海外ドラマや洋画の「字幕翻訳」ですが、誤解されていることも多いのだとか。今回は映像翻訳スクールを運営する三村拓史さんが、字幕翻訳について誤解されている3つのことや字幕翻訳のコツを紹介します。
字幕翻訳に関する3つの誤解
前回の記事の後半では、セリフの長さに応じて字数を考慮して翻訳するという字幕翻訳について少しお話ししました。その字幕翻訳について、今回は詳しくお伝えしていこうと思います。
ただし、まずは字幕翻訳について誤解されている人が結構いるようなので、その誤解を解かせてください。
私は今までに字幕翻訳にご興味のある何百名もの方とお話をしてきましたが、多くの方が誤解していることが3点あります。
1)字幕翻訳をするには、ネイティブ並みの英語力が必要
2)字幕翻訳をするには、言葉のセンスが必要
3)字幕翻訳家という職業は狭き門で、限られた一部の人しかなれない
実はこれらはどれも誤解なのです。
1)字幕翻訳をするには、ネイティブ並みの英語力が必要
字幕翻訳をする際には英語の台本があるので、セリフを聞き取る必要はありません。英語の台本を読んで理解できればOKです。しかも、分からない単語などは辞書で調べることも可能です。従って、ネイティブ並みの英語力は不要になります。
2)字幕翻訳をするには、言葉のセンスが必要
字幕翻訳をするには言葉のセンスが必要だと考えている人もいますが、これも誤解です。というのも、言葉のセンスがある人が使う言葉がどういうものかというと、少し飾ってある言葉だったり、少しひねってある言葉だったりします。
しかしながら、これらの言葉はどれも理解するのに少し時間がかかります。字幕はパッっと出てパッと消えてしまうので、一瞬でも視聴者に考えさせてしまうと、考えている間に字幕が消えてしまい、セリフの意図が伝わり切らない恐れがあります。
しかも、字幕は次から次へと連続して表示される場合が多く、1つの字幕でセリフの意図が伝わらないとその次もその次も伝わらなくなってしまい、一連の字幕の意図がほぼ伝わらない恐れもあります。
そのため、言葉のセンスがある方が使うような言葉はむしろ字幕翻訳には向いていないと言えます。従って、字幕翻訳に言葉のセンスは必要ありません。
3)字幕翻訳家という職業は狭き門で、限られた一部の人しかなれない
これも誤解です。以前は確かに、字幕翻訳家という職業は狭き門でした。けれども今は、配信用のコンテンツが大量に日本に入ってきているので、狭き門どころか、字幕翻訳家は不足している状況です。特に、優秀な字幕翻訳家であれば次から次へとお仕事を依頼され、うれしい悲鳴を上げている人が大勢います。
従って、現状では、字幕翻訳家にとってはむしろ売り手市場だと言えます。
以上、字幕翻訳に関する3点の誤解についてお伝えしました。これで、誤解は解けたのではないでしょうか。
1秒=4文字のルール
続きまして、字幕翻訳の基礎をお伝えいたします。中でも一番重要なのは、「1秒=4文字」で翻訳するということです。
字幕は話者がセリフを話している間にだけ表示されるものです。表示されている間にしっかりセリフの意図を視聴者に伝えるために、制限字数があります。それが、「1秒=4文字」です。
これは、1秒であれば4文字程度で翻訳をする、2秒であれば8文字程度、3秒であれば12文字程度、4.5秒であれば18文字程度で翻訳をするということです。
この「1秒=4文字」のペースを守って字幕翻訳をすることで、視聴者の方が字幕を読むだけでなく、映像までしっかり観ることができ、作品をちゃんと楽しむことができるのです。
流れが良くて分かりやすい字幕を心掛けよう
字幕翻訳には制限字数があるとお伝えしましたが、ここで注意点があります。それは、制限字数にこだわりすぎて不自然な字幕になってしまっては本末転倒だということです。例えば、次の例をご覧ください。
A
君が好きだ
あいつと結婚してくれ
これは、I love you, but please marry him.を訳した字幕なのですが、違和感がありますよね。では、次はどうでしょう。
B
君が好きだ
でも あいつと結婚してくれ
これなら、なんらかの事情があって話し相手に別の人との結婚を勧めている状況だと分かりますね。特に違和感はないと思います。
AとBの違いは接続詞の「でも」があるかどうかです。単にI love you, but please marry him.を訳せと言われれば、この「でも」を訳さない人はほとんどいないと思います。ところが、字幕翻訳の場合は制限字数があるために、何かをカットすることで文字数を減らす必要があり、ここでいう「でも」のような大事な言葉までカットしてしまうのです。
このような事態を避けるために、意識していただきたいことがこちらです。
不自然な表現や言い回しになるくらいなら、無理に字数を減らす必要はない。
ただし、あまりにも字数が増えてしまうと、読み切れなかったり、読むのに忙しくて映像を観る余裕がなくなったりしてしまうので、ある程度、制限字数に合わせることは大切です。
では、どの程度が許容範囲なのかという話になりますが、だいたい制限字数のプラスマイナス2文字程度を許容範囲とお考えください。※実際にはもう少しオーバーしてOKな場合もあります。
ちなみに、字幕翻訳の場合、1つの字幕の中で文字数を減らせばいいので、大事な情報は残しつつ、別の言葉に言い替えることで文字数を減らすことが可能です。例えば、Bを言い替えるとこうなります。
B
君が好きだ
でも あいつと結婚してくれ
↓
C
好きだ
でも あいつと結婚してくれ
このように、「君が」をカットしても意味は通じますよね。この2文字をカットすることで、「でも」をカットしなくても文字数を減らせるのです。
字幕翻訳は十人十色
第2回の記事で、「翻訳は十人十色」というお話をしましたが、字幕翻訳の場合、制限字数の中でセリフの意図を伝えることになるので、翻訳する人によって、どの言葉をカットするか、どの言葉を使うか、どのように伝えるかなどなどが一人一人異なります。
そのため、字幕翻訳では十人十色の傾向がより一層強まります。しかも、このことは、プロの字幕翻訳家においても同様です。
つまり、仮に2人のプロの字幕翻訳家が同じ洋画を字幕翻訳したとしても、それぞれのフィルターを通してセリフの意味を解釈し、それぞれのフィルターを通してセリフの意図を字幕で伝えることになるので、絶対に同じ字幕にはなりません。そうであっても、2人の字幕翻訳家の字幕はどちらも作品の魅力をしっかり伝えることができます。
このように、字幕翻訳とは十人十色であり、答えは1つではないのです。ただし、ここで誤解をしてほしくないのは、答えは1つではないからといって、どんな字幕でもいいというわけではありません。大事なのは、セリフの意図を限られた字数で、流れが良くて分かりやすい字幕で、視聴者に伝えるということです。
従って、そのようになっていない字幕、すなわち「セリフの意図を限られた字数で、流れが良くて分かりやすく伝える」字幕でなければ、正解とは言えません。
字幕翻訳にチャレンジ!
さて、ずっとインプットばかりしてきたと思うので、ここからはアウトプットです。実際に、字幕翻訳にチャレンジしてみましょう。まずは、以下のシーンをイメージしてみてください。映像をご覧いただくのは難しいので、申し訳ないのですが、イメージをお願いします。
ミステリードラマのワンシーン
刑事に尋問されている殺人事件の容疑者の男が、被害者の妻と駆け落ちしようとしていたことがバレて、次のように言います。
男:He didn’t deserve her.
※ He→被害者、her→被害者の妻
さて、He didn’t deserve her. をあなたならどう訳しますか? このセリフは2秒程度なので、8文字程度の字幕にできるといいですね。
短めのセリフでしたら、以前の記事でご紹介した「自然な日本語に翻訳するための6ステップ」を少し応用すれば、字幕翻訳もできます。
1)話し手の人物像を考える
2)聞き手との関係性を考える
3)話し手の置かれた状況を考える
4)英文の意味を理解する
5)話し手の頭の中をイメージする
6)頭の中のイメージを話し手が○文字程度の日本語で話すとしたらどう言うかを考える
6)に“○文字程度の”を追加しただけですが、ここまでご覧いただいている方なら、これで字幕翻訳ができると思います。では、順に進んでいきましょう。
1)話し手の人物像を考える
→被害者の妻と駆け落ちしようとしていた男。被害者を殺害した容疑をかけられている。
2)聞き手との関係性を考える
→聞き手は刑事で、話し手は殺人の容疑者という関係。
3)話し手の置かれた状況を考える
→刑事に尋問をされていて、駆け落ちしようとしたことがバレてしまった状況。
4)英文の意味を理解する
→意味を調べる際は英英辞典を使うのが一番でしたね。
deserveをCollins dictionaryで調べると・・・
deserve
If you say that a person or thing deserves something, you mean that they should have it or receive it because of their actions or qualities.
つまりdeserveとは、「行いや資質のために、それを持つか受け取るべきである」という意味になります。今回のHe didn’t deserve her.は、否定形なので、「彼は彼女を持つべきではなかった」という意味になります。
5)話し手の頭の中をイメージする
→上記の英英辞典の意味を基に、できるだけ日本語を介さずに、話し手の頭の中をイメージします。
6)頭の中のイメージを話し手が8文字程度の日本語で話すとしたらどう言うかを考える
せっかくなので、一緒に考えてみましょう!
~THINKING TIME~
↓
↓
↓
↓
↓
↓
考えられましたか?
この6ステップを踏んで考えた字幕は、きっと自然な言い回しになっていると思います。皆さんがどのような字幕をお考えになったのか、お聞きできないのがとても残念です。
では、ご参考までに私が考えた字幕をお伝えします。
A.奴じゃ釣り合わない
B.奴にはもったいない
C.奴では不相応だ
AもBも自然な日本語に訳せていますし、どちらも9文字なので、8文字程度と言えます。この2つの字幕なら悪くなさそうですね。Cは容疑者の男が真面目で堅い人物という想定で考えてみました。文字数的には7文字で、少しカタい表現ではありますが、悪くない字幕だと思います。
さて、今回の内容で、深淵なる字幕翻訳について、入口から少し足を踏み入れるくらいまではお伝えできたと思います。
次回は、もっと本格的に字幕翻訳にチャレンジしていただきますので、楽しみにしていてください。では、またお会いしましょう!
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