平井堅の歌まねで優勝!日本語の歌詞を英語に翻訳して海外に伝える「文化通訳」の仕事【ネルソン・バビンコイ】

作詞・訳詞家のココロ

シンガーソングライターで、米津玄師さんの「パプリカ」の英訳も手掛けた、アメリカ出身のネルソン・バビンコイさんの連載「作詞・訳詞家のココロ――歌詞がリリックになるとき」。第2回では、日本でJ-POP界に携わるようになったきっかけなど、音楽と自身の関係や、翻訳についての持論などを語ります。

ジミヘンを聞く父は、抜群にかっこよかった

ネルソン・バビンコイです。前回は、日本に興味を持ち、日本語を学んだ経緯をお伝えしました。今回は、音楽との出合いについて話しましょう。

音楽っていいなと、僕が初めて意識したきっかけは、父でした。父とは一緒に暮らしていませんでしたが、夏休みには1人で父のところへ遊びに行ったりしていました。

父の家は人里離れた田舎にありました。そして日曜ともなると、大音響でジミヘン*1をかけ、テキーラなんかを飲みながら、裏庭で日なたぼっこをするのです。そういう父は、まだ6歳か7歳だった僕の目にも、抜群にかっこいい男でした。

父の影響もあってか、やがて僕も、当たり前のように音楽に親しんでいきました。特に影響を受けたのは、1970年代のシンガーソングライターたち。イーグルス、ジェームス・テイラー、ジャクソン・ブラウン・・・。夢中になって聞いたものです。

一方、僕が初めて人前で歌を歌った場所は、なんと日本なんです!

15歳の夏に日本に短期留学した話を前回しましたが、帰国の前日、全員が集まって、さよならパーティーをしてくれたのです。僕はたまたま、父からバースデープレゼントにギターをもらったばかりで、それを持ってきていました。それでちょっと弾き語りをしたのだけど、出来はひどいものでした(笑)。

それでも、お世話になった日本の人たちから拍手をいっぱいもらって、ものすごくうれしかった。以来、音楽を作ることや表現することに、それまで以上に喜びを感じるようになっていきました。

YouTubeで音楽活動し、番組の企画で優勝

ところで皆さんは、ネット動画を見るのは好きですか?

僕は2006年くらいから、日本の曲を日本語や英語で歌った動画や、自分で作った曲を、YouTubeで発表していました。2007年に日本で暮らすために来日したときには、僕のYouTubeチャンネルはもうすでに結構評判になっていたんですよ。

当時は「音流(ネル)」という名前で活動していて、東京を歩けば、「音流さんですよね!」と声を掛けられたし、ライブをやれば100人くらいは集まってくれました。ネット動画の影響力って、すごいものです。

来日から半年ほどたった頃、「HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP」という音楽番組*2に出る機会がありました。平井堅さんの前で彼の歌を歌い、誰がいちばん本人に似ているかを競うという企画でしたが、なんと僕が優勝しちゃったのです。22歳の僕は、「俺の時代が来たぜ!」と思いました。

でも、その番組のオンエア直前に、 僕のYouTubeアカウントが、著作権侵害で削除されてしまったのです。

せっかくテレビに出て名前が知られるようになったのに、興味を持ってくれた人がネットで検索しても、カバー曲の動画もオリジナル曲の動画も、まったく出てこない。これにはかなり、がっくりしました。今思えば、他人の音楽のカバーで売れなくて、かえってよかったのですけどね。

ちなみにYouTubeは、その後JASRACと契約を交わし、今はカバー曲の演奏も公開できるようになっています。

英語の間違いを直さない?!

幸運なことに、その後も僕は、バンド活動や音楽番組の仕事などを通して、多くの日本人アーティストと出会うことができました。英語の作詞、日本語から英語への訳詞、英語監修全般と、英語と日本語という僕の強みを生かした仕事も増えていきました。

でも、やってみて驚いたこともあります。海外向けの楽曲の英語監修を依頼してきたのに、僕のアドバイスより、自分たちがいいと思っている英語表現にこだわる関係者が、少なくとも当時は結構いたのです。

例えば、日本人が書く英語の歌詞に時々出てくるhold on me。これは、「抱き締めて」という意味で使っているのだろうけど、英語にはない表現です。正しくはhold meです。だから、「この表現は間違っているよ」と指摘するのですが、日本人のプロデューサーが、「多少変でも、むしろそれがいいんだよ」などと言って直さないのです。

間違っているとわかっていながら、直さないってどういうこと?海外に向けて発信したいと言いながら、間違った英語、おかしな和風英語でなぜ平気なのだろう?不思議な世界だと思いました。

作詞・訳詞家のココロ

型にはまったJ-POPにも変化の兆しが

話を音楽に戻しましょう。正直に言うと、J-POPと呼ばれる日本の音楽には、工場で同じ型にはめ込んで、作られているような印象があります。テイストもみんなよく似ていて、料理で言えば、「こっちもデザート、そっちもデザート、デザート、デザート、スーパーデザート!」という感じ。

70年代、80年代の日本の音楽は個性があってすてきだったのに、商業化が進み過ぎたせいか、「これがよい音楽だ」と誰かが決めたものを、みんなが喜んで受け入れるようになってしまった。そんな気がします。

でも日本の音楽界も、やっと変わり始めました。世界を舞台に、自分たち独自の音楽で勝負したいというアーティストも出てきています。そういうアーティストと仕事ができるのは、とてもうれしいことです。

SEKAI NO OWARIとは、僕がMCを務めていた音楽番組で知り合いました。彼らはすでに自分たちで英語の歌詞を書いていましたが、「本気で世界を取りたい。だからちゃんとした英語で歌いたい」と、ボーカルの深瀬君が話してくれて、僕は喜んで力になろうと思いました。

THE BAWDIESとは、彼らがインディーズ時代からの付き合いで、やはりずっと英語のサポートをしてきました。

米津玄師さんの場合は、事務所からの依頼で、アニメ映画『海獣の子供』の主題歌だった「海の幽霊」に英語の字幕を付けたのが始まりでした。

言葉の背景にある文化も伝える「文化通訳」でありたい

彼らミュージシャンたちが世界に打って出るためのサポートは、楽しい仕事です。

今は世界中どこでも同じ音楽が聞けますし、若者はどこの国の曲だろうが、いい曲を受け入れることに抵抗がありません。日本の音楽が大好きな人は、海外にもいっぱいいます。そして好きな曲だから、みんな英語で歌詞の意味が知りたいのです。

だったら原作者のメッセージを忠実に英訳して、「これがこの曲の、公式の英語詞です」というものを作った方が絶対にいい。それが、僕たちがやろうとしていることです。そこでの僕の役割は、アーティストが日本語の詩に託した世界観や文化を、英語に変換して伝えること。つまり文化の通訳です。

僕が考える「文化通訳」とは、文章の行間に揺らめく感情や、言葉の裏側に潜む深い意味を正確に理解して、正確に伝えることです。

なぜ日本の人々は、散る桜に寂しさやはかなさを感じるのか、あるいは出会いや別れを思うのか。その繊細な心情を言葉にして伝えることは、どんなにAIが発達しても、人間にしかできないでしょう。

夏目漱石は、英語のI love you.を「月がきれいですね」と訳したという話がありますが、それと同じことが、言葉の世界にはたくさんあると思います。だから僕は、常に「文化通訳」でありたいと思うのです。

そういうわけで、次回からは、実際に僕が関わった楽曲について取り上げていきたいと思います。

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▼この連載のすべての回の記事と書き下ろしを収録!

米津玄師、SEKAI NO OWARI、THE BAWDIES、ゲスの極み乙女。などの英語詞や英訳詞に携わるアメリカ出身の作詞・訳詞家、ネルソン・バビンコイさん。

ビジネス文書や実用書、小説などとは異なる歌詞の翻訳は、どのように行われるのでしょうか?また、自身もミュージシャンであるバビンコイさんが、歌のコンセプトや日本語詞を基にした英語詞作りを依頼された際の創作過程とは?

単に言葉を訳すのではなく、異文化の懸け橋となる「文化通訳家」を名乗る著者が、日本の有名ミュージシャンたちとの英語詞の創作における苦労や楽しさ、歌詞の英訳ならではの工夫、「文化通訳家」の仕事、翻訳のコツや大切なことなどを語ります。

音楽が好き、翻訳に興味がある、英語を学習中など、すべての方におすすめの本です。

本書出版に寄せていただいたメッセージ

SEKAI NO OWARI/Fukaseさん

ネルソンは翻訳家として、シンガーソングライターとして、アメリカで生まれ育ったアメリカ人として、そしてネルソン・バビンコイという個として、様々な視点を持っていた。

だから、単純に英詞を作るだけではなく時代背景や習慣、文化といったものを聞いた上で作詞に臨めた。それはマルチに活動する彼だからこそ出来る事だと思う。

ゲスの極み乙女。/川谷絵音さん

ネルソンさんはただ英訳するだけじゃなく、ちゃんと洒落た意味に解釈して訳してくれます。この絶妙な塩梅が最高なんです。自分の曲なのに僕は新しい世界を見せられました。そんなネルソンさんのセンスに脱帽です。

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ネルソン・バビンコイ

ネルソン・バビンコイ(Nelson Babin-Coy)
15歳のときに2週間の交換留学をきっかけに日本が好きになり、日本語を独学する。名門カリフォルニア大学バークレー校の東アジア言語・日本語学科を卒業。在学中に慶応義塾大学に1年間留学し、日本語能力試験N1(1級)を取得。2007年10月に再来日し、音楽、芸能活動を始める。2018年に永住権を取得。現在はSEKAI NO OWARIやTHE BAWDIESなど、日本のメジャーミュージシャンの英語歌詞の提供や英語プロデュースを行い、NHK WORLD番組に出演しながら番組全体の英語監修も担当。『二階堂家物語』で映画俳優デビューし、バイリンガル俳優としても話題に。ほかに日本の海外向け番組やアーティストのプロデューサー、テレビパーソナリティー、YouTubeのクリエイターなど、さまざまな業界で活躍中。
公式サイト:https://www.nellybc.com/
Twitter:https://twitter.com/babin_coy
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCCVXvioNdjRJsuCrwkbnUMw
Instagram:https://www.instagram.com/babincoy/

構成:田中洋子/編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

*1:ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix):1960年代に活躍した、ロックギタリストの神的存在。日本ではジミヘンと呼ばれることも多い。

*2:HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP:フジテレビ系列で1994年から2012年まで放送されていた音楽バラエティー番組。ダウンタウンが司会を務めた。