伝わる翻訳って難しい!外国の食べ物にまつわる言葉【翻訳の不思議】

その国や地域の文化と最も深くつながっているものといえば、料理。日本人の知らない料理を、文字でその雰囲気が伝わるように訳すには、どんな工夫が必要でしょうか。翻訳家の有好宏文さんが、「ミート・アンド・スリー・ベジタブル・ランチ」という言葉を例に考察します。

キャセロールってなんだったっけ?

海外文学を読んでいると、出てくる食べ物の感じがいまいち想像できないことが、よくある。インターネットで写真を検索すれば、見た目は分かる。でも、その食べ物にまつわる感覚というか雰囲気のようなものは、なかなか伝わってこない。

ありふれた料理なのか、めったに食卓に上らない珍しい料理なのか。子供時代を思い出させる料理なのか、特定の季節や時代と結び付いた物なのか。カタカナで書かれた知らない料理の名前を眺めていると、ちょっとワクワクしながらも、自分だけ置いていかれたような気もしてしまう。

その代表が「キャセロール」だった。アメリカの小説にはcasseroleなる料理がしょっちゅう出てきて、そのたびに「これ、なんだったっけ?」と辞書を引き、「キャセロール料理(耐熱容器ごと食卓に出す料理)」という説明を読んで、分かったような、分からないような気分になるのを繰り返してきた。結局、写真の見た目と言葉の響きから、「なんとなくおしゃれな洋風料理」という漠然としたキャセロール像を思い浮かべるだけだから、キャセロールは記憶に留まらず、出合うたびに「なんだったっけ?」と辞書を引くことになるのである。

アメリカでの生活で身近になった家庭料理

キャセロールががぜん身近になったのは、アメリカで暮らすようになってからだ。初めて目の前に現れたのは、たしか、渡米した年の11月のサンクスギビングだった。家族が一堂に会して食事をするのが伝統の休暇なので、日本の盆や正月の帰省ラッシュよろしく、多くのアメリカ人が地元へ向けて大移動を繰り広げる。

「サンクスギビングの予定は?」と聞かれるたびに、「いやあ、アメリカに家族もいないし、アパートで本でも読んで過ごすよ」と答えていると、哀れに響くのだろう、「じゃあ、うちの家族の集まりに来ない?」と誘ってくれる人がけっこういて、この時期いくつもの家庭に呼ばれて食事をいただいた。

そこに、キャセロールが登場したのである。そもそも「キャセロール」というのはこの料理に使う耐熱鍋の名前で、そこに野菜や肉を入れ、ホワイトソースとチーズをかけてオーブンで丸ごと焼き上げる。味は、まあ、日本でいうグラタンっぽい。集まって食べるのが中心の行事なので、七面鳥などの伝統料理と一緒にたらふく食べることが期待されていて、「なんとなくおしゃれ」というイメージとは懸け離れたものであるのが伝わってきた。肌寒くなり始める時期に、家庭に招待されて食べたことも相まって、懐かしい家庭料理という感じの印象を持った。

おしゃれなキャセロール像をさらに塗り替えたのは、地元のバプティスト教会が留学生のために毎週木曜日に開いている夕食会である。教会員の人たちが自宅で調理した手作り料理を持ち寄り、海外からの留学生に食べさせてくれる会で、その存在を知ってから毎週ありがたく参加するようになったのだが、そこに持ち寄られる料理の多くがキャセロールだった。

それらがずらりと並ぶ光景を見ていると、炊き出し、という言葉が思い浮かんだ。考えてみれば、サンクスギビングも留学生夕食会も、大勢の人にたくさん食べさせるというところが共通している。なるほど、この大きな耐熱鍋に具材を入れてしまえば後はオーブンで焼き上げるだけだから、手軽に量を作るのに持って来い。日本だったら大鍋でカレーや豚汁を作るところだろうか。

こうして、僕のキャセロール像は、「なんとなくおしゃれな海外の料理」に比べて、ずいぶんと手触りというか、舌触りというか、雰囲気のあるものになった。もう、「なんだったっけ」と慌てて辞書を引くこともなくなった。

ミート・アンド・スリー・ベジタブル・ランチ

最近、アメリカ南部の歴史や文化をまとめたThe American Southという本を読んでいたら、食べ物に関するフレーズをどう訳せば、それにまつわる雰囲気が伝わるだろうかと考え込んでしまった。

. . . food magazines seek out older restaurants still serving meat-and-three-vegetable lunches or regional variations within the South of the iconic barbecue.

食の雑誌は、meat-and-three-vegetable lunchや南部各地のご当地バーベキューを今でも出す古い食堂を探し回っている。

このmeat-and-three-vegetable lunchの部分である。アメリカ南部の古い食堂が出すお馴染みのスタイルで、meat ‘n’ threeと縮めて呼ばれるくらい一般的なものだ。フライドチキンやポークチョップやナマズフライなどの肉料理1品と、豆の煮付けやオクラのフライやマッシュドポテトなどの副菜3 品を選ぶと、全てが一皿にドサっと盛られて出てくる(汁っぽい煮物などは小鉢に入っていることもある)。これにコーンブレッドなどのパンが付く。

著者撮影。meat and threeだと食べきれないので、meat and twoを頼むことが多い

僕がよく行くシティ・カフェという食堂ではこの定食が7ドルだから、ファストフードチェーン並みの値段で、ちゃんと肉と野菜のバランスのとれた食事ができる。メニューも味付けも昔ながらという感じで、Googleマップで写真を見れば一目瞭然、メインの客層は中高年である。先ほどの引用文の言う「〜を今でも出す古い食堂」という表現がしっくりくる。

このmeat-and-three-vegetable lunchを訳すとしたらどうなるか。三つの選択肢を考えた。

① ミート・アンド・スリー・ベジタブル・ランチ

カタカナにしただけの素直な翻訳。難しい単語もないので、肉が1つで野菜が3つという想像はつく。ただ、カタカナ語特有のおしゃれさが出てしまうきらいがあり、実際この訳語でGoogle検索すると、日本のおしゃれカフェのメニューがヒットする。利点は、さらに気になった読者が元の英語に訳し戻して調べられること。

② 肉料理1品に副菜3品がつくランチ

何が入っているのか分かりやすく訳した親切な翻訳。日本語として最も座りがよく、文章の中で浮いて見えない。ただ、説明的な印象を与える

③ 一肉三菜定食

工夫しましたという訳者のしたり顔が透けて見える翻訳。一汁三菜という伝統的な日本語表現にかけて訳すことで、meat ‘n’ threeの昔ながらっぽさを表現しようとしている。文章の中で浮いて見える。本文の主眼である古いスタイルの定食だという点をにじませられるのがいいところ。

どれも一長一短があって決めかねるが、こういうとき、読者がどのくらいの前提知識を持っていると著者が期待しているのか、ということを考える。果たして、原著の読者はmeat-and-three-vegetable lunchという言葉を聞いたことがあるのか?英語話者がみんな知っているということはないだろうけれど、The American Southと題した本をわざわざ手に取る読者なら耳にしたことくらいはあると、著者は期待しているんじゃないだろうか。『東北入門』という本があったとしたら、それを手に取る読者はおおかた、「芋煮会」という言葉を聞いたことがありますよね。

となると、このメニューを見たときにアメリカの読者が「ああ、あの例の、南部のおなじみの定食ね」と思うのと同じ程度の印象を、日本語の読者にも擬似的に味わってほしくなる。①や②の訳に「昔ながらの」という一言を足して、印象を補強するのも手かもしれない

barbecueはバーベキューなのか?

ちなみに、meat-and-three-vegetable lunchの次に出てくるbarbecueも、実はくせ者である。日本語で「バーベキュー」と言えば、箸で持てるサイズに切った肉片を、屋外で炭火であぶって食べる料理というか行事のことを指すと思うが、アメリカ南部でbarbecueと言えば、主に豚の塊肉を丸ごと遠火で何時間もかけて焼き上げる名物料理である(そこから派生したからか、韓国の焼き肉のことをKorean barbecueと呼んだりもする)。肉を焼くという点は共通しているが、見た目も食べ方も味わいも社会的な位置付けも、ずいぶん違う。

その名もBarbecue: The History of American Institutionという素晴らしい本によれば、barbecueは元々、火の上に魚や肉をつるして遠火で焼くネイティブアメリカンの料理法から生まれたそうなので、アメリカ南部名物の方が日本の行事の方より、地理的にも調理法的にも本家本元に近い。

かといって、南部名物こそがbarbecueなのだからと日本語で「バーベキュー」と書いてしまえば、読者の頭には十中八九、箸でつまんだ薄切り肉をあぶる像が浮かんでしまうだろう。でも、アメリカン・フットボールじゃあるまいし、アメリカン・バーベキューというわけにもいかない。

食べ物を前にした翻訳者の悩みは尽きない。

今回紹介した本

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
文:有好宏文(ありよし ひろふみ)

アメリカ文学研究・翻訳家。新聞記者を経て独立。訳書にニコルソン・ベイカー『U & I』、メアリ・ノリス『カンマの女王』。現在はアメリカのアラバマ大学大学院に在籍。Twitter: https://twitter.com/ariyoshihirofum

本文写真:Bernadette Wurzinger, Jacob Johnson from Pixabay

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