多数のキツネが生息するロンドン。戦いが始まるガーデニングシーズン、到来【LONDON STORIES】

ロンドンが「キツネの都」だとご存じでしたか。街中どこでも見かけるくらいの数がいるそうです。ロンドン在住のライター宮田華子さんは、庭にやって来るキツネと格闘しているそうです。

キツネとの戦い。庭を持って初めてのガーデンシーズン到来

この原稿を書いている5月初旬、ロンドンにやっと遅い春がやってきた。と言っても20度を超えた日はまだたった1日のみ。朝晩は5~8度前後、最高気温も12~15度程度なので、出掛けるときはコートを着ている、しかし震えているのは人間さまのみ。こんなに寒くても草木は時期が来るとしっかり芽吹き、風景を柔らかな緑色に変えてくれる。

毎年そんな感傷にも近い気持ちで春を迎えて「いた」(←過去形)のだが・・・今年は少し違う思いで過ごしている。これには理由がある。昨年夏に引っ越しをし、「マイガーデン」を持ったからなのだ。

私事で恐縮だが、少し振り返ってみたい。コロナ禍になった年、2020年8月号の『ENGLISH JOURNAL』で、「ガーデニングを愛する国、イギリス」というタイトルで、「庭が欲しい!」気持ちを絶叫に近いトーン(笑)でたっぷり書かせていただいた。

当時の私は庭が欲しくて欲しくて仕方なかった。フラット(=日本で言う「マンション」)暮らしは快適だったけれど、庭もベランダもない家に物足りなさを感じ、知人の家の庭仕事にわざわざ出向いて「押しかけガーデナー」をするほど「庭熱」に侵されていた。そんなこともあり真剣に住み替えを考えていたのだが、程なくしてコロナ禍がやってきた。厳しいロックダウンを余儀なくされたイギリスでは、不動産業界は一時凍結。住み替えを諦め、靴箱のように小さな家にこもり、息を潜めて過ごした2年間だった。

しばらく「ガーデンが欲しい」気持ちを忘れて過ごしていたのだが、コロナ禍がやっと終わり、さまざま偶然やタイミングが合致したため、昨年夏、庭付き戸建ての家に住み替えた。「やっと庭を持てた!」と思ったものの、昨年は雨の降らない「乾いた夏」だった。ロンドンは水不足対策のため「ホースを使用してガーデンに水を撒くのは禁止令」(←そういうものがあるのです)が出ていたので芝生は既に枯れていた。その後すぐに寒い秋、さらに極寒の冬に突入したので、ほとんど庭に出ることなくオフシーズンに突入した。

オフシーズン中に唯一行った庭仕事は大きな木を切ったこと。本当は切りたくなかったが、伸びすぎた枝が隣家に迷惑をかけていたので仕方なくバッサリ。友人2人が助っ人に来てくれた。

冬の間に友人たちにガーデニングにまつわる「指導」を受けた。「ガーデニングには道具が必要。一つ一つ結構高額だから、一気に買うと大変だよ」というありがたいアドバイスの下、一緒にガーデンセンターに通い、少しずつ必要な道具を買いそろえながら冬を過ごした。

長い冬が終わり、やっと春になった。「いよいよ頑張るか!」と思っていた矢先・・・ある戦いが始まってしまった。

それは「キツネとの戦い」だ。

小ざかしいキツネ氏との攻防戦

「田舎ならまだしも、ロンドンにもキツネがいるの?」と驚かれるかもしれないが、「いる」どころではなく「多過ぎるくらいたくさんいる」と言った方が正しい。ロンドンにはたくさんの巨大公園があり、その中でキツネやリスが生息している。リスは木がないところにはあまり出てこないが、キツネは住宅街はもちろんのこと、時折大通りでも見かけるくらい、そこら中で目にする動物だ。

絵本「ピーターラビット」シリーズはイングランド北部の湖水地方が舞台だが、ロンドンにも同じようなのどかな風景は存在し、そして同じように「きつねのトッド」も暮らしている。夜中、よく「キーキー」という鳴き声が聞こえるが、これはキツネが遊びに来ていることを示す音。この鳴き声を聞いたことがないロンドン人はいないはずだ。

「ピーターラビット」シリーズの一冊「きつねのトッドのおはなし」。

「どうもわが家の庭は、キツネの通り道になっているようだ」と、冬の間になんとなく勘づいていた。時折、キツネのものと思われる「落とし物」を見掛けたし、地面に穴が掘られることもあった。
 

しかし、当初はあまり気にしていなかった。というのも私と夫はこの家に引っ越してきたとき、「庭に果物や木の実がなる木や植物を植えない」と決めていたからだ。「庭においしいものがない」=「動物にとって魅力のない庭」ということ。食べ物がなければネズミの侵入を防ぐことに加え、キツネや鳥に庭を荒らされることもなく、ナメクジなどの害虫対策も簡単なはず。

リンゴや洋ナシ、イチゴやブラックベリーをわが家で収穫できたら楽しいけれど、ガーデニング初心者の私たちには「果物・木の実のない庭」の方が手間なしだと思ったのだ。多少の「落とし物」があったとしても、それは自然の摂理というもの。優しいまなざしでトッド氏のパトロールを見逃していた。

4月中旬から、やっとガーデニングに着手した私たちが最初にしたことは、植木鉢を買い、草花の苗を植えることだった。地植えは一部にし、ほとんどの苗を植木鉢に植えたのも、その方が初心者向きだと思ったからだ。鉢植えをすると水まきの手間はかかるが、根や枝が伸び放題になるのを防ぐことが可能だ。

そんなふうに、私たちなりに楽に始められるガーデニングライフを目指したはずだったのだが・・・甘かった。

トッド氏は思った以上に手ごわい相手だったのだ。

イギリスの児童文学にキツネはよく登場するが、「小ざかしい悪者」に描かれることが多い。今回その理由を、身に染みて理解することとなった。

同じ鉢を毎日狙うのはなぜ?

翌朝、苗を植えた庭を見ると、ミモザとミントを植えた2つの鉢植えが倒され、別の2つの植木鉢は中の土が掘り返されていた。掘り返した鉢の1つには、優しいピンク色の花を咲かせるはずのシャクヤクの「根」を埋めていたのだが、土だけでなくご丁寧に「根」を掘り起こし、それだけつまんで2メートルほど先にポイ捨てしていた。

一瞬、お隣の飼い猫がやったのかな?とも思ったが、キツネ特有の形状をした「落とし物」を数カ所にしっかり残し、芝生の生えていない柔らかい土を選んで穴も掘られていた。トッド氏の仕業であることは明らかだった。

とはいえ、初心者ガーデナーの私たちは不思議でならなかった。トッド氏のご飯になるものは何一つない庭なのに、なぜこの庭に来るのだろう?首をかしげつつ4つの植木鉢を元に戻し、掘られた穴を埋めてその上にレンガを置き、「落とし物」に土をかけた。

翌日。
またやられた。

興味深いことに、鉢植えは幾つもあるというのに、倒された鉢も土が掘られた鉢も、前日と全く同じなのだ。どこがどう気に入ったのか、同じ鉢植えに狙いを定めているとしか思えない。この日も、シャクヤクの根はちょっと離れた場所にポイ捨てされ、カメリアの苗を植えた鉢の土も前日とほぼ同じ位置&角度で掘られていた。

前日、地面に掘られた穴にはレンガを置いておいたので、さすがに同じ場所に穴はなかったが、別の場所にしっかり掘られ、「落とし物」も数カ所で見つかった。

わが家を通るだけであれば黙認しよう思っていたが、あれこれ考えて苗を購入し、大切に育て始めた植物を荒らされるのは悲し過ぎる。この日を境にこちらも臨戦態勢となり、本格的にトッド氏との戦いが始まった。

幸いなことに、私たちにはガーデニングのエキスパートの友人がいる。勇んで電話をかけてみたのだが、返事は芳しいものではなかった。

ガーデニング大好きP君:「キツネに気に入られちゃったんだねえ。キツネってさ、一度『この家が好き!』と思うと、いろいろ頑張ってもなかなか嫌いになってくれないものなんだ。理由を考えたってダメなんだよ」

家庭菜園もやっている本気の園芸家Tさん:「あらあ、キツネさんのターゲットになっちゃったのね。それは困ったね。わが家もなかなか撃退できなくて、苦労してるのよ」

二人ともキツネに狙われ苦労した経験があり、「確実&手早く駆逐できる方法は存在しない」と言い切り、私をがっかりさせた。しかし対策法を3つ教えてくれた。

①キツネには「嫌いな匂い」がある。専用のスプレーを購入できる。
②酢の匂いも嫌いなので、近寄りそうな所にスプレーで酢を吹き掛けるとよい。
③土にトウガラシをまいておくと、そこは「辛くて心地よくない土」と認識して近寄らなくなる。

翌日から、私たちの一日は「キツネチェック」から始まった。毎朝トッド氏が来たかどうかを確認し、穴を掘られた所全てにレンガ置き、「落とし物」を始末し、荒らされた鉢植えを直した。お気に入りの場所には朝晩必ず「嫌いな匂い」をまき、大量に購入したトウガラシを砕いて土に混ぜ込んだ。これを朝晩繰り返した。

鉢の中に石を置き、そこに毎朝毎晩、酢をスプレーしている。

しかし・・・トッド氏は賢かった。嫌いな匂いが付いた石を上手に蹴飛ばして、毎日同じ鉢植えを狙うのだ。地面に堀った穴にレンガを入れても、すぐにまた心地よさそうな土を探し出して穴を掘ってしまう。加え、庭の隅にある小屋(ガーデングッズ用の物置)の小さな割れ目を発見し、小屋に侵入することにも成功。小屋を「休憩所兼トイレ」として活用し、ほぼ毎晩小屋の中に「落とし物」をするようになってしまった。

この問題は簡単には解決しなさそうだと腹をくくった私たち。ターゲットにされてしまった鉢植えは毎晩家の中に入れることにし、新たな対策を練ることにした。

毎日ネットで「キツネ対策」を検索し、効果のありそうなものをバンバン、オンライン購入する散財の日々が始まった。小動物撃退用の「匂い玉(小動物が嫌いな匂いを放つボール状のもの)」を庭に置き、さらに高額&強力な匂いのスプレーも購入し、スパイク(プラスチックの針山)付きの網シートを狙われそうな土の上に敷いた。酢、トウガラシ、レンガも買い増しした。小屋を徹底的に掃除し、割れ目を修理し、どうしても補修できない小さな割れ目は、レンガを積んで塞ぐことにした。

他にもたくさんのものを購入し、細かいことも含めさまざまな対策をしたのだが、現在までで最も効果を上げているのは「小動物撃退用センサー」だ。

赤外線センサーがなんらかの「動き」を感知すると、15秒間ピカッとまぶしい光と超音波を放ち続ける。そして光と超音波に驚いたキツネが逃げていく・・・という仕組みである。ソーラー充電式なので、電源は必要なく好きな場所に設置できる。

脚となる部分がとがっており、地面に刺して設置する。レンガで固定しているのは、そうしないとキツネが脚を抜いてしまうことがあるからだ。

これを設置した夜、何度も庭から「ピカッ!」と光っているのを確認できた。今までいつ来ているのか分からなかったトッド氏だったが、結構頻繁に来ているのか、トッド氏は1匹だけではないのか、その日は何度も光っていた。

翌朝庭を見てみると、戦闘勃発日以来、初めて植木鉢が倒れていなかった!「おお、これはうれしい!」と思ったが、センサーの届かない死角を探し当てた様子。「落とし物」と「穴」を、これまでとは異なる場所に残していた。

そこでこのセンサーをもう1台購入し、庭のほとんどがセンサーの圏内になるように設置することにした。2台目を設置して以来、「この一角は安全」というエリアを私たちが把握できるようになったので、現在は安全地帯を鉢植え置き場にしている。まだ根がしっかりと張っていない植物の鉢植えは毎晩、面倒でも家の中に入れている。

しかし、これでトッド氏との攻防戦が終わったわけではない。トッド氏は「妥協エリア」を見つけたようなのだ。センサーの範囲外にある砂利や固い土の上など、あまり心地よくないと思われる場所でも、「落とし物」をしたり穴を掘ったりするようになってしまった。しかし私たちが最も守りたい植物には近寄らなくなっているので、完全に駆逐するには至っていないが、こちらもある程度は妥協できるようになった。

機械は有能だが、万能ではないことも分かってきた。時折、センサー圏内に穴を掘ることがあり、またセンサーそのものを引っこ抜くこともある(どうやって抜いたのか見当もつかない)。あちらさまもあの手この手で策を講じているのか、大胆な手を使ってくるので気が抜けない。

そのうち、センサーの光に慣れてしまうかもしれないが、現在は、ときどき奇襲攻撃を受けつつも、互いの忍耐が試される持久戦を続けている状態だ。

トッド氏との戦争に随分と時間とお金を使ってきたが、今後、もっと手ごわい敵が現れるかもしれない。暖かくなるにつれ、芝生も雑草もぐんぐん成長しているので、庭仕事もまめにやらなくてはならない。まだガーデニング1カ月目なのに苦労の連続だが、今まで色が全くなかった庭に黄色やピンクの花が咲き始めると、それだけで心が和むものだ。

まだ「楽しんでいる」とは言い難いガーデニング。そんなことをふとこぼすと、P君が「庭は必ず期待に応えてくれるよ。世話をしたら必ず奇麗な花が咲くんだから」と笑顔で励ましてくれた。もうしばらくしたら、キツネとの攻防戦や面倒な作業を「日々の楽しみ」と思えるようになるのだろうか?

現在の目標は植えた苗木の根付けに成功させ、花を増やすこと。花々の色が楽しめる庭になったら、アドバイスをくれた友人たちを招待し、庭でピクニックをしてみたい。その日が早く来ることを願いつつ、今日も朝晩のパトロールと雑草むしりに精を出している。

宮田華子
文・写真:宮田華子(みやた はなこ)

ライター/エッセイスト、iU情報経営イノベーション専門職大学・客員教授。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。

連載「LONDON STORIES」

宮田華子さんによる本連載のその他のコラムを、ぜひこちらからご覧ください。

トップ写真:Vincent van Zalinge from Unsplash
本文1つ目の森の写真:Siobhan Flannery from Unsplash
本文3つ目のキツネの写真:Scott Walsh from Unsplash

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