「迷惑」が英訳しづらいわけ――新型コロナウイルスに感染して謝る日本人

普段何気なく使っている日本語。「英語でなんて言えばいいの!?」と頭を抱えているのは、英語学習者の私たちだけではないようです。アメリカで生まれ、日本で暮らし、博多弁を操る言語学者のアンちゃんことアン・クレシーニさんが、「英語に訳しづらい日本語」と、その裏にある文化の違いを考察します。最終回となる今回は、「迷惑」を取り上げます。

日本人の精神を表す4つの言葉

私は、日本に来てもう25年経ちます。日本とアメリカの文化や国民性の違いは山ほどありますが、 「日本人の心を知るために、いちばん大事な単語はなんですか?」 と聞かれたら、私は 「我慢」「遠慮」「迷惑」「思いやり」 と答えると思います。

4つとも日本人にとってすごく大事な概念で、日本人の世界観から生まれた単語です。なかなか英語に訳せません。

「我慢」について語り出すと文字数が足りませんし、 「思いやり」については以前取り上げた ので、今回はほぼ毎日耳にする「迷惑」という言葉を解説していきたいと思います。

ej.alc.co.jp

日本の集団意識が生んだ「迷惑」という言葉

幼い頃から、耳にたこができるほど「迷惑にならないように」と言われてきた方は多いのではないでしょうか。集団意識が強い日本人は、自分より相手を優先して行動することが多いです。とにかく、「ほかの人の人生を邪魔しないように行動しよう」という考えなのだと思います。

一方、アメリカは個人を大事にする文化なので、日本人ほど「迷惑意識」は強くないと感じます。アメリカ人はわがままで自分のことしか考えず、相手のことはどうでもいいと考えている、と言いたいわけではありません。

ただ、日本人が「これは明らかに迷惑だ!」と言う事象でも、アメリカでは「あれ?これって迷惑なの?知らなかった!」と受け取られる場合があります。つまり、アメリカ人の「迷惑意識」は日本人より薄いのです。

日本語の「迷惑」は文脈によって訳し方が変わってくるので、これからさまざまな表現を紹介したいと思います。

さて、始めましょう!

「迷惑」は英語でなんて言う?

「ほかの人に迷惑を掛けるな」は、英語でなんと言えばよいのでしょうか。

「迷惑を掛ける」という表現を英和辞典( Bravolol online dictionary )で引くと、

・ to cause trouble ( for someone)

・ to annoy

・ to bother

・ to inconvenience

といった英語表現が出てきます。

cause trouble

まず、cause troubleを見ていきましょう。下記の文章は、よく反抗期の少年少女に対して使う表現です。

He is causing his parents so much trouble these days.

彼は最近親をすごく困らせています。

She is causing a lot of trouble at school.
彼女は学校でいろんないたずらをしています。

His temper is causing a lot of trouble to the people around him.彼は短気で、周囲に迷惑を掛けています。

cause troubleには、「迷惑を掛ける」「困らせる」「いたずらをする」のようにさまざまな意味があります。

annoy

では、次はannoyを見ていきましょう。どちらかと言うと、「迷惑を掛ける」というよりは、「イライラさせる」という意味の方が近いです。例えば、ずっと頭の周りを飛んでいるハエのイメージです。「迷惑」ほど強い意味はありません。

このように使います。

My little brother is so annoying. He is always talking to me.
弟がマジでうざい。いつも私に話し掛けてくる。

That fly is really annoying me.あのハエは本当にイライラさせる。
Oh, man, that song is so annoying! I am so sick of it!

あの、うざいなぁ!超聴き飽きた!

bother

botherはannoyに近いニュアンスで、annoyと入れ替えて使える場合もあります。

You are really annoying me.
You are really bothering me.

My brother has been bothering me all day.
My brother has been annoying me all day.

けれど、botherには「邪魔をする」という意味もあります。

I'm trying to study! Stop bothering me!

、勉強中やけん!邪魔するな!

そして、「迷惑を掛ける」という意味もあります。

I’m really sorry to bother you.

ご迷惑をお掛けし、本当に申し訳ありません。

inconvenience

最後に、inconvenienceを見てみましょう。

inconvenience(不便)は、convenience(便利) の反対語です。形容詞形は、それぞれ inconvenient(不便な)とconvenient(便利な)です。

inconvenienceは、「不便を掛ける」という動詞としても使います。

I am really sorry to inconvenience you.

迷惑をお掛けしまして、誠に申しありません。

ただこれはとても固い表現で、あまり日常会話では使いません。

「迷惑を掛けるな!」を英語で言うと

「アンちゃん!じゃあ、結局『迷惑を掛けるな!』って、いったいどうやって英語に訳すの?」という声が聞こえてきそうです。

残念ながら、日本語の「迷惑」が表す概念にぴったり合う英語表現を1つに決めることはできません。これまで紹介してきた表現を使うと、「迷惑を掛けるな!」は、

“Don’t bother him!”

“Don’t cause him any trouble!”

“Don’t inconvenience him!”

“Don’t be a bother!”

のように言うことができます。しかし、日本語ほど頻繁に使う表現ではありません。

ご迷惑お掛けしますが・・・と言いたいときは?

多くの日本人は他人のことを優先して行動します。その結果、何かをする前に、無意識に「私の行動は、相手に嫌な思いをさせるかな?迷惑を掛けるかな?」と考えます。

私はたまに、街でファンや読者に声を掛けられることがあります。けれど、話し掛けてくる人より、何も言わずに私をじっと見つめてくる人の方が多いです。プライベートで話し掛けるのは迷惑だろうと思っているのでしょう。

勇気を出して声を掛けてくれた方でも、まず謝ります。「ペライベートな時間をお邪魔して申し訳ありません!」みたいなことをよく言われます。

もちろん、アメリカ人の私は、ファンと話すことが大好きなので、まったく迷惑だと思っていませんが、日本人がそう言いたくなる気持ちはよくわかります。

では、こういうとき、英語でなんと言えばよいでしょうか。

I'm really sorry to bother you, but can I take a picture with you?

ご迷惑をお掛けして本当にすみませんが、一緒に写真を撮ってもよろしいですか?

I wonder if I would be bothering her if I called her now.

今、彼女に電したら、迷惑かな。

You can’t play the piano after 9 p.m. because it would bother the neighbors.

近所迷惑だから、9時以降は絶対にピアノを弾いたらだめだよ。

「迷惑メール」は英語で「くずメール」

訳のわからない、知らない人から頻繁に来るメールに「迷惑メール」という名前が付いていることからも、日本人にとって「迷惑」という概念がどれだけ大きいかがわかります。

こうしたメールが迷惑だと言いたいときには、botherやannoy、 inconvenienceを使っても全然構いません。しかし、名詞として「迷惑メール」をbothersome mail、 annoying mail、 inconvenient mailなどとは言いません。

英語で「迷惑メール」は、junk mailと言います。 直訳すると、「くずメール」です。とにかく、「くず」「いらないもの」みたいなニュアンスです。アメリカの国民性に合う表現だなとよく思います。

I'm getting a lot of junk mail these days.

最近、迷惑メールが多い

For some reason, your message went into my junk mail folder, so I just now found it.

なぜかわからないけど、あなたからのメールが迷惑メールフォルダに入っちゃって、今気が付いた。

新型コロナウイルスに感染して謝る日本人

日本の社会で、「迷惑」という表現は本当に奥深い意味を持ちます。

ただの決まり文句として使われている場合もたくさんあります。例えば、「ご迷惑をお掛けします」は、「お世話になります」や「よろしくお願いします」とほとんど同じニュアンスですよね。

けれど、日本人は「ほかの人の迷惑にならないこと」に対する意識が高く、行動基準になることさえあります。

同僚に迷惑を掛けたくないから、有給休暇を取らない。

新型コロナウイルスに感染して、いろんな人に迷惑を掛けたから謝る。

この2つは、私の母国のアメリカではあり得ないことです。皆どんどん有休を取るし、新型コロナウイルスに感染して謝ることなどしません。「有休を取る権利がある」「新型コロナウイルスに感染して、何が悪い?」という感じです。

日本では、たとえ有休を取る権利があっても、休むことで周囲の人を困らせるのはわがままかもしれない、と感じている人がいます。また、新型コロナウイルスに感染してしまうことは悪いことではないけれど、それでもいろんな人を困らせてしまうから、謝らないといけないと思っている人が多いと思います。

これまでの連載でも何度も言ってきたことですが、 ある文化に概念自体がなかったら、当然その概念を表す表現もありません。 英語圏で「迷惑」という概念がまったくないわけじゃないけれど、日本と比べたら、「迷惑意識」が薄いということです。そのため、「迷惑」にぴったり当てはまる英単語が見つからないのです。

ちなみに、私は日本人になりかけなので、最近「迷惑意識」が高くなってきました。やけん、「ENGLISH JOURNAL ONLINE」の編集者に迷惑を掛けないように、この記事を締め切りの1週間前に書きました。私は、立派な日本人でしょう?

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アン・クレシーニ
アン・クレシーニ

アメリカ生まれ。福岡県宗像市に住み、北九州市立大学で和製英語と外来語について研究している。著書に『アンちゃんの日本が好きすぎてたまらんバイ!』(合同会社リボンシップ)。自身で発見した日本の面白いことを、博多弁と英語でつづるブログ「アンちゃんから見るニッポン」が人気。Facebookページも更新中! 写真:リズ・クレシーニ

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