舞台公演日の通訳者の仕事【通訳&翻訳 BEHIND THE SCENES12】

翻訳家で通訳者の平野暁人さんが、舞台芸術の仕事を中心に通訳翻訳の世界を語る連載『通訳&翻訳 BEHIND THE SCENES』。今回は、演劇の舞台公演日に通訳者はどのように過ごしているのか、小劇場の新作初日を想定しご紹介します。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年12月号に掲載した記事を再編集したものです。

本番日の通訳者の過ごし方

こんにちは。翻訳家で通訳者の平野暁人です。

この原稿を書いている今、私は兵庫県豊岡市で開催されている日本最大級の演劇祭「豊岡演劇祭」のため城崎(きのさき)温泉に逗留(とうりゅう)しています。2021年は目玉作品の翻訳を担当した私ですが、2022年は純粋なお客さんという気楽な身分。とはいえ最先端の作品の見本市でもある演劇祭は舞台芸術を専門とする者にとって、さまざまな作品に触れて感性を磨き、業界の趨勢(すうせい)を見つめ、集まってくる関係者らと情報交換を行うための大切な「場」でもあります。熱気にあふれた人々の姿を眺めていると自分も現場の仕事に出たくて体がうずうず。というわけで、今回は「演劇の本番がある日の通訳者の過ごし方」についてご紹介します。

一口に「本番日」と言ってもさまざまなパターンがあるので、ここでは「通訳者1名で担当している小劇場の新作初日」を想定し、以下に通訳者目線で大まかな流れを示してみます。

開演前:打ち合わせ、声かけ、ミーティング

俳優は大抵開演の2時間くらい前、スタッフチームはもっと早く劇場に入ります。通訳者の入り時間は基本的に演出家と一緒なので、開演前に照明、音響、字幕などの調整作業が演出家立ち合いの下で行われる場合には早朝から劇場に入ることもありますし、特になくても開演の1時間くらい前までには到着しておきます。

また、全員がそろった段階でいったん集合してミーティングを行う現場もあれば、演出家が個々の出演者の楽屋を回って軽く声をかけたり激励したりするパターンもあります。

開場まで:パトロール

開場までの時間は基本的に俳優もスタッフもそれぞれ準備をして過ごすので、通訳者はいったん「待ち」の時間に入ります。舞台や技術ブースで作業している人たちの近くを邪魔にならない程度にうろうろしたり、楽屋前の通路の椅子に腰かけてみたり、衣装室をのぞきに行ってみたり、受付に顔を出してみたりして、通訳者を必要としている人がいないかどうかそれとなく確認して回ります。「あっ、ちょうどいいところへ!」「実は演出家に確認したいことがあって」などと声がかかることも多く、私はこれを「パトロール」と呼んで、なるべく小まめに行うよう心がけています。

ロビー開場中:お出迎え

ロビーが開場されて観客が入り始めると、バックステージに引っ込む演出家もいれば、ロビーに出て行って観客がやって来る様子を楽しむ演出家もいます。後者の場合は通訳者も一緒にロビーに立ってお出迎えし、「ご来場ありがとうございます」とあいさつをしたり、話しかけてくれる人がいれば通訳したりします。

客席開場中:声かけ、パトロール

客席へと続く扉が開放されると、大抵の演出家は俳優に最後の声かけをしに行くので、通訳者も同行して通訳し、それが済んだら演出家と並んで席に着きます。

本番中:観劇、トラブル対応

開演したら後は演劇を楽しむだけ・・・ならよいのですが、特に初日は演技の面でも技術の面でもいろいろと不測の事態が起きやすく、演出家によっては本番のさなかに「あそこの照明は修正しないと」「ここの台詞はカットしよう」「後で伝えるから覚えておいて」など随時伝えてよこします。もっと大きなトラブル(ピンマイクが壊れて音が出なくなる、装置が作動しない、舞台上で俳優が転倒して怪我を負う、地震など)が起きて本番中に走り回った経験も一度や二度ではないので気が抜けません。

また、終演後には演出家から俳優へのフィードバックがあることも多く、勘所を押さえて的確に伝えられるよう、通訳者も本番の出来をつぶさに観察しておく必要があります。さらに、アフタートークが控えている場合には頭の中でそのシミュレーションも行いながら観るので、終盤へと近づくにつれてだんだん緊張してきます。

終演後:アフタートーク

終演したら演出家と通訳者はすぐに関係者用通路を通って舞台袖に行き、舞台上へ呼び込まれるのを待ちます。不安と高揚で通訳者の心臓はバクバクです。

客出し:声かけ、ごあいさつ

トークが終わったらそのまま楽屋へ行って俳優をねぎらう演出家もいれば、ロビーへ出て行って観客を見送る演出家もいます。劇場関係者や批評家などいわゆる「プロ」の人たちが観に来ている場合には、急きょ別の仕事の打ち合わせを通訳する事態に発展することも。

フィードバック

観客が帰り一段落したら技術スタッフを含め再集合して労をねぎらい、その日の出来について振り返ります。軽いアドバイス程度の人もいれば本番中に取っておいたメモを片手に長時間話す人も。通訳者もこのあたりが正念場です。

初日乾杯

最近は感染症対策の観点から難しくなっていますが、初日の公演の後は無事の上演を祝して簡単なパーティーが開かれるのが習わしです。チームのみんなと稽古中にはできなかった雑談をしたり、今後の展開について語ったりします。緊張を解かれて饒舌(じょうぜつ)な面々から引っ張りだこにされて通訳者はフル回転を続けます。

翌日の確認、解散

パーティーが終わったらようやく解散・・・の前に、翌日の集合時間や残作業の有無について確認しておかなければならないので、通訳者はまだまだ気を張っています。浮かれたまま帰ろうとする演出家を呼び止めて確認が済んだらようやく業務終了です!

次回は「舞台芸術通訳・翻訳の未来」についてお話しする予定です。どうぞお楽しみに。

崎にて

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平野暁人さんの翻訳本

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実際に起こった事件を題材にセネガル社会のタブーに切り込み、集団の正義のために暴力を行使する人間の根源的な愚かさと、社会から排斥されることへの潜在的な恐怖を克明に描いた衝撃作。

平野暁人(ひらの・あきひと)
平野暁人(ひらの・あきひと)

翻訳家(日仏伊)。戯曲から精神分析、ノンフィクションまで幅広く手掛ける他、舞台芸術専門の通訳者としても国内外の劇場に拠点を持ち活躍。主な訳書に『隣人ヒトラー』(岩波書店)、『「ひとりではいられない」症候群』(講談社)など。Twitter: @aki_traducteur

トップ写真:Gabriel Varaljay from Unsplash

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