日本人の苦手な発音の鬼門ともいえる「L」と「R」。「Lは簡単だけど、Rは難しいなあ」と思っていませんか?実は「L」には私たちが知らない秘密があったのです。英語音声学者の小川直樹さんが解説します。
なぜ日本人はLとRの発音が苦手なのか
今回は、日本人が苦手な英語発音の子音の天王山、LとRの話です。とりわけLがメインです。今や、21世紀で令和。英語が当たり前の時代。なのに昭和の頃と同様に、LR問題がまだ日本人を苦しめています。なぜでしょう?
これね、LRに対する日本人の出発点が間違ってるんですよ。間違った出発点にいるから、目的地にたどり着けないんです。
こんな感じです。仙台に行きたいので、東京駅で新幹線に乗った。でも仙台にたどり着けない。なぜって、東海道新幹線のホームに行って、慌てて乗っちゃったから。で、気付いたら、名古屋だった・・・(新横浜で気付けよ、って!(笑))
では、LRの間違った出発点というのは?次の動画を見てください。カタカナ発音の「コレクト」と「コレクション」を、Google翻訳(以下「G翻」)に入れるとどうなるか、というショート動画です。
「コレクト」「コレクション」は、collect/correct、collection/correctionと、LもRもあるわけです。だからカタカナ英語を吹き込むと、その発音はどっちなのか、ビシっと判定されるわけです。
で、実際にカタカナ発音で入力すると?correctやcorrectionが出るんです。つまり、日本人が発音するラ行子音は、G翻にはRと判断されるんです。日本人は基本的にRは出せる、出せないのはLだ、ということ。日本人がLRを学ぶ際、ここを出発点とすべきなのです。
なのに、日本ではRばかり身に付けようとする。できないのはLなのに。だから、「いつまでたってもダメな私ね~♪」と思ってしまうわけです。そして、英語の勉強など、「よせばいいのに~」なんて思ってしまうのです。
日本人はLができないので、よく聞く「日本人が海外のレストランでライスを注文すると、lice(louse[シラミ]の複数形)と聞こえ笑われる」というネタは、デタラメなんです。これ、実際にG翻を使って試してみました。
「ライス」と吹き込むと、riceはなんとか出てきます。他に、有声子音で始まるdiceやniceも出てきます。でも、liceは出てきません。liceには聞こえない、ということです。
日本人がLの発音が苦手なことは、幕末に判明していた!
日本人はLが苦手。このことは、実は幕末の頃に既に分かってたんです。アメリカからRanald MacDonald(ラナルド・マクドナルド)という人が日本にたどり着き、囚われて、長崎で通詞(江戸幕府の役人で公式の通訳者)たちに英語を教えていたことがありました。1848年ごろ(ペリー来航の数年前)のことです。彼は日本初の英語教師といわれています。
そのとき彼は、「みんな真面目に勉強してくれるけど、オレの名前の2つのLがRになっちゃうんだよな~」と嘆いていたんです。(詳しくは、ウィリアム・ルイス&村上直次郎編、富田虎男訳訂『マクドナルド「日本回想録」』刀水書房、p.148)
しかし!こんな事実があったことは顧みられず、日本ではRばかりに目を奪われていたのです。
確かに英語、とりわけ米語のRはよく響く、華やかな感じの音です。「これを身に付けなければ、英語っぽく聞こえない」と多くの日本人は思ったのでしょう。しかも、「Lは簡単だ。なぜならラ行子音と同じだからだ」なんていう迷信まで、ず~っとまかり通っていました。
この「ラ行子音=L」という迷信は、舌の働きを基準として生まれたことなんでしょう。実際、Lもラ行子音も、舌先が口内に触れます。一方、Rは舌先が口内に触れません。この点で、「ラ行子音とLは同じ、Rは違う」と、発音がよく分かっていない先人が早合点しちゃったわけです。
でも実は、ロシア語やスペイン語のRのように、舌先をブルブル振るわせて口内に触れまくるRもあるのです。だから、舌がどうのこうのというのは、完全にトンチンカンなのです。なのに、日本ではこの迷信が広まっちゃったんです。日本人のLRの闇歴史(?)の始まりです。
この辺の話は、以前、アゲアゲEnglish!でも話しています。
その後、1971年に捲土(けんど)重来を果たすべく(?)、再びマクドナルドがアメリカからやって来ました。日本にアメリカの食文化、ファストフードを広めることに成功したものの、やっぱり日本人のLの苦手は解消されませんでした。実際、McDonald’sの発音は幕末同様、多くの日本人がいまだ苦労し続けているのです。
Lの出し方
では、Lはどうしたら出せるんでしょう。Lを出す上で一番大事なことは、下のイラストの顔の状態を保つこと。つまり、舌先を上歯茎に押し付けたままにすることです。別名、「舌の裏を相手に見せろ」状態です。
実はこれ、日本人にはとても難しいんです。日本語には、この状態を保つ音がないからです。だから、日本人はこの舌の構えができたとしても、一瞬で離れてしまいます。でも、それじゃLになりません。長くこの状態を保たないといけないんです。だからこそ慣れるまでは、力が必要です。舌先に力を入れて、頑張ってください。イラストに汗が描いてあるのは、そういう理由です。
Lでは、舌をくっ付けている間に、口の両脇から声を出します。この両脇から出る声の響き、これこそがLなんです。だからLの音は、専門用語で「側音(そくおん)」と呼ばれています。
ラ行子音は、舌がすぐ離れてしまいます。だから声が口の両脇を通りません。側音じゃないんです。だから、ラ行子音はLにはなりません!
ここには、もう一つ大事なポイントが含まれています。それは、Lは持続する音だということ。Lの構えは長く続けられます。だからLは長く伸ばせるんです。ところがラ行子音は、舌をパタッと弾くように動かして作る音。だから一瞬の音なんです。伸ばせません。
第1回の記事で、G翻に「ガール」を音声入力すると、godになるという話をしました。これ、「ル」の子音が一瞬だからこそなんです。ラ行子音があまりに短すぎて、Lには認識できないんです。で、語末に現れる一瞬の有声子音は・・・ということで[d]が選ばれたわけです。
一方、Lは長い音。とりわけ語末のLは、すごく長い。舌先をくっつけたままで「オー」とか「ウー」と言い続ける必要があるんです。これが案外難しいんです。だからこそ、舌の裏を相手に見せる(しかもじっくりと(笑))練習が必要になるんです。
Lは長い音だからこそ・・・
ラ行子音は長くできない。でもLなら長く響かせられる。恐らくLのこの特徴のために、日本語のある分野では、Lが活用されています。それは歌、J-POPです。実はJ-POPでは、かなりLが使われています。とりわけゆっくり目の曲には、かなり出てきます。
今、Lを含む曲で一番多く耳にするのは、back numberの「アイラブユー」という曲でしょう。なにしろ朝ドラ「舞いあがれ!」の主題歌ですから。毎日朝昼2回、日本中でLのラ行が流れているんです。
歌詞の「・・・軽やかでいらレたラ 横切った猫に不安を打ち明けながラ(動画の0:38辺り)」のカタカナの部分がそうです(全部のラ行音に出るわけではありません)。もしかしたら、「なんかよく分からないけど、なんとなく違和感がある」と感じている人は結構いるかもしれません。その正体がLなのです。
J-POPの穏やかな感じの曲では、ゆっくり伸ばせるLが結構使われています。しかも日本語の中で使われるからこそ、違和感を伴います。だからLが妙に際立って聞こえるんです。歌の中のLの響きが認識できるようになれば、しめたもの。英語の中のLも自然と、Lとして、つまりRとは別の音として、聞こえてくるようになります。
実は、日本人がLRを区別できないのは、その音を聞くことと出すこと(つまり練習量)が絶対的に足りないからなんです。だからこそ、朝ドラを朝昼毎日見続けてください(笑)。「舞いあがれ!」は、3月いっぱいまでなので、まだ間に合います!(最終放送日は4/1(土)だけど、土曜日は週のダイジェストで、主題歌は流れません(いや、最終回だから流れるかな(笑)))。
Lを使う大物歌手は・・・?
せっかくなので、Lを使って歌う大物歌手を少しだけ紹介しましょう(歌手名には敬称略)。例えば、桑田佳祐がそうです!彼の「100万年の幸せ!!」は、出だしからLのオンパレードです。「今を生きてルよロこびがそラをかけル(動画の0:16辺り)」(カタカナがLの音)という具合です。
福山雅治もかなりの使い手です。「ミルクティー」も、「がんばレ 本気でね、はげましてくレル(動画の1:52辺り)」と歌ってます。
若手では米津玄師がLを使っています。「パプリカ」では、「はながさいたラ はレたそラにたねをまこう(動画の0:58辺り)」と歌ってます。ただ、面白いことに、「ハレルヤ」の部分は、英語ではHallelujahなのに、Lを使っていません。
桑田佳祐や福山雅治は、ラ行にRを使っているイメージがある人もいるでしょう。ある意味、その人たちは鋭いんです。「ラ行が日本語の音ではない」と見抜いていたんですから。ただ日本では、LやRの音質がしっかり教えられていません。その結果、英語に詳しくない普通の日本人は、【違和感のあるラ行子音 ⇒ 英語の音だ ⇒ Rだっ!】と捉えてしまうんです。だから、「桑田や福山はRを使っている」と考えてしまうんです。日本人の抱えるLR問題の原因には、音は捉えられるものの、ラベリング(分類)ができない、ということもあるんです。
ラベリングといえば・・・。今の学生たちは桑田佳祐の「100万年の幸せ!!」を子供の頃に聞いていたんです。ちびまる子ちゃんのエンディングテーマでしたから。実は、結構な数の学生が、あの曲に違和感を覚えていたのです。でも、それが何かは分からず、モヤモヤしていたらしいのです。
それが大学3年生になって初めて、ボクの授業でLのせいだと分かったのです。ラベリングが完成したことで、スッとしたようです。
小川直樹さんの新刊
【トーキングマラソン】話したいなら、話すトレーニング。
語学一筋55年 アルクのキクタン英会話をベースに開発
- スマホ相手に恥ずかしさゼロの英会話
- 制限時間は6秒!瞬間発話力が鍛えられる!
- 英会話教室の【20倍】の発話量で学べる!
SERIES連載
思わず笑っちゃうような英会話フレーズを、気取らず、ぬるく楽しくお届けする連載。講師は藤代あゆみさん。国際唎酒師として日本酒の魅力を広めたり、日本の漫画の海外への翻訳出版に携わったり。シンガポールでの勤務経験もある国際派の藤代さんと学びましょう!
現役の高校英語教師で、書籍『子どもに聞かれて困らない 英文法のキソ』の著者、大竹保幹さんが、「英文法が苦手!」という方を、英語が楽しくてしょうがなくなるパラダイスに案内します。
英語学習を1000時間も続けるのは大変!でも工夫をすれば無理だと思っていたことも楽しみに変わります。そのための秘訣を、「1000時間ヒアリングマラソン」の主任コーチ、松岡昇さんに教えていただきます。