ストリーミング配信などを通し、世界中の映像作品に触れることができる昨今。その日本語字幕版や吹き替え版の制作に欠かせないのが「映像翻訳者」です。そんな映像翻訳者として活躍する3名へインタビューするのがこの連載。それぞれのバックグラウンド、キャリア形成や働き方、そして映像翻訳に必要なスキルなどについて詳しく伺います。
目次
第5回:牧田彩野さん(学習編)
第5回は、日本映像翻訳アカデミー(JVTA)とアルクが共同運営する「映像翻訳Web講座」を受講し、2024年3月に映像翻訳者デビューを果たした牧田彩野さん(まきたあやの)さんのインタビューをご紹介します。
北海道の「普通の中学生」が、いきなりスイス留学!
映像翻訳者として約1年半前にデビューし、現在はドラマや映画の字幕翻訳を主に手掛けている牧田彩野さん。牧田さんは北海道出身です。幼いころから英語や海外が身近だったわけではなく、「英語は学校の授業で触れるくらいで、成績も普通レベルだった」と言います。
そんな牧田さんですが、あるきっかけでスイスの高校へ進学することになります。
そのきっかけとは、当時通っていたKUMON(くもん)です。KUMONはスイスに「スイス公文学園高等部(Kumon Leysin Academy of Switzerland)」という文部科学省認定等在外教育施設〔*1〕を持っており、牧田さんは中学時代に、その学校で年1回行われるサマースクールに参加しました。
「サマースクールの情報を見つけたのは母で、私自身はあまり行きたくなかったんです。でもその時のサマースクールは『パリのディズニーランドに行く』というオプションもプランに入っていて。私にとってはそちらが目当てでしたね」
それまでは特段英語が得意なわけでも、海外に興味があったわけでもなかった牧田さん。しかしこのサマースクールで、気持ちは大きく変わりました。スイス公文学園高等部は制服もなく、学生が皆自由でのびのびとしていて、さらに英語もかっこいいと感じたのです。
そうして牧田さんは、中学卒業後にスイス公文学園高等部へ進学。そこから本格的に英語を勉強することになります。
〔*1:編集部注〕文部科学省認定等在外教育施設についての情報 … 在外教育施設の概要:文部科学省
“英語漬け”の高校生活とカナダへの大学進学 — 語学力の土台ができるまで
スイスで始まった高校生活。授業はすべて英語で行われます。課題の量も多く、毎日英語の本を1冊読んでエッセイを書くなど、海外の高校や大学で行われるような内容が多くありました。
中学校の授業でしか英語を学んでいなかった牧田さんにとって、スイスでの授業はハードでした。また、同時期に留学した生徒の中で、北海道出身は牧田さんだけ。東京出身の留学生の中には、学校以外で英語を習っていた子も多くいました。そのため「最初の頃は英語力の差を感じた」と言います。
「できないながらも無理やり英語でエッセイを書き、なんとか授業に食らいついていました。でも10代の吸収力はすごいもので、段々と周りについていけるようになりました」
そしてスイスの高校を卒業後はカナダの大学に進学。カナダではフランス語を専攻しました。

スイスで英語力を磨き、大学ではフランス語を専攻 ―― こう聞くと、語学が大好きというイメージを抱きます。しかしながら、そうとも限らなかったそうです。
「正直に言えば、語学以外に興味を持てるものがなかったんです。語学力があったら旅行でも使えるし、世界も広がるかな、というくらいの気持ちで。無駄にはならないかな、程度の感覚でした」
語学力を活かして医療通訳として活躍、ところが予期せぬ事態に直面
カナダで計7年を過ごした牧田さんは、やがて日本に帰国。帰国後は京都の大学で、国費留学生のスカウト事業のアシスタント業務に携わります。1年半ほどその仕事に従事した後、牧田さんは医療通訳に出会います。
「家族に医療従事者が多く、そこから医療通訳について知りました。大阪に医療通訳の育成スクールがあるのを見つけて講座を受講。その後、医療通訳者として病院で働くようになりました」
医療通訳者として、病院を訪れる外国人のコミュニケーションをサポートしていた牧田さん。ところが、ほどなくして新型コロナウイルス感染症の流行が始まったのです。
「新型コロナウイルスが流行し、病院にも外国人が全然来なくなりました。そのため医療通訳としての仕事も激減。自分がやりたい仕事ができなくなってしまったんです」
思いもよらない事態に、牧田さんは仕事への危機感を持ちます。そこで別の道として、翻訳について調べ始めました。元々、病院内に掲示する英語のお知らせなどの翻訳を担っていたこともあり、実務翻訳をやってみようかと考えたのです。するとその過程で、映像翻訳を見つけます。
「翻訳について調べる過程で、JVTAのウェブサイトを見つけました。元々洋画や海外のドラマは好きで、『セックス・アンド・ザ・シティ』は大半のセリフを覚えているほど。それで『映像翻訳がいいかも』と思い、映像翻訳Web講座を受講することにしました」
もはや恐怖!?真っ赤になって返ってくる提出課題
こうして映像翻訳の学習をスタートした牧田さん。映像翻訳Web講座では、英語の映像に日本語の字幕や吹き替えをつけるスキルを段階的に磨いていきます。
本講座では、まず受講生が自身で取り組んだ課題を提出。提出された課題を講師が添削し、受講生は添削内容を確認してさらに次の課題に取り組む……という流れです。
牧田さんが提出した課題は、毎回添削で真っ赤になって返却されていたとのこと。「もはや返却が恐怖に感じるくらいだった」と、牧田さんは笑って言います。
「提出期限までに何度も見直したはずなのに、毎回必ず何か見落としがあるんですよね。講師の方々はとても丁寧に添削してくれました。返却が恐怖に感じたと言いましたが、赤入れはいつも優しい言葉で書かれていました」
翻訳者によって選ぶ言葉が変わり、「明確な正解」というものが存在しないのが映像翻訳です。そのため、講師陣からもらう指摘やアドバイスもさまざま。牧田さんは「とても奥深い世界に足を踏み入れたな」と感じたそうです。
弱点は「日本語力」という気付きを得て、さらに表現を磨き直す
牧田さんの持つ豊富な海外経験と高い英語力は、映像翻訳に携わるうえで大きな武器です。ところが、映像翻訳の学習を進めるにつれ、牧田さんは自分の弱点に気づきます。
「痛感したのは、自分の日本語力の足りなさです。15歳~26歳くらいまでを海外で過ごしたので、『ちゃんとした日本語』で文章を書いたことがなかったんです。授業で日本語のエッセイを書いた経験もなく、日本語の語彙力や表現力が圧倒的に足りませんでした」
英語から日本語への翻訳と聞くと、「英語ができれば問題ない」と思われがちかもしれません。しかし映像翻訳では、最終的に視聴者に届くのは「日本語になったセリフ」です。しかも、字幕の場合は字数制限などさまざまなルールが存在しており、そのルールに沿いながら、登場人物の意図を的確に伝える日本語にする必要があります。つまり映像翻訳者には、英語力だけでなく「高い日本語力」も求められるのです。
映像翻訳者になるには、日本語力を伸ばさないといけない。そんな時、牧田さんはJVTAのウェブサイトで「メディア・アクセシビリティ科」を見つけました。修了生の「日本語力の向上に役立った」というインタビューを見て、自身も受講を決めます。
JVTAのメディア・アクセシビリティ科には、聞こえない・聞こえづらい人のためのバリアフリー字幕を作る「字幕ガイドコース」と、見えない・見えづらい人のための音声ガイドを作る「音声ガイドコース」の2つがあります。これらのコースでは、日本の映像作品に対してセリフや音の情報などを日本語の字幕にするスキルや、情景や人物の動き、表情など映像に映る情報を言葉で説明する音声ガイドを作るスキルを学ぶことができます。
「特に音声ガイドコースでは、自分が普段使っている日本語にも間違いが多いことに気づかされました。たとえば『部屋に入って電気のスイッチを押す』という動作に対して、『電気をつける』という表現は一般的にもよく使われていると思います。ですが、本来は『電灯をつける』『明かりをつける』の方が正しい、と先生に言われてハッとしました」
牧田さんは、日常生活で映画やドラマ見る際にも言葉の表現に注目し、良いと思った表現はメモを取るようにして努力を積み重ねていきます。そうして日本語表現力を意識的に磨いた結果、牧田さんは家族から「話し方が変わった」「日本語の表現力がついて良かったね」などと言われるようになりました。
スイス留学を機に語学力を身につけ、コロナ禍をきっかけに映像翻訳の学習をスタートした牧田さん。次回は、牧田さんがプロの映像翻訳者としてデビューするまでの道のりやこれまでに手掛けてきた仕事の内容、特に印象に残っている翻訳案件などについて伺います。
連載「映像翻訳者インタビュー」 | これまでの記事
この連載では、同じく「映像翻訳Web講座」を受講して映像翻訳者になった2名へのインタビューを公開中です。ぜひこちらも併せてご覧ください!
【1人目:西飯 仁徳(にしい ひとのり)さん】
・ 〔学習編〕ホテル勤務 → 映像翻訳の道へ TOEIC300点台から始まった学習記録・キャリアチェンジ体験記
・ 〔仕事編〕プロ映像翻訳者×学び場の運営 2足のわらじを両立させる働き方の姿勢とスケジュール管理
【2人目:南部恭子(なんぶきょうこ)さん】
・ 〔学習編〕〔映像翻訳者インタビュー〕英語学習の原点はNHKのラジオ講座 とにかく翻訳が好きというモチベーションでプロデビューへ
・ 〔仕事編〕〔映像翻訳者インタビュー〕好きなことを仕事にする夢を実現 翻訳する過程もすべて楽しめるのがこの仕事の醍醐味
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映像翻訳Web講座(ベーシックコース)
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映像翻訳Web講座は、「1000時間ヒアリングマラソン」など英語教育で実績のあるアルクと日本映像翻訳アカデミー®が共同運営するプロの英日映像翻訳者を養成するeラーニングの通信講座です。パソコンがあれば、どこにいても受講できます。最短22カ月間で、プロの映像翻訳者に。ベーシックコース(3カ月)からスタート。プラクティス(6カ月)、アドバンス(7カ月)、プロフェッショナル(6カ月)の順で修了し、トライアル(プロ登録者選抜テスト)を受験。合格すれば、JVTAの受発注部門から仕事が発注されます。
◆ 時間や場所にとらわれずに仕事ができる!
映像翻訳の仕事の魅力は、パソコンとインターネットがつながる環境があれば、時間や場所にとらわれず仕事ができることです。「子育てをしながら手の空いた時間に翻訳をする」「海外で生活しながら翻訳をする」。そんなライフスタイルも実現できます。長く活躍できることも大きな魅力。翻訳にはさまざまな人生経験を生かせることから、「年齢を重ねた方に仕事がない」ということもなく、いくつになっても能力が発揮できます。また、英日映像翻訳者の絶対数は不足しているため、活躍の場は広がり続けています。
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