかしたら、「運命」も「縁」に含まれるのかもしれません。
縁=fate、connection、bond、cause
運命=fate、destiny
英語では、fateのニュアンスはすごく強くて、よく恋人が使うような、ドラマチックな単1語です。
It is fate for us to be together.
私たちが一緒になることは、運命です。
You are my destiny!
あなたは、私の運命の人です!
The stars have aligned!
私達の出会いは、運命だ!
直訳すると「星が一直線に並んでいる」という意味。占星術にその起源があると言われ、「全てがうまくいっている」という意味で使われます。
恋人ではないけれど、たびたびに会う人に「これも何かの縁ですね」と言いたいとき、どう表現したらいいでしょうか。
There is some reason that we met.
I think we met for a reason.
私たちが会ったことには意味がある。
It’s not a coincidence that we met.
私たちが出会ったのは偶然ではない。
I am really glad I met you (and think there is a reason for it).
会えて本当によかった(これも何かのご縁でしょう)。
のように、さまざまな表現があります。
正直、そもそも英語と日本語の根底にある世界観が違うので、ピッタリ当てはまる英語の表現はないと思います。けれど、この表現が近いかもしれません。
例えば、私には大親友がいます。なんと言っていいかわからないけれど、私たちの出会いは偶然ではありません。キリスト教信者の私は、私たちの出会いは神様の導きだ!と思っていますが、仏教徒の親友は、「縁」だと思っています。世界観が違いますが、いずれにせよ、私たちの出会いは偶然じゃないと、2人とも思っています。
浄土真宗本願寺派僧侶の大來尚順(おおぎしょうじゅん)さんの記事によると、仏教で「縁」は“Dependent Co-Arising”と訳すそうです。つまり、物事はすべてがつながっていて、偶然じゃないということですね。
ビジネスの「ご縁」をfateと訳すと、ちょっと大げさ
じゃ、次に行きましょう。初めて仕事をする取引先に、「この度は大変よいご縁をいただきました」という決まり文句がありますね。
いちばん自然な英訳は、
I am so glad that we have been given the opportunity to work together.
I am glad we are working together.
一緒に仕事をする機会に恵まれてうれしいです。
I am looking forward to working with you on this project.
このプロジェクトでご一緒できることを楽しみにしています。
英語では、ビジネスで知り合った人や単なる知り合いに対して、fateやdestinyはあまり使いません。すごく仲がいい友達や恋人には使いますが、上で書いたように、かなり意味の強い表現です。 例えば、ビジネスの打ち合わせで、“It was fate for us to work on this project together.”と言ったら、きっと笑われます。「なんでそんな重いことを言うんだろう?」みたいに思われるかもしれません。
「縁がある」「縁がない」を英訳すると・・・
「縁がある」「ご縁がなかった」「縁が深い」など、日本語にはたくさん「縁」を使う表現があります。
例えば「あの人とはあまり縁がなかったね」は、
It was not meant for us to be friends.
We were not meant to be friends.
友達になる運命ではなかった。
It was just not meant for us to be in each other’s lives.(超直訳)
互いの人生に関わる運命ではなかった。
みたいに英訳できるけど、恋人同士でよく使うせりふで、友達や知り合いの間では、あまり使いません。
「あの人とは縁がある」は、
We were meant to be together.
私たちは一緒になる運命だった。
We were meant to be friends.
私たちは友達になる運命だった。
などと訳せます。また、「気が合う」は次のような感じで表現できます。
We really click.
本当に気が合うね。
We are on the same page.
私たちは同じような考えを持っている。
We get along well.
私たちはよく理解し合っている。
全部意味は近いけど、少し的外れな感じがするかもしれません。
「縁」「縁起」はとても英訳しづらい日本語
では、次は、「縁」の親戚、「縁起」です。「縁起がいい」「縁起が悪い」といった言い回しをよく耳にしますよね。
超直訳すると、 bad luck と [good luckgood+luck) になります。
でも、「縁起」には、もっと深い意味があると思います。この単語は、日本の世界観とつながっています。
まず、「縁起」はサンスクリット語の漢訳です。仏教用語としての「縁起」には、先ほど説明したように、「すべてのものがつながっている」みたいなニュアンスがあります。いいことや悪い事が起きることには理由があるという考えです。ただの偶然ではありません。
悪いことが続いたら、「縁起が悪い」と言う。いいことが起きたら、「縁起がいい」と言います。
That was bad luck.
Things just aren’t going my way these days.
縁起が悪かった。
That was really good luck.
縁起が良かった。
とは英訳できるけど、「縁」の意味がちょっとずれていると思います。しかも、少し不自然な感じですね。
やっぱり、英語圏にない概念である「縁」や「縁起」は、英語になかなか訳せません。私は、20年間日本に住んでやっと「縁」の意味がなんとなく把握できてきたと思います。
「ジンクス」は和製英語
最後に、意味が似ている「験(げん)を担ぐ」と「ジンクス」について考えましょう。「験を担ぐ」は、be superstitiousと言っていいと思います。superstitionは英語で「迷信」という意味で、日本語の「ジンクス」もこの概念を指していると思いますが、実は「ジンクス」は立派な和製英語です。
英語にもjinxという単語が存在しますが、日本語での使い方と全然違います。英語のjinxは「呪い」という意味です。「呪い」のほかの言い方は、curseやspellなどがあります。
アメリカのメジャーリーグ野球から有名な例をあげましょう。シカゴカブスのファンなら誰もが知っている迷信があります。The Curse of the Billy Goat(ヤギの呪い)です。
1945年に、あるカブスのファンがペットのヤギを連れて観戦しようとしたところ、入場を拒否されました。追い出されたそのファンはとても腹を立て、カブスに呪いをかけたそうです。「あの最低なカブスはこれから勝たないぞ!」みたいなことを言ったそうです。そして、108年間、カブスは優勝できませんでした。やっと、2016年に、シカゴ・カブスはThe Curse of the Billy Goatを破ってワールドシリーズで優勝しました。
物事がうまく行かないとき、このようにjinxを使います。
I think I am jinxed.
呪いをかけられたかも。
でも、日本語の「ジンクス」は、「験を担ぐ」と同じ意味です。よくスポーツ選手の話などで聞く表現です。
He is superstitious about his socks. He wears the same pair every game.
あの選手のジンクスは、毎日同じ靴下を履くことです。
He is really superstitious, so he eats curry before every game.
彼は験担ぎに、いつも試合前にカレーを食べる。
理解しようとする心があれば
この記事を書くことによって、よくわからなかった「縁」という言葉を、やっと理解できるようになりました。やっぱり、世界観が違うと、なかなか言葉も概念も理解しづらいなと改めて思いました。
けれど、どんなに世界観が違っていても、理解しようとする心があるなら、いずれその不思議な概念を理解ができるようになると思います。
私は、ENGLISH JOURNALと縁があることに感謝しています。
I am thankful for the great relationship I have with ENGLISH JOURNAL!