普段何気なく使っている日本語。「英語でなんて言えばいいの!?」と頭を抱えているのは、英語学習者の私たちだけではないようです。アメリカで生まれ、日本で暮らし、博多弁を操る言語学者のアンちゃんことアン・クレシーニさんが、「英語に訳しづらい日本語」と、その裏にある文化の違いを考察します。今回は、「思いやり」「気遣い」「さりげない」を取り上げます。
英語に訳しにくい、日本独自の概念
私は、20年間も日本に住んでいますが、まだわからない日本語が山ほどあります。
読めない漢字。わからない文法。聞いたことがない単語。
母語の英語ですら、わからない言葉はあります。20年前に、大学院に入るために、GRE(Graduate Record Examination)という試験を受けなければなりませんでした。試験科目は、得意な英語と泣くほど嫌いな数学でした。英語が好きなので、楽ちんだ!と思いましたが、全然楽ちんではなかったです。勉強するために買った本に覚えるべき英単語がリストアップされていましたが、半分ぐらい意味がわかりませんでした。
日本語でも、1回も聞いたことがない言葉もあれば、何回聞いてもなかなか意味がわからないものもあります。
例えば、「微妙」の意味がわかるまで、何カ月もかかりました。そしていまだに、どうやって「あえて」を正しく使うのか、よくわかりません。
「さりげない」もその中の1つです。今回は、日本人がよく使うけれど、英語に訳しにくい3つの概念、「思いやり」「気遣い」「さりげない」について解説していきます。
さて、始めよう!
「思いやり」「気配り」「気遣い」はどう違う?
私がいつも思うのは、日本語には感情からくる行動を表す言葉が多いということです。例えば、「思いやり」「気配り」「気遣い」。
英語の辞書で調べると、すべてconsiderationが出てきます。けれど日本人に聞くと、「その3つは全然意味が違う!」というふうに言うと思います。
ところが、「じゃ、どう違うの?」と聞いたら、なかなか説明ができないのではないでしょうか。「なんだろう・・・なんとなく違う。」みたいな返事がくると思います。ちなみに、「なんとなく」もなかなか英語に訳せません。
considerationと意味が近い単語は、thoughtfulnessです。この2つは、名詞です。形容詞にするなら、considerateとthoughtfulです。
文脈によって、意味は微妙に違うと思います。私の感覚では、thoughtfulnessのニュアンスは、誰かのことを考えたり、大事にしたりするから、優しいことをする。considerationは、誰かの気持ちを考えて行動することです。強いて言えば、thoughtfulnessは思いやりで、considerationは気遣い。けれど、ほとんどの日本人は無意識に使い分けていると思います。
簡単に言うと、「思いやり」は優しさで人のことを考えること。あまり意図的ではありません。「気遣い」は、周りの状況を見て、よいと思われる行動を取ることです。つまり意図的です。「こうしたら、みんな喜ぶやろう!」みたいな感じです。
多くの人は、マスクの着用は思いやりだと思っています。
Many people consider wearing a mask to be a way to show consideration for others.
私が病気になったとき、友達が毎日ご飯を作ってくれた。思いやりが半端ない!
When I was sick, my friend made dinner for me everyday. She is so thoughtful/considerate.
多くのアメリカ人は、Wearing a mask is a common courtesy.などと言うので、このような場合、「思いやり」を courtesyと訳してもよいかもしれません。
電車で座ったときに自分の隣の席が少し開いていたら、お尻をずらしてもう1人が座れるようにすることは、「気遣い」です。「気配り」を使ってもいいと思います。
この場合、英語のconsiderateがいちばんふさわしいと思います。
彼は思いやりがあり、ほかの人が座れるように席を詰めた。
He was considerate and scooted over so another person could sit down.
日本語では、「思いやり」と「気遣い」の使い方が違うけれど、英語は、日本語ほど使い分けを大事にしないと思います。
次の文を見てみましょう。
和子さんは、気遣いが素晴らしい。いつもお土産を買ってくれる。
Kazuko is so kind. She always buys me a souvenir.
Kazuko is so nice. She always buys me a souvenir.
Kazuko is so thoughtful. She always buys me a souvenir.
お土産をもらったとき、「お気遣いをありがとうございます」という決まり文句がありますよね。ですから、ここで「思いやり」は使いません。
「思いやりを持つ」と「思いやりがある」は、どっちも英語では、
He is thoughtful.
He is considerate.
と言います。
1つランクがアップした「思いやりがあふれている」は、次のように言います。
He is very thoughtful.
He is a really considerate person.
He is always thinking about other people.
「さりげないおしゃれ」を英訳すると?
似たような表現に、「さりげない」があります。
私は、ずっと「さりげない」の意味がわかりませんでした。このバリ訳しにくい単語も、文脈によって山ほど訳し方があります。
辞書で調べると、nonchalant, unconcerned, in a casual mannerみたいな単語が出てきますが、文脈がなければ、英語ネイティブスピーカーに意味が伝わりません。
「微妙」も同じです。「微妙」を辞書で調べると、subtle, delicate, doubtfulみたいな単語が出てくるけど、日常会話で、”That’s subtle.” ”That’s delicate.” “That’s doubtful.”とは、絶対に言わないです。やっぱり、文脈やニュアンスがわからないと、訳しにくいです。
では、「さりげない」を使った例文を見てみましょう。
彼女のさりげない発言に傷つけられた。
Her casual, offhand remark really hurt my feelings.
ジョンは、さりげなく彼女の手を握った。
John nonchalantly took her hand.
彼は、彼女のさりげない優しさが本当に好きだ
He really likes her subtle acts of kindness.
「仕草」も「さりげない」も訳しにいので、上の文はちょっとだけ不自然です。アメリカ人に通じる例文を考えてみましょう。
私がピザを食べているときに、夫がさりげなくタバスコをテーブルに置いた。
My husband nonchalantly put some Tabasco sauce on the table when he saw I was eating pizza.
※ ... and that was super kind of him! というニュアンスです。
単語よりも、フレーズで説明した方がわかりやすいかもしれません。
without anyone noticing
without making a big deal
[as if it didn’t matter
誰にも気付かれないように、大げさにならないように、という意味です。
as if it were no big dealはスラングっぽいけれど、よく使う英語です。例えば、
友達に、全国テレビに出たの?すごい!と言ったら、彼は、「そうなん?まぁ、15秒しか出てないし、大したことは言ってないよ」とさりげなく答えた。
When I told my friend I couldn't believe he’d appeared on national TV, he acted as if it was no big deal and casually said, “Do you think so? I mean, it was only for 15 seconds and I didn’t say anything special.”
「さりげないおしゃれ」という表現はよく耳にしますが、どうやって英語に訳すか考えたことはありますか?例えば、modestly chic(さりげなく/おしゃれ)と訳せます。 effortlessly chicと言ってもいいと思います。頑張らなくてもおしゃれ、意図的じゃないおしゃれ、みたいな感じですよね。
彼女はさりげなくおしゃれだ。
She is effortlessly chic.
気遣いについては冒頭に書きましたが、「さりげない気遣い」という表現もありますよね。これは、アメリカ人の私にとって、相当面白い表現です。
「気遣い」は、誰かを喜ばせるための優しい行動です。そして、「さりげない気遣い」は、その行動を大げさにならないようにすることです。
晩ご飯が終わった後、旦那さんが何気なく皿洗いしてくれた。
After dinner, my husband got up and washed the dishes without saying anything.
After dinner, my husband got up and washed the dishes(→気遣い)without saying anything (→さりげない). ということで、優しさから何も期待しないで、誰かを喜ばせるために行動することが「さりげない気遣い」です。
英語で言うと、
Doing something out of the kindness of your heart to make someone happy without making a big deal about it and without expecting anything in return.
長い・・・。やっぱり、訳しにくいです。
訳すときは文脈に注意
私は、3年間、ずっと英語と日本語について記事を書いていますが、もしかしたら、今回取り上げた「思いやり」「気遣い」「さりげない」がいちばん難しかったかもしれません。英語に訳しづらい日本語があるのは、間違いなく「言葉」と「文化」がつながっているからです。こうした細かい仕草や感情を表す言葉は英語にはあまりないから、訳すのがものすごく難しいです。
結論は、「文脈がすべて」ということです!
今回の記事を書くのは難しかったけれど、おかげで少し日本の心に近づいた気がします。これからもずっと「思いやりがあふれている人間」でいるよう心掛けます!
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