米津玄師「馬と鹿」歌詞の英訳者が解く歌のテーマ、ラグビーに賭ける選手たちの心【ネルソン・バビンコイ】

作詞・訳詞家のココロ

シンガーソングライターで、米津玄師さんの「パプリカ」の英訳も手掛けた、アメリカ出身のネルソン・バビンコイさんの連載「作詞・訳詞家のココロ――歌詞がリリックになるとき」。第4回では、ドラマ『ノーサイド・ゲーム』の主題歌として米津玄師さんが書き下ろした「馬と鹿」の歌詞のテーマなどを語ります。

ラグビーがテーマのドラマ主題歌「馬と鹿」

前回引き続き、今回も米津玄師さんの楽曲について、英訳のエピソードをお話ししましょう。

去年、日本中が熱狂したラグビーワールドカップはご覧になりましたか?どの試合も素晴らしかったし、日本の善戦は感動的でしたよね。

ワールドカップの盛り上がりには、ちょうどその少し前に放送されたテレビドラマシリーズ、『ノーサイド・ゲーム』(TBS日曜劇場)のヒットも一役買ったと思います。その主題歌になったのが、米津玄師さんの「馬と鹿」。ラグビーをテーマにしたあのドラマのために、書き下ろされたものです。

含みのある日本語の歌詞をどう英訳する?

「馬と鹿」では、僕はMV用のオフィシャル英語字幕を作りました。

米津作品の英語字幕は、映画『海獣の子供』の主題歌「海の幽霊」に続いて、これが2作目。英語で歌うための「歌詞」ではないので、メロディーと言葉のバランスを考える必要はなく、その点では字幕は楽です。

とはいっても、日本語の作詞家が描き出す世界観や、行間に込められたニュアンスを、まず僕自身が正しく理解しなくてはならない点は、英詩を作るときと変わりません。そして、そこは米津玄師ワールド。決して簡単ではありませんでした。

アメリカのポップミュージックでは、歌詞の表現もSimple is best.です。遠回しで複雑な表現はあまり出てきません。それに比べると、日本のポップスには含みのある表現が多いように、僕には感じられます。

そういえばメールも、日本語では「いつもお世話になっております」から始まって、「どうぞよろしくお願いします」で締めますが、英語では「Hi!・・・用件・・・Bye.」です。英語って、めちゃくちゃシンプルでしょ?

ラグビーにワンチームで向かう選手たちの心を描く

米津さんは「馬と鹿」を作るとき、ドラマの脚本を読んで発想を広げていきました。そうして出来上がったこの歌の主役は、勝つことだけを夢見る男です。地道なトレーニングに明け暮れ、自分を極限までストイックに追い込み、懸命に這い上がろうとしている。まさにドラマ『ノーサイド・ゲーム』の主人公、一人一人ですね。

たぶん何度もけがに泣き、挫折や敗北感に打ちひしがれたことも一度や二度ではないでしょう。身も心も傷だらけ。もう限界かもしれないと頭の片隅で思いながらも、彼はたった一つ、自分に残されたラグビーへの夢を、まだ諦めたくないのです。

米津さんはそれを、「まだ味わうさ 噛(か)み終えたガムの味」と表現しています。僕もそこは、This gum may have lost its flavor, but I can still taste itと忠実に訳しました。これは字幕という形だから、できたことです。曲に乗せて英語で歌える歌詞を作るとしたら、まったく違う言葉になるでしょう。歌の前半からは、試合に臨む前のような、静かで抑えた緊張感が伝わってきます。

サビの部分では、「呼べよ 花の名前をただ一つだけ」のところで、僕なりの工夫をしています。彼らにとってのただ一つの花とは、ラグビーであり、チームです。だから、「花」という比喩的な言葉は、英語ではより具体的なour crestとしました。これでドラマを見ていない外国人にも、チームスポーツに関連した曲だとわかります。

このcrest(クレスト)というのは、兵士が着ける武具のヘルメットや紋章のてっぺんに付いている、鳥の羽根や動物の毛のようなものを指す単語です。ここでは、チームのシンボルを表しています。クレストの下、仲間たちが一丸となる。同じ一つの気持ちになる。声がかれ果てるまで、クレストの名、チームの名を叫び続ける。熱いチームスピリットが伝わってくるところです。

そして場面はさらに一転。互いの「鼻先が触れ」、「呼吸が止まる」かのような緊迫感は、まさに白熱したスクラムのワンシーンを思わせます。その流れで、「痛みは消えないままでいい」と歌は続く。力と力を激しくぶつけ合う中で、選手たちはそれぞれが抱える内なる痛みを、受け入れていくのです。だから僕の訳は、And embrace the pain that makes us stronger。愛情を感じさせるembraceという言葉を使い、自分をより強靭(きょうじん)にする糧として、いとおしむように痛みを受け入れるというニュアンスです。

この歌で描かれているのは、ボロボロになってもなお、復活を求める心。まだこれでは生き足りないと思う心同じ夢を追い、同じ痛みを知るチームの仲間たちとの絆などです。「これが愛じゃなければ何と呼ぶのか」という、サビ冒頭の問い掛けが、すごく胸に迫ってくると思いませんか?

作詞・訳詞家のココロ

「直訳」しなかった理由

「馬と鹿」にも、日本語の深さや複雑さに、手こずらされたところがたくさんありました。

「はやる胸に 尋ねる言葉」という部分もその一つ。日本人ならすっと聞き流して、特に疑問も持たないと思いますが、英語に訳そうとすると例によって、「それ、誰が尋ねているの?」となります。もちろん、「終わるにはまだ早いだろう」と、自分が自分の胸に尋ねているのです。

だから主語を入れて、I tell my restless heart / It’s too early to give upにしました。askではなくtellという言葉を選んだことで、自分自身に言い聞かせるという、感情的で意思的な色合いがはっきりしたと思います。

そうは言っても、「『花』はやっぱりflower、『尋ねる』はやっぱりaskでしょ。勝手にcrestとかtellに変えるのは間違いじゃない?」という人もいるかもしれませんね。

でも前々回でもお伝えしたように、僕は文化通訳・翻訳をやっているのです。技術翻訳のように、一言一句ひたすら正確に訳すより、日本語の詞が描く世界を、外国人が理解しやすい英語で伝えることが大事です。

それぞれの文化を踏まえて適切な表現を探す

日本の人はよく、「英語はなんとなくはわかるんだけど、しゃべれないんだよね」って言いますよね。

それは、耳に入ってきた英語を、まず頭の中で日本語に変換しているせいだと思います。その和訳した内容を基に、どう返すか日本語で考えて文章を作る。そして、その複雑な日本語の文章を、無理やり複雑な英語に翻訳して言おうとするから、結局何も話せなくなってしまうのです。そんな複雑なこと、僕だってできませんよ。

英語は、あまりひねくり回さず、自分が無理なく使える単語を使って、すんなり話せばいいのです。やはりSimple is best.なんですよ。

先ほどの歌詞の訳でも、完璧を目指す教育のおかげで、「花=flower。これが常に正しい答え!」と決め付けてしまうのも、ちょっと四角四面です。もっと柔軟に考えてもいいのではないでしょうか?

そういえば、「英語で『よろしくお願いします』はどう言うの?」なんて聞かれることもありますが、そもそも英語では、そんなことは言いません。そのものを表す訳語がなくても、問題ないのです。Hi! I'm Nelson.でも、Nice to see you!でも、フレンドリーな笑顔で言えば、「よろしくね」という気持ちは間違いなく伝わります。それがニュアンスを訳す、文化を訳すということだと僕は思います。

さて、次回はいよいよSEKAI NO OWARIです。セカオワの英語詞の世界で、お待ちしています!

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ネルソン・バビンコイ

ネルソン・バビンコイ(Nelson Babin-Coy)
15歳のときに2週間の交換留学をきっかけに日本が好きになり、日本語を独学する。名門カリフォルニア大学バークレー校の東アジア言語・日本語学科を卒業。在学中に慶応義塾大学に1年間留学し、日本語能力試験N1(1級)を取得。2007年10月に再来日し、音楽、芸能活動を始める。2018年に永住権を取得。現在はSEKAI NO OWARIやTHE BAWDIESなど、日本のメジャーミュージシャンの英語歌詞の提供や英語プロデュースを行い、NHK WORLD番組に出演しながら番組全体の英語監修も担当。『二階堂家物語』で映画俳優デビューし、バイリンガル俳優としても話題に。ほかに日本の海外向け番組やアーティストのプロデューサー、テレビパーソナリティー、YouTubeのクリエイターなど、さまざまな業界で活躍中。
公式サイト:https://www.nellybc.com/
Twitter:https://twitter.com/babin_coy
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCCVXvioNdjRJsuCrwkbnUMw
Instagram:https://www.instagram.com/babincoy/

構成:田中洋子/編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部