連載「今よみがえる 死語の世界」の第4回。今回、アン・クレシーニさんが取り上げる死語は昭和の時代によく使われていた「バタンキュー」です。では、仕事や学校から帰って「バタンキュー」する前に、英語でなんて言うかも併せて、アンちゃんの記事をお楽しみください。
目次
日本語ノンネイティブに「オノマトペ」は難しい!
私は23年日本に住んでいて、今は日常生活や仕事で日本語には全く困りません。医療用語、役所用語、漢字、敬語なども自信を持って使えています。日本の生活が長いため、英語よりも日本語の方が自然と口から出てくることも少なくありません。ただ、一つだけぞっとするものがあります。それは、オノマトペです。
「オノマトペ」という言葉を聞いたことはありますか。知らない人も多いのではないでしょうか。これは「擬音語」「擬声語」「擬態語」など、音で意味を表す言葉を指します。
多くの人は気付いていないかもしれませんが、日本人は日常会話で非常に多くのオノマトペを使っています。実は、日本語には英語の8倍ものオノマトペがあるといわれています。日本語ネイティブには当たり前のオノマトペであっても、私は頭がくらくらすることがたくさんあります。
日本語のオノマトペを正しく使える自信が全くないので、私はできるだけ避けるようにしています。この原稿を書いている今日、勇気を出して使ってみましたが、失敗しました。「感動してうるうるっとした!」と言いたかったのですが、「うろっ」と言ってしまいました。
ぴえん。やっぱり、やめとこ。
自分で使うことに関しては自信がありませんが、オノマトペに関する記事を書くのはとても楽しいです。そして、この連載のテーマである死語について書くのも楽しいです。さて、今回取り上げるのは、昭和を代表する「バタンキュー」です。この言葉はオノマトペオンパレードです!
では、始めましょう!
「バタンキュー」の語源と意味は?
「バタンキュー」は、とても疲れていることを表します。夜、仕事から帰宅し、あまりに疲れていてソファーに倒れ込んでしまうとか、風呂に入らないですぐに寝てしまうことを表します。
戦後から1980年代ごろまで使われていたそうですが、今やほぼ死語となっています。今も、あるゲームでは使われているそうですが、普段の会話で使われることは、ほとんどありません。
さて、この表現の由来には、主に2つの説があります。1つ目は、冒頭でお話ししたオノマトペから来たという説です。
「バタン」は倒れる音。そして「キュー」は圧倒されているときや、苦しんでいるときに出す音です。従って、これは「ダブルオノマトペ」なのです。
もう1つの説も面白いです。大正から昭和にかけて活躍した、エンタツ・アチャコという漫才コンビがいて、彼らのネタの一つが「バタンキュー」だったそうです。
太平洋戦争後、多くの日本人は良い酒を買う余裕がなかったので、密造酒を代わりに飲みました。エンタツ・アチャコは、その現実をネタにしたそうです。当時、密造酒は「バクダン」と呼ばれました。「キュー」は冒頭でも話しましたが、苦しんでいるときに使うオノマトペです。つまり、粗悪な酒を飲み、飲んで亡くなってしまう様子を表したのです。そして、「バクダンキュー」は「バタンキュー」に省略されたそうです。
参考:「バタンキュー」の元ネタとは?漫才師のギャグって知ってた?(意味ペディア)
今は「バタンキュー」ではなく、なんて言う?
高校生に「バタンキュー」って知っている?と聞いてみたところ、想像どおり「うん、ゲームでたまに聞くけど、言わない」と返ってきました。
言わないのであれば、代わりにどんな言葉が使われているのでしょう。いろいろあると思いますが、幾つか候補となりそうな語を挙げ、その英語も併せて考えてみます。
ぶっ倒れる
この単語は「バタンキュー」にとても近いニュアンスがあると思います。あまりに疲れてしまい、家に戻ってすぐに寝てしまうことを表します。
参考:「バタンキュー」を現代語に言い換えるとどんな表現になる!?(意味ペディア)
We were so busy at work today. I crashed as soon as I got home.
仕事がめちゃくちゃ忙しかった。家に帰ってすぐぶっ倒れた。
爆睡する
深く、死んだように眠ることです。
I was so exhausted that I slept like a log.
疲れ過ぎて爆睡した。
気絶する
瞬間的にストンと眠りに落ち、ぐっすり眠ることを表します。本来の「気絶する」は、英語ではpass outが近いですが、「ここでは気絶するように寝る」という意味なので、ぶっ倒れると同じcrashでよいと思います。
I was so exhausted yesterday that I crashed as soon as I got home.
昨日、疲れ過ぎて家に帰って気絶した。
寝落ち
バタンキューとは少し意味が違います。何かをやっていて、知らないうちに寝てしまうことを指します。
I dozed off while writing my report.
レポートを書いている間に、寝落ちした。
グロッキー
「グロッキー」は日本では昭和の初めごろから使われていたそうですが、今は主にボクシング用語として生き残っています。相手に攻撃されて、ふらふら状態になったボクサーを「グロッキー」と言います。日常でも、とても疲れているときに使います。
でも、若い子に聞いてみたら、「グロッキーって何?」と言われました。ぴえん。ワンチャン、グロッキーは死語になっているかもしれません。
I worked super late last night, so I am totally exhausted today.
昨日とても遅くまで仕事をしていたので、今日はめちゃくちゃグロッキーだ。
ちなみに、英語では「グロッキー」ではなく、「グロッギー」(groggy)と発音します。日本語で「グロッキー」になった理由は、もしかしたら音声学に答えがあるかもしれません。日本語では、「っ」の後に「ぎ」「ど」「ぐ」など濁音が来ることはありません。分かりやすく説明すると・・・
「さっか」という日本語はありますが、「さっが」という日本語はありません。「ひっし」や「かっき」はありますが「ひっじ」や「かっぎ」はありません。
外来語は例外です。「バッグ」「ベッド」「レッド」「ホットドッグ」など、「ッ」の後に濁音が来ることはよくあります。しかし、多くの日本人が、書くときは「ホットドッグ」「ベッド」なのに、話すときは無意識に「ホットドック」「ベット」と言っていることに、あるとき、気が付きました。
「ホットドッグ」みたいな音声が元々は日本語にはなく、あまりなじみがないため、無意識に「ホットドック」となるのだと思います。今回取り上げている「グロッキー」も、同じ理由でそうなっていると考えられます。
少し脱線しましたが、音声学は面白い!
「バタンキュー」は英語でどう表現できる?
では、バタンキューに近い英語の表現を考えましょう!そのためにはバタンキューがどのくらいの疲れなのかを考える必要があります。
日本人のほとんどはI’m tired.という表現を知っていると思います。しかし、tiredよりも疲れていることを表す表現には、多くのバリエーションがあります。
I worked from morning until evening. I’m worn out.
朝から晩まで仕事をしていた。とても疲れている。
My baby was crying all night long. I’m exhausted.
赤ちゃんが一晩中泣いていた。私は疲れ果てた。
We were really busy at work today. I’m beat.
今日は仕事がとても忙しかった。ヘトヘトだ。
I have been working for 10 hours straight. I’m dead on my feet.
10時間働き続けている。もう、動けない。
I don’t want to go anywhere. I’m pooped.
もう、どこにも行きたくない。マジで疲れた。
形容詞の前に副詞を置いて、疲れ具合を強調することもできます。上の例文で見てみると・・・
so worn out
really exhausted
totally beat
so dead on my feet
seriously pooped
副詞と形容詞の組み合わせではなく、慣用句として「倒れるくらい疲れている」を意味する言葉もたくさんあります。まず、リストアップした後、例文で説明します。
pass out
crash
zonk out
knock one out
fall asleep as soon as my head hit the pillow
out like a light
pass out
pass outにはさまざまな意味がありますが、「気を失う」「失神する」「気絶する」などが一般的です。いろいろな場面で使われています。
I passed out on the train because I got dehydrated.
脱水症状になって、電車の中で失神した。
I passed out drunk last night.
昨日、酒を飲み過ぎて倒れた。
crash
crashの基本的な意味は「衝突する」などですが、「バタンキュー」の意味もあります。
I was so exhausted that I crashed as soon as I came home.
あまりに疲れていて、家に帰ってバタンキューだった。
Sorry, I didn’t call you when I got home. I was so tired I crashed.
昨日、帰宅後に電話しなくてごめん。疲れてバタンキューだったんだ。
zonk out、knock one out
zonk outは「ぐっすり眠り込む」という意味です。眠過ぎ、疲れ過ぎで、横になったとたんに寝てしまうような状態を表すときに使います。
I worked too many hours that day and I zonked out as soon as I got home.
あの日は働き過ぎて、家に帰ってすぐに寝てしまった。
knock one outは「~の気を失わせる」「~を気絶させる」という意味です。
My job was exhausting yesterday. It totally knocked me out.
仕事がハード過ぎて、ぶっ倒れた。
fall asleep as soon as my head hit the pillow
個人的に、この表現が大好きです。文字を見ただけでその様子が思い浮かびますよね。直訳すると「枕に頭を置いた瞬間、眠る」です。
My son fell asleep as soon as his head hit the pillow.
息子は布団に入るなり、ぐっすりと眠ってしまった。
out like a light
out like a lightの意味は「爆睡して」。直訳すると「明かりが消えるみたいに」です。
今日習った表現を3つ合わせて例文を作ってみます!
My son was totally worn out from playing baseball all day, so he crashed as soon as he got home. He was out like a light.
一日中野球をして疲れ切った息子は、家に帰ってきてすぐに寝てしまった。バタンキューだった。
まとめ
I was really tired so I fell asleep quickly.(とても疲れていたのですぐに寝た)のような表現であれば、英会話で使える人は多いと思います。しかし、言い方はさまざまで、そのバリエーションを使いこなせるようになると、語学はますます楽しくなると思います。
ここで紹介した英語は全て、今のところ元気に生きていますが、「バタンキュー」のように、いずれ死語になる可能性はあります。そして、「バタンキュー」と全く同じニュアンスの日本語は少ないので、中にはこの立派なオノマトペをよみがえらせたいと思っている人もいると思います。
ただ、オノマトペが苦手な私は、「バタンキュー」は死語のままでいいかなと思っています。万が一、復活しても、私は間違えて「バトンキョー」などと言ってしまいそうだからです。はい、勘弁してほしいです。皆さんの思い出の中で生きていてくれるだけで十分です!
これからもアンちゃんと一緒に死語の世界を楽しみましょう!
本文写真:Vladislav Muslakov, Kate Stone Matheson from Unsplash
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