アン・クレシーニさんの新連載「今よみがえる 死語の世界」。昔は誰もが知っていたのに、今はすっかりすたれた言葉――死語となった日本語を、アンちゃんが毎回1つ、ピックアップして解説します。その意味を正しく英語で伝えるとしたら?第1回は「アベック」を取り上げます。
必要とされず消え去った言葉たち
ヤッホー!言葉が大好きなアンちゃんです。私は「言葉」が好き過ぎてたまりません。朝から晩まで「言葉」について、特に「日本語」についてずっと考えています。
私は言語学者でもあり、英語の教員でもあります。どちらも「言葉」中心の職業ですが、役割は違います。英語の教員は「正しい」言葉の使い方を教える職業です。一方、言語学者は、人間がどのように言葉を使っているかを観察しながら分析する職業です。つまり、使われている言葉が「正しい」かどうかは判断しません。
もちろん、先生として私は「正しい」英語を教えたい。でも、「正しい」言葉とは、そもそもなんでしょうか?言葉は生き物ですから、時代によって正しさの基準は変わります。新しい言葉が現れれば、必要とされない言葉は消え去っていきます。
この新連載では、消え去った言葉、いわゆる「死語」について話したいと思います。昭和時代によく使われていた言葉は、今の日本語ではなんて言う?また、英語で表したら、どんな表現になる?
そんな「死語の世界」を、アンちゃんと一緒に旅しましょう!
連載のトップバッターは、60年代から80年代によく使われていた、「アベック」です。このフランス生まれ、日本育ちの外来語の魅力を楽しみましょう。
「アベック」の語源
先にお話ししたように、「アベック」はフランス語のavecが語源です。日本で初めて使われたの1927年で、広く使われるようになったのは1940年代だそうです。参考:アベック&Avec(カタカナEnglish )
私自身、高校で4年間フランス語を勉強し、母はフランス語の教師でしたから、日本語で初めて「アベック」を聞いたとき、意味はなんとなく分かりました。でも、フランス語のavecとは使い方が違って、正確には理解できませんでした。
フランス語のavecは英語のwith同様、前置詞で「~と一緒に」というような意味です。一方、日本語のアベックは主に「男女の二人連れ」を指します。
「男女の二人」ということは、今の言葉では「カップル」がよく使われますが、アベックの場合は必ずしもカップルを示すとは限りません。仲の良い友人にも使うことがありますし、名詞や形容詞として幅広い使い方があります。
では、当時のアベックの使い方と、適切な英語訳を見ていきましょう。
例1:見て!あそこにお似合いのアベックがいる!
最初はこの「お似合いのアベック」から。この使い方は、今使われている「カップル」と同じです。英語でもcoupleなので、簡単に言い換えることができます。
Hey, that couple over there looks great together!
ね、見て!あそこにお似合いなカップルがいる!
What a great-looking couple! They are perfect for each other.
すてきなカップルね!超お似合い。
例2:来月のマラソンにアベックで挑戦することにした。
このアベックの使い方は「(人と)一緒に」というニュアンスが強いですが、アベックの特徴の1つは、いつも「2人/2つ」を表すということです。「3人/3つ以上」の人や物を指すことはありません。「2人で一緒に」なので、togetherを使うと自然な英語になります。
We have decided to try to run next month’s marathon together.
私たちは、来月のマラソンに一緒に出場することにした。
There is a marathon next month, and my boyfriend and I will run it together.
来月マラソンがあって、彼と一緒に走るの。
My best friend and I are going to enter next month’s marathon together.
親友と一緒に来月のマラソンにエントリーするつもりなんだ。
I saw them walking together in the park.
彼らがアベックで公園を歩いているのを目撃した。
例3:(クイズで)1組のアベックだけが解答できます。
この場合のアベックは男女を指しますが、「ペア」や「チーム」というニュアンスが強くなります。
Only one team is allowed to answer.
Only one team is allowed to give an answer.
1組のアベックだけが解答できます。
日本語のアベックは2人ですが、ここではteamを使っています。teamは2人以上を指すため、2人の場合に使っても問題ありません。一方、pairを使うと、もしかしたら通じるかもしれませんが、あまり自然な英語に聞こえません。
日本語では「ペア」という言葉をよく使いますね。子供が学校の話をするときに、「今日、友達とペアで発表した」のようなことを言うことがあります。しかし、学校やスポーツで2人がペアを組むとき、英語ではpartnerを使うことが多いです。
My partner and I did a presentation in front of the class today.
今日、友達とペアでクラスの前で発表したの。
He is my partner for the science project.
理科の実習で彼とペアなんだ。
He is her dance partner.
彼が彼女のダンス・パートナーです。
partnerは動詞としても使えます。
We partnered to make the best Mexican restaurant in town.
私たちは、街で最高のメキシコ料理店を出すためにパートナーを組んだ。
例4:おそろいのコーデで、久しぶりにアベック気分を味わった。
このアベックは、「アベックの」という意味で形容詞的に使われています。少し英語に訳しづらいです。フランス語のavecは前置詞で、日本語のアベックの主な使い方はカップルを表す名詞です。でも、「アベック気分」のアベックは形容詞的です。
まず、アベックを訳す前に「おそろいコーデ」について話しましょう。おそろいコーデを着ているから2人はアベック気分になるわけで、この表現は英語の文にも必要な情報です。
日本語では、同じ洋服を着ることを「ペアルック」と言います。これは和製英語で、英語ではmatching outfitsと言います。matchingは「おそろい」、outfitsは「コーデ(コーディネート)」です。また、全く同じ服ではなく、似た色やデザインの服を着ているときは、「リンクコーデ」(link+coordinate)とか「シミラールック」(similar+look)などと言います。これらも全て和製英語です。
「コーデ」に関する例文を見てみましょう。
I totally love your outfit! It is so cute.
あなたのコーデ、めっちゃかわいい!すてき。
They wear matching outfits every day.
あの2人は毎日ペアルックだ。
It’s a little embarrassing to wear matching outfits, so I don’t want to.
ペアルックは、なんか恥ずかしいから嫌だ。
では、「アベック気分」に戻りましょう。
Wearing matching outfits with my wife for the first time in a while reminded me of our lovey-dovey younger days.
妻とおそろいのコーデで、久しぶりにアベック気分を味わった。
正直、アベック気分にぴったりと当てはまる英語はありません。lovey-doveyは「ラブラブの」とか「アツアツの」という意味で、この訳はそこそこ近いとは思いますが、形容詞的な「アベック」を英語で表すことはとても難しいです。
例5:これから別行動だけど、パパとアベック行動しておいてね。
この「アベック」も形容詞的ですが、「アベック気分」よりは英語に訳しやすいです。
この使い方は、フランス語の本来の「~と一緒に」の意味に近いと思います。
My mom told me, “I am going off on my own for a while, but I want you to stay (go around) with your father.”
母は私に「しばらく別行動をするけど、パパと一緒にいてね」と言った。
死語の名残1:アベックホームラン、アベック優勝
アベックという言葉はほぼ死語ですが、いまだに使われることはあります。最もよく耳にするのは、スポーツ界です。
皆さんは、野球の「アベックホームラン」という言葉を聞いたことがありますか。主に2つの意味があります。
- 同じチームの選手2人が、同じ試合でホームランを打つこと
- 同じチームの選手2人が、同じ試合で連続してホームランを打つこと
1については、英語に特別な言い方はありません。その現象をそのまま説明するしかありません。
They hit a homerun in the same game.
あの2人はアベックホームランを打った。
2については、英語にback-to-back homerunsという表現があります。
They hit back-to-back homeruns to win the game.
あの2人がアベックホームランを打って試合に勝った。
ちなみ、非常にまれですが、同じチームの選手3人が連続ホームランを打つことをback-to-back-to-back homerunsと言います。
Bass, Kakefu, and Okada hit back-to-back-to-back homeruns.
バース、掛布、岡田が三者連続ホームランを打った。
死語の名残り2:アベック優勝
「アベック優勝」という言葉も、たまに聞きます。同じスポーツ競技チームの男性と女性2人が同時に優勝するときに使います。
Daisuke Takahashi and Mao Asada, won the men’s and women’s gold medals at the World Figure Skating Championships.
世界フィギュアスケート選手権大会で、高橋大輔と浅田真央がアベック優勝しました。
英語にすると長い・・・。
まとめ
私は外来語と和製英語が大好きです。どちらも、日本語を話す人にとって大事なコミュニケーションツールだと思います。アベックは和製英語ではなく和製フランス語ですが、日本語として30年以上、大活躍しました。
この記事の最初で話したことの繰り返しになりますが、言葉は生き物です。必要なときに生まれ、生きている間は活躍します。でも、必要ではなくなったら消えてしまいます。アベックという言葉は90年代ごろに死語になりましたが、「アベックホームラン」「アベック優勝」といった言葉で、まだ日本語に影響を与えています。
私は個人的にアベックという言葉が好きです。もし、今の時勢を表す「ウィズコロナ」を「アベックコロナ」に変えたら、アベックはよみがえるかもしれませんね。そうなったらいいな!
次回もアンちゃんと一緒に、日本語の死語を楽しく勉強しましょう!
本文写真:Capstone Events, Vitolda Klein from Unsplash
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