「パプリカ」英語版歌詞の作詞家ネルソン・バビンコイさんが語る訳詞の意図やメロディーの魅力

シンガーソングライターで、米津玄師さんの「パプリカ」の英訳も手掛けた、アメリカ出身のネルソン・バビンコイさんの連載「作詞・訳詞家のココロ――歌詞がリリックになるとき」。第3回では、その「パプリカ」の英語バージョン「Paprika」の制作秘話を語ります。

米津玄師さんとご縁があり、「パプリカ」の英語詞を担当

NHKの2020応援ソング「 パプリカ をご存じですか?5人の子どもユニットFoorin(フーリン)が、NHK「みんなのうた」で歌ってブレークし、ダンスバージョンの動画も出て、子どもから大人までたくさんの人たちに愛されています。

作詞・作曲は米津玄師さん 。僕は、米津さんの「海の幽霊」(アニメーション映画『海獣の子供』の主題歌)のMVに付ける英語字幕のための翻訳をしたことがありました。そのご縁で、 「パプリカ」の英語バージョン「 Paprika 」の歌詞 を僕が作ることになったのです。

「パプリカ」を初めて聞いたとき、すてきな曲だなと思ったのと 同時に 、メロディーが独特だと思いました。とても 日本っぽいメロディー で、欧米人には耳慣れないところがあるから、するっと体に入ってこない。この メロディーにうまく乗るように、日本語の歌詞をベースにして英語の詞を書く となると、これは一筋縄ではいかないと思いました。

日本的なメロディーの魅力と、それに英語詞を付ける難しさ

日本語の歌の場合、 一つ一つの音符に、一つずつ日本語の音が乗ります 。「私」と歌うには、「わ・た・し」と3つの音を使うのです。ところが英語では、 IもI’mもI’llもWe’reも、どれも一つの音で済んでしまいます 。だから日本語をそのまま英語にすると、メロディーが余ってしまうことが多いのです。

例えば「パプリカ」冒頭の「曲(まが)りくねり、はしゃいだ道」を、僕は“Twisting and turning down this road we go”としました。メロディーに合わせるために、ぴったりする言葉を選んで付け加えています。

もう一つ、2番の「帰り道を照らしたのは/思い出のかげぼうし」という部分も、工夫が必要でした。英語の詞では、“Now it’s time to go, I’ll see you tomorrow / Memories will light the way back home”とし、「かげぼうし」は消えちゃいました。でも、 夕暮れ時のなんとなく物寂しい感じや、友達とさよならするのが名残惜しい気持ち 、今日一日のいろいろな出来事を胸に家路をたどる感じは、伝えられたかなと思います。

全体を通して難しかったのは、やはりサビの部分です。日本語の歌詞にある「心遊ばせあなたにとどけ」を、Play with our hearts and send it to youなんて訳しても、まるで意味が通じない。だからここは、“Rain or shine, we’ll find a way to play again another day”としました。晴れても雨が降ってもただ無心に遊び、「また明日ね」と言う子どもたちの気持ちです。あらかじめ、この曲は 英語版でも子どもの歌にしたいので、なるべくシンプルな言葉で という注文がありましたから、そういう視点も外れないようにしたつもりです。

そして最後のフレーズ、「かかと弾ませこの指とまれ」。「かかと弾ませ」を無理やり英語にしなくても、 子どもの弾むような気持ち が出せればいいのです。「パプリカ」はダンスでも人気ですから、最後のキメの振り付けを思い浮かべて、“ point our fingers to the sky”と、 空に高く手を突き上げる ような表現にしました。「この指とまれ」ともリンクするフレーズだから、座りがいいと思いますが、いかがですか?

こうして一つずつ見てくると、 メロディーと連動する歌詞の英訳は、一般的な英訳とは少し違う ことが、なんとなくわかってもらえたかなと思います。音楽の訳詞というのは、すでにあるものをベースにしてはいても、 日本語で描かれた世界観を、 改めて 英語で表現する という点で、独立した一つのクリエーションでもあるのです。

語感も内容もメロディーとぴったり合うと心地いい!

「パプリカ」の 英語バージョン「Paprika」の英詩が完成するまでには、3、4カ月ほどかかっています 。何度も何度も書き直して、 プロデューサーとも繰り返し相談して、ようやく納得できる形になりました。

僕自身がいちばん気に入っている部分を、ちょっと自慢してもいいですか?2番の冒頭の部分です。

It’s raining and pouring, the moon’s hiding away

I think I can hear someone crying in the shade

Don’t worry I promise, there’s no need to be afraid

Someone’s always calling out your name

ここの歌詞は最初に出来て、その後あまり変わっていません。 英語としての語呂のよさ が気に入っています。声に出して読んだり歌ったりしてみると、リズムも語感も心地いい。 内容も日本語の歌詞と合っている し、 メロディーにもしっくりなじんでいます 。ピタッとハマる歌詞は、最初からハマるものだなあと思います。

とはいっても、僕としては「パプリカ」ではメロディーを最も大事にしたつもりです。先ほどお伝えしたように、メロディーが独特で日本的だから、詩についても、その メロディーに合う言葉の選び方、風合い、リズム などを大事にしたかったのです。

昔、「上を向いて歩こう」という日本の曲が、アメリカで大ヒットしました。日本語の歌だったので、誰も歌詞の意味はわからなかったけれど、あの曲の魅力、日本のメロディーが受けたのです。音楽にはそういう力があります。

種をまくのは誰?省略が得意な日本語の英訳は悩ましい

「パプリカ」 に関して 、米津さんたちには、思い入れのある日本語の歌詞を大事にしたいという 希望 がありました。もちろんその気持ちはすごくよくわかりますから、すり合わせをしながら進めました。

日本語から英語への翻訳について、ちょっと 具体的に お話ししましょう。僕たちがぶつかる難しさの一つが、 日本語では言葉の省略が多い ということ。「パプリカ」の歌詞で言うと、「晴れた空に種をまこう」で、まくのは誰なのでしょう?私なのか、あなたなのか、私たちなのか。「花が咲いたら」って、どこに咲くの?日本語だとなんの問題もなく言葉として成立しているものが、 英語にしようとした途端、わからなくなる のです。

日本語の根底には、 「全部を言わないのが美学」という文化 があるようです。俳句でも短歌でも、あえて言葉にせず、相手に 想像させる ことを大切にします。日本では大半の人が日本人で、共有しているものがたくさんあるから、細かいところまで言葉にしなくても通じ合えるのかもしれません。

でも、英語にはそれがありません。いろいろな国や文化から人が集まって、 価値観が入り交ざっているから、言葉で明確に説明しないと通じ合えない のです。日本語と英語はそれだけ違うのですね。だから難しい。

違うといえば、日本語版「パプリカ」にある「ハレルヤ夢を描いたなら」というフレーズは、英語版ではHallelujahではなく“Paprika”としています。外国人が聞いたら、宗教的だと思われる恐れがあるからだそうです。日本ではそういうことを、すごく気にするみたいですね。僕は日本のテレビ局と英語の番組に関する仕事をいくつかやっていますが、聖地を意味するメッカという言葉なども、使ってはいけないと言われます。mecca of basketballのように比喩的な使い方をするのは駄目なのです。そんなに気にすることはないとも思うのですが。

英語が苦手な子も歌ってみてくれたらうれしい

英語版「Paprika」は、アメリカの僕の家族や友人もみんな聞いてくれています。好評ですが、「なぜ『パプリカ』なの?」って不思議がっています。

僕自身は、海外よりも日本の子どもたちや親御さんたちの反応が気になります。みんなが知っている「パプリカ」が英語で流れてきたとき、「あ、英語で歌っている。初めて聞いたけど、かっこいいね!」と思ってくれるとうれしい。そして 英語が苦手な子も、歌ってみたいと思ってくれて、歌ってみたら楽しかったと、そんなふうになるといい なと思います。「パプリカ」と「Paprika」、ぜひ一度、聞き比べてみてください!

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▼この連載のすべての回の記事と書き下ろしを収録!

米津玄師、SEKAI NO OWARI、THE BAWDIES、ゲスの極み乙女。などの英語詞や英訳詞に携わるアメリカ出身の作詞・訳詞家、ネルソン・バビンコイさん。

ビジネス文書や実用書、小説などとは異なる歌詞の翻訳は、どのように行われるのでしょうか?また、自身もミュージシャンであるバビンコイさんが、歌のコンセプトや日本語詞を基にした英語詞作りを依頼された際の創作過程とは?

単に言葉を訳すのではなく、異文化の懸け橋となる「文化通訳家」を名乗る著者が、日本の有名ミュージシャンたちとの英語詞の創作における苦労や楽しさ、歌詞の英訳ならではの工夫、「文化通訳家」の仕事、翻訳のコツや大切なことなどを語ります。

音楽が好き、翻訳に興味がある、英語を学習中など、すべての方におすすめの本です。

本書出版に寄せていただいたメッセージ

NO OWARI/Fukaseさん">SEKAI NO OWARI/Fukaseさん

ネルソンは翻訳家として、シンガーソングライターとして、アメリカで生まれ育ったアメリカ人として、そしてネルソン・バビンコイという個として、様々な視点を持っていた。

だから、単純に英詞を作るだけではなく時代背景や習慣、文化といったものを聞いた上で作詞に臨めた。それはマルチに活動する彼だからこそ出来る事だと思う。

ゲスの極み乙女。/川谷絵音さん

ネルソンさんはただ英訳するだけじゃなく、ちゃんと洒落た意味に解釈して訳してくれます。この絶妙な塩梅が最高なんです。自分の曲なのに僕は新しい世界を見せられました。そんなネルソンさんのセンスに脱帽です。

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ネルソン・バビンコイ(Nelson Babin-Coy)
15歳のときに2週間の交換留学を きっかけ に日本が好きになり、日本語を独学する。名門カリフォルニア大学バークレー校の東アジア言語・日本語学科を卒業。在学中に慶応義塾大学に1年間留学し、日本語能力試験N1(1級)を 取得 。2007年10月に再来日し、音楽、芸能活動を始める。2018年に永住権を 取得 。現在はSEKAI NO OWARIやTHE BAWDIESなど、日本のメジャーミュージシャンの英語歌詞の提供や英語プロデュースを行い、NHK WORLD番組に出演しながら番組全体の英語監修も担当。『二階堂家物語』で映画俳優デビューし、バイリンガル俳優としても話題に。ほかに日本の海外向け番組やアーティストのプロデューサー、テレビパーソナリティー、YouTubeのクリエイターなど、さまざまな業界で活躍中。
公式サイト: https://www.nellybc.com/
Twitter: https://twitter.com/babin_coy
YouTube: https://www.youtube.com/channel/UCCVXvioNdjRJsuCrwkbnUMw
Instagram: https://www.instagram.com/babincoy/

構成:田中洋子/編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

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