映像翻訳スクールを運営する三村拓史さんが、英語を翻訳するために必須の英文解釈法や、上手な辞書の使い方、そして自然な日本語に翻訳するコツを紹介します。
目次
セリフの翻訳に必須の3要素
前回の記事では、セリフを翻訳する際に必須の3要素についてお伝えしました。こちらの3要素でしたね。
- 話し手の人物像
- 聞き手との関係性
- 話し手の置かれた状況
今回は、この3要素を踏まえて、自然な日本語に翻訳するコツをお伝えしていきます。
・・・っとその前に、翻訳するためには、まず英文を解釈する必要がありますよね。
そこで、まずは英文解釈と辞書の使い方についてお話しします。自然な日本語に翻訳するために必須のスキルになりますので、しっかり吸収していきましょう。
翻訳には大きな辞書を使おう
まず何よりも、英語を翻訳する際には大きな辞書を使うことがおすすめです。ポケット辞書のような小さな辞書ですと、意味が羅列してあるだけで、その中から正しい意味を見つけ出すことは至難の業です。私も以前はしょっちゅう誤訳をしていて、ずっとこんなことを感じていました。
「一つの単語が複数の意味を持っているのに、ネイティブの方はなぜちゃんと意思疎通ができるのだろう?」
その理由が今なら分かります。英単語は使われる状況によって意味が決まるからです。
like の意味
例えば、like という単語は誰でも知っていると思います。「~が好き」や「~のように」などの意味がありますね。では、ネイティブの方はこの単語の意味をどのように使い分けているのでしょうか?
ご存じの方も多いと思いますが、品詞によって使い分けています。動詞の場合は「~が好き」という意味になり、前置詞の場合は「~のように」という意味になります。
observe の意味
では、observeはどうでしょう? observeの代表的な意味は次の3つです。
1)注意深く観察する
2)述べる
3)守る
どれも動詞ですが、全然違う意味です。
こういう場合は、文脈から判断すると教わった人もいるかもしれません。でも、文脈だけに頼ると1つに絞りきれない場合があり、誤訳につながる恐れがあります。
しかし、このような場合も、実は1つの意味に特定することが可能です。そうするために、英英辞典を使うことがおすすめなのです。
英英辞典で意味を1つに特定する
observeをCollins Dictionaryという英英辞典で調べると次のように出ています。
1)If you observe a person or thing, you watch them carefully, especially in order to learn something about them.
2)If you observe that something is the case, you make a remark or comment about it, especially when it is something you have noticed and thought about a lot.
3)If you observe something such as a law or custom, you obey it or follow it.
Collins Dictionary
※分かりやすくするために、少し内容を変えてあります。
それぞれを訳すとざっと次のような意味になります。
1)人や物をobserveするなら、それらを注意深く見る、特にそれらから何かを学ぶために。
2)何かを事実だとobserveするなら、それについて意見やコメントを言う。
3)法律や慣習のようなものをobserveするなら、それを守ったり、従ったりする。
ここで大事なのは、前半の“if you ~”の部分です。つまり、「こういう場合はこのような意味として使う」ことが明確に決まっているのです。Collinsはこのように、どういう場合にどういう意味になるかが明確に分かるので、とてもおすすめの辞書です。
このような理由から、単語の意味を調べる際は英英辞典を使うのが一番おすすめです。しかし、英英辞典を使うと、調べた結果に知らない単語があるとまたその単語を調べる必要が出てきて、結構時間がかかってしまうのが難点でもあります。
個人的には、この時間を惜しまずに英英辞典を使うことをおすすめしたいのですが、お忙しい方は、大きめの英和辞典を使うという方法もあります。大きめの英和辞典には、多くの場合において、英英辞典の“if you ~”の箇所が記載されているからです。
例えば、goo辞書で使用できる「プログレッシブ英和中辞典」でしたら、observeには以下のような記載があります。
1)〈・・・ということを〉観察する
2)〈・・・ということを〉(気づいて)述べる≪that節≫
3)〈法律などを〉守る、遵守する
ここで記載してある≪that節≫や〈法律などを〉というのは意味を特定するヒントになると思います。
ただし、「観察する」も「述べる」も〈・・・ということを〉という同じ記載があるように、英和辞典では意味の特定をするのに限界がある場合もあるため、英和辞典で迷ったなら、英英辞典を使うことをおすすめします。
このように、英単語は使われる状況によって意味が決まります。そのことを知るだけでも、誤訳はかなり減らせると思います。今は、インターネット上で無料の英英辞典が使えるので、活用することをおすすめします。
【実践】英文解釈に挑戦してみよう
では、observeを使った英文で、実際に英文解釈に挑戦してみましょう。以下のそれぞれの意味を考えていきます。
A)Please observe safety precautions fully.
B)The officer observed the movements of an enemy.
C)“She’ll regret that.” her father observed.
A)はobserve safety precautionsなので、Collinsの3)If you observe something such as a law or custom, you obey it or follow it.に該当すると分かります。従って、意味はこうなります。
安全上の注意をしっかりお守りください。
B)はobserved the movements of an enemyなので、Collinsの1)If you observe a person or thing, you watch them carefully, especially in order to learn something about them.に該当すると分かります。従って、意味はこうなります。
その将校は敵の動きを監視した。
C)は“She’ll regret that,”と引用符でかこってあるので、意味的に2)If you observe that something is the case, you make a remark or comment about it, especially when it is something you have noticed and thought about a lot.が該当すると分かります。従って、意味はこうです。
「彼女は後悔するだろう」と彼女の父親は述べた。
※上の3つの訳文は英文解釈の解説のため、直訳調にしています。
このように、どういう場合なのかを考えることで、文脈に頼らなくても正しい解釈ができるようになります。それでも解釈に迷うときは、文脈を頼りにすることもありますが、まずは、どういう場合に使われているかを考え、それで意味が特定できない場合のみ、文脈を頼りに訳すのが誤訳を防ぐコツです。
自然な日本語に翻訳するための6ステップ
では、正しく英文解釈をする方法を知ったところで、ここからは自然な日本語に翻訳するコツについてお話しします。まず、一番大事なことをお伝えします。それは、英和辞典に載っている意味は使わない!ということ。
「はあ? 何言ってんの? 英和辞典の意味を使わなかったら訳せないと思うけど」
そんなふうに思う人もいるかもしれませんが、それは誤解です。何を言いたいかと言うと、英和辞典などの辞書は意味を理解するためだけに使うのが、自然な日本語に翻訳するコツだということ。つまり、英和辞典に載っている意味をそのまま使っても、自然な日本語にはならないということです。
例えば、次の英文を訳してみてください。
Are you warm enough?
英和辞典に記載してある意味をこの英文に当てはめると、こう訳せます。
「あなたは十分に暖かいですか?」
でも、「十分に暖かい」って普段、言いますか? あまり言わないですよね。
このように、英和辞典に掲載されている意味をそのまま使用しても、自然な日本語には翻訳できません。では、どうすればいいのか?
それは次の6つのステップを踏むことです。
1)話し手の人物像を考える
2)聞き手との関係性を考える
3)話し手の置かれた状況を考える
4)英文の意味を理解する
5)話し手の頭の中をイメージする
6)頭の中のイメージを話し手が日本語で話すとしたらどう言うかを考える
1)、2)、3)はセリフを翻訳する際に必須の3要素ですね。前回の記事で説明しているので、今回は割愛します。
4)英文の意味を理解する
1)、2)、3)が終わったら、英文を理解します。 この際、日本語には翻訳せずにどういう内容を伝えようとしているかを理解するだけでOKです。
5)話し手の頭の中をイメージする
ここからが大事なポイントです。 英文を理解したら、その理解した内容を基に、話し手の頭の中をイメージします。反射的に話す場合を除き、基本的に人間は頭で考えたイメージを言葉にして話します。そして、イメージというのはまだ言葉にはなっていません。その言葉になる前のイメージを考えます。
6)頭の中のイメージを話し手が日本語で話すとしたらどう言うかを考える
話者の頭の中がイメージできたら、そのイメージを言葉にします。その際、次の点を意識してください。
- こういう状況で
- こういう人物が
- こういう内容を
- 日本語で話すとしたら、なんと言うか?
この6ステップを踏むことで、自然な日本語に翻訳できるようになります。
【実践】6つのステップで翻訳してみよう
それでは、先ほどのAre you warm enough?を、6つのステップを踏んで実際に自然な日本語に翻訳してみましょう。
1)話し手の人物像を考える
2)聞き手との関係性を考える
3)話し手の置かれた状況を考える
→ここでは、話し手を母親、聞き手を小学生の息子として、自宅の部屋にいる状況とします。
4)英文の意味を理解する
→話し手が何を言おうとしているかを考えます。単に辞書の意味を当てはめるのではなく、伝えたい内容を理解します。
5)話し手の頭の中をイメージする
→伝えたい内容から話者の頭の中をイメージします。
6)頭の中のイメージを話し手が日本語で話すとしたらどう言うかを考える
→イメージした内容を、母親が小学生の息子に対して日本語でどう言うかを考えます。
いかがでしょうか?どう言うか思い付きましたか?
せっかくなので、6ステップを踏んでご自身で考えてみてください。
~THINKING TIME~
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思い付きましたか? おそらく、思い付いた言葉は自然な日本語になっているのではないでしょうか?
翻訳は十人十色なので、答えは1つではありません。でも、上の6ステップを踏んで、思い付いた言葉は自然な日本語になっているはずです。
一応お伝えしておくと、私が思い付いた言葉はこちらです。
寒くない?
おそらく、どの英和辞典を調べても“warm enough?”を「寒くない?」と訳しているものはないと思います。でも、小学生の息子を気遣う母親の言葉として「寒くない?」は、結構自然な日本語だと思いませんか?
自然な日本語訳には英英辞典!
最後に、自然な日本語に翻訳するコツをもう1つお伝えします。それは、辞書を上手に使うコツの際にもお伝えしましたが、意味を理解する際に英英辞典を使うということです。英英辞典で調べれば、日本語を介さずに話し手の頭の中をイメージできるので、自然な日本語が思い付きやすくなります。
英和辞典で意味をつかもうとすると、どうしても日本語が先に頭に入ってしまい、言葉で理解しようとしてしまうのですが、英英辞典を使えば、話し手の頭の中をダイレクトにイメージできます。
ちなみに、enoughをCollinsで引くと次のように載っています。
Enough means as much as you need or as much as is necessary.
これをできるだけ日本語に訳さずにイメージします。そして、イメージした内容を話し手が聞き手に対して日本語で言うとしたらなんと言うかを考えます。
こうすることで、英和辞典で調べたときよりももっと自然な日本語に翻訳できるようになります。 この方法は、翻訳のいろいろな場面で使えると思うので、よければ活用してみてください。
次回は、実際にいくつかのセリフの翻訳にチャレンジしていただきますので、楽しみにしていてくださいね。では、またお会いしましょう!
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