「まあね」「それヤバいだろ」~文化の壁を乗り越えた名翻訳【ウルトラ英会話表現】

カン・アンドリュー・ハシモトさんの連載「ウルトラ英会話表現」。今回は、文化の壁を越えて言葉を翻訳するなんてできない——昔はそう思っていたというハシモトさんを感動させた翻訳を紹介します。

どうしてそんな日本語になるの?

マット・バスガーシアン(Matt Vasgersian)というアナウンサーをご存じですか?

名前は聞き覚えがなくてもアメリカ大リーグの放送で「スワッテ クダサイ!」「ドコカニ イッテ!」、さらに「ドコカニ イッテ ハヲ ミガク!」は聞いたことがあるという人が少なくないでしょう。このアナウンサーのセリフです。

アメリカ大リーグでは球団と契約をしているアナウンサーが実況放送を行うので、誰もがホームチームに大いに肩入れをして発言します。観客はそれも含めて試合を楽しみます。そこは日本と大きく違うところです。

前回の記事では、大谷翔平選手の「エグい球」についてお話ししました。

今回は英語→日本語の名翻訳の話をしたいのですが、まずは迷翻訳から。

大谷投手が相手バッターを三振に打ち取ったとき、ロサンゼルス・エンゼルスのアナウンサーであるバスガーシアンは「スワッテ クダサイ!」と叫びました。

スワッテ クダサイ!

英語ではもちろん Sit down!ですが、ことスポーツの試合では通常とは別の意味で使います。ここでは「ベンチに戻って座ってな!」というニュアンスです。

僕自身も学生時代、体育の授業でよく言われました。例えばバスケットボールで「普通、外さないでしょ」というシュートを外したりすると Sit down, Kan!と味方チームからも相手チームからも怒鳴られました。「カン、引っ込んでろ!」という意味です。言葉はきついですがゲラゲラ笑いながら言うことも多いので、本気で責められているような感じは少ないです。

また、地区選抜チームにも選ばれている、誰よりもバスケットボールが得意なクラスメートがダンクシュートを決めたときも、相手チームからは大きなため息のあと、Sit down, Mikey!という叫び声が響きます。「しゃしゃり出てくるな、マイキー!」という感じです。

「スワッテ クダサイ!」じゃないだろ、誰がこんな日本語を教えたんだ?と思っていたのですが、どうやらバスガーシアン自身がGoogle翻訳で調べているようです。あまりにも意味が違うので笑ってしまいますが、今となってはこの日本語が彼の人気にもつながっているようです。

ドコカニ イッテ!

上の動画の3つめのセリフ「ドコカニ イッテ!」は Get out of here!をGoogle翻訳した日本語でしょうが、これも実際の意味は違います。

Get out of here! は「出て行け!」ですがこんなふうにも使います。

A: You know, I asked her out last night.
B: OK, how did it go?
A: You’re not going to believe this, but she said yes!
B: Get out of here! That’s amazing!

A: あのさ、昨日彼女をデートに誘ったんだ。
B: で、どうだった?
A: 信じられないだろうけど、彼女、「はい」だって!
B: ゲ、マジか! すごいじゃないか!

難しい試験に合格した、ダメだと思っていたことが成功した、そんなときに「信じられない!やったね!」という意味でGet out of here.がよく使われます。

三振した選手に「立ち去れ!」と言ったわけではなく、大谷投手に「またまた打ち取ったよ、マジか!」というような意味で言ったのです。

ドコカニ イッテ ハヲ ミガク!

これはバスガーシアン自身がこのように日本語で叫んだあと、英語で元になったセリフを言っています。

Go away and brush your teeth!

これも大谷投手が相手バッターを三振に仕留めたときのセリフです。そしてここでThanks to Google translate.(グーグル翻のおかげ)とバスガーシアン自身が言っています。

文字通りに訳せば「去れ、そして歯を磨け」ですから、彼の日本語で間違ってはいません。しかし本当の意味は違います。日本語で言えば「顔を洗って出直せ」とか「おととい来やがれ」といった感じです。言葉自体はきついです。でもホームチームに思い切り肩入れをした半分ジョークのようなものなので、これで気を悪くする人はいません。

「英語を日本語にするなんて無理」と思っていた頃の話

僕は子供の頃、英語を日本語にしたり、日本語を英語にしたりすることはできっこないと思い込んでいました。翻訳という言葉も知らなかった頃です。

英語をそのまま日本語にするとニュアンスが壊れてしまう、または別の意味になってしまう、そんなふうに思っていたような気がします。

例えばこんなことを思い出します。

学生の頃、僕がスクールバスに乗り遅れたときは母が車で学校まで送ってくれました。そして学校の前に着くと、彼女は必ずI love you, Kan. Have a great day.と言いました。僕はI love you, Mom.と言って車を降りました。

父が送ってくれたときは、Hey, buddy. Enjoy.が決まり文句でした。

母との会話は、「愛してるわ、カン。いい1日を」「愛してる、ママ」という日本語とも、「行ってらっしゃい。気を付けて」「行ってきます」という日本語とも違うと思っていました。

父の決まり文句も、「じゃあな、坊主、楽しんできな」ではないし、「行ってらっしゃい。じゃあね」でもないように感じていました。

親子であっても、こんな場面でI love you.と言うときには、日本語の「愛してる」ほど大げさなものではないけれど、確かに love という気持ちを伝えたくて発言しています。そして、それは出掛けるときに言うセリフかもしれないけれど、「行ってらっしゃい」とは絶対に気持ちが違う、つまり意味が違う、そんなことを思っていました。それが、英語を日本語にはできない、日本語は英語にはならない、という思い込みにつながっていました。

言葉には、必ずそれぞれにベースとなる文化があります。そこが違う以上、言葉だけを入れ替えても意味は同じにならないし、状況に合う言葉を当てはめても同じ気持ちを表現することはできません。そして、それは仕方がないことだ、と随分後になって気付きました。

ただ、そんなハードルを軽々と乗り越えた素晴らしい訳もあります。映画を見ているとはっとする字幕に出会うことがあって、そんなときは翻訳者に感謝でいっぱいの気持ちになります。

文化の壁を乗り越える訳もある

素晴らしいと思った字幕翻訳を2つ紹介します。

映画『カサブランカ』(1942)のHere’s looking at you, kid.(君の瞳に乾杯)のようなスーパー有名なセリフではありません。ここ数年に僕が出会って感激した日本語字幕です。

映画のこんな一場面です。

晴れた日の午後、芝生の緑が美しい庭で、小学3、4年生くらいの男の子が友達とキャッチボールをしています。庭の奥にはお母さんが片付けものをしているのが見えます。男の子たち2人は、その日学校であったことをおしゃべりしながらキャッチボールをしていましたが、友達が投げたボールが大きくそれてしまいます。ボールは転々とお母さんの方へ転がって行ってしまいました。それを見て男の子が叫びます。

Hey, mom! Throw the ball.
ママ、ボールを投げて。

お母さんがうなずいてボールを投げると、ボールは真っすぐ勢いよく飛び、スパーンという音とともに友達のグラブに収まりました。

友達は言いました。

Wow, your mom is so cool!
うわ、君のママ、すごいね!

男の子は答えました。

She’s OK.

あなたならこれをどんな日本語にしますか?

「ママはすごいんだ」だと間違ってはいないけど少しニュアンスが違うし、「悪くないだろ?」はやや説明し過ぎな気がする・・・と僕自身も考えてみました。

字幕は「まあね」でした。僕は素晴らしいと思いました。直訳とはまるで違うけれど、男の子の気持ちはまさにこれだと思って感動しました。男の子の気持ちを別の言語で的確に表現していると思いました。それ以来人前で話す機会があるとき、僕はときどきこれを紹介しています。

続いて別の映画から紹介します。

女性は新人警官で、指導役の上司にしごかれて長いこと怒ったり泣いたりして過ごしていましたが、最近は消防士の恋人ができて毎日が幸せです。恋人がエロティックなメールを送ってくれるとうれしくて、日に何度もそれを見返し、恋人も調子に乗ってそんなメールを送り続けていました。しかしある日突然、女性はもうそういうhotなメールはやめてほしいと言い出します。恋人は驚いて尋ねます。

How come?
どうして?

彼女は答えます。

He checks on them.
彼(上司)がチェックするの。

Your emails?
君のメールを?

Yeah ...
そう。

この後、恋人がこう尋ねます。

He’s allowed to do that?

あなたならこのセリフをどんな日本語にしますか?

allowは「許す」ということですから、「彼はそれをすることを許されてるのか?」が直訳で意味もそのままです。

字幕は「それヤバいだろ」でした。僕はこれも素晴らしい訳だと思いました。

文字を翻訳しているのではなく、その人の心を翻訳しているように感じました。僕自身は翻訳を仕事にしているわけではありませんが、英語を日本語にするとき、日本語を英語にするとき、そんなふうにできたらいいと思いました。

今回は迷翻訳と名翻訳を紹介しました。感動を強要していなければいいのですが。

最後まで読んでいただきありがとうございます。次回もお楽しみに。

追伸

お知らせします。

今年6月に日本実業出版社から僕の14冊目の本が出版されます。『英語はリズムで伝わる!- ネイティブに聞き返されない英語が身につくチャンツトレーニング-<音声DL付>』です。書店で見掛けたら、手に取っていただけるとうれしいです。

カン・アンドリュー・ハシモト
カン・アンドリュー・ハシモト

アメリカ合衆国ウィスコンシン州出身。教育・教養に関する音声・映像コンテンツ制作を手掛ける株式会社ジェイルハウス・ミュージック代表取締役。英語・日本語のバイリンガル。公益財団法人日本英語検定協会、文部科学省、法務省などの教育用映像(日本語版・英語版)の制作を多数担当する。また、作詞・作曲家として、NHK「みんなのうた」「おかあさんといっしょ」やCMに楽曲を提供している。14作目となる著作『英語はリズムで伝わる! -ネイティブに聞き返されない英語が身につくチャンツトレーニング-<音声DL付>』(日本実業出版社)が6月に発売予定。

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トップ写真:山本高裕(ENGLISH JOURNAL編集部)
本文写真:Daiji Umemoto, Ben Hershey from Unsplash

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