シンガーソングライターで、米津玄師さんの「パプリカ」の英訳も手掛けた、アメリカ出身のネルソン・バビンコイさんの連載「作詞・訳詞家のココロ――歌詞がリリックになるとき」。第5回では、SEKAI NO OWARIの2曲、「ドラゲナイ」というサビの歌詞で大ヒットした「Dragon Night」と、映画『進撃の巨人』前編の主題歌「ANTI-HERO」について語ります。
目次
「ドラゲナイ♪」の歌詞が大ヒット!「Dragon Night」
1985年生まれのネルソン・バビンコイです。SEKAI NO OWARI、通称「セカオワ」のみんなとは、ちょうど同い年。テレビの音楽番組で出会ったときから、気が合いました。飲み仲間から始まって、「音楽で世界を取りに行くなら、本気でやりたいね」と意気投合して、やがてそこから、「Dragon Night」の英語バージョンが生まれることになりました。
「Dragon Night」は面白い曲で、彼らは日本語版でも「ド・ラ・ゴ・ン・ナ・イ・ト」とは決して歌わず、もっと英語っぽく「ドラゲナイ」と歌っていました。それがかっこいい、音の響きが面白いと、ファンの間で評判になり大ヒット。カラオケでも「♪ドラゲナイ、ドラゲナイ、ドラゲナイ、こよい~♪」と、大いに盛り上がっていました。
作詞・作曲をしたFukaseは、初めから、英語で歌うことを視野に入れていたのだと思います。だから英語の歌詞を作るときも、僕たちは本気で意見を戦わせました。
「日本語のこの部分の歌詞が、英語にも欲しいんだよ。なぜないの?」
「そこまで言うなら入れるけどさ、それは違うと思うぜ」
……なんて、よくけんかもしました。それで、その部分が後で外国人プロデューサーに駄目出しされて、「おいネルソン、おまえの歌詞は駄目だ」とか言われたりして。
そんなこんなで試行錯誤を繰り返しながら、Fukaseも僕も、ほかのメンバーたちも、最終的に納得できるクオリティーに作り上げていったのです。
「正義」をjusticeではなくjustにしたのは英語の語感から
「Dragon Night」は、第1次世界大戦のときのクリスマス休戦を題材にしています。激しく戦っていたドイツ軍とイギリス軍が、この日だけは休戦に合意し、両者の間につかの間の、奇跡のような平和が訪れたという史実です。
つまりFukaseの歌詞には、歴史の要素とファンタジーの要素が混然一体となっているのです。英訳する際、そこの解釈が難しかったのですが、僕としては、どちらかというとファンタジーの要素を意識して訳しました。ドラゴンという生き物自体が、ファンタジーですからね。
SEKAI NO OWARIの楽曲は、ご存じのように歌詞のよさでも高く評価されています。「Dragon Night」の歌詞にも、Fukaseの深い思い入れがあるので、英訳版もできるだけそれに寄せるようにしました。その分、純粋に英語の詞という意味では、英語と日本語の違いからくる若干の「無理やり感」がどうしても残りました。
例えば、“Tonight all of us will sing together like we’re best of friends”のところなどは、英語のネイティブスピーカーには、メロディーと言葉のバランスや、単語の選び方などがちょっと気になります。僕自身、初期の英訳作品で未熟だったのです。もし今、もう一度、微調整をしてもいいということになったら、手を入れたいところは結構出てくる気がします。
日本語の歌詞の、「人はそれぞれ正義があって」に当たる部分は、英語では“Everybody has their own version of what’s just”となっています。ここも、今ならもっとうまい表現ができるはずですが、当時の僕にはこれが限界でした。
それでも、音を楽しむ英詩の特徴は、それなりに盛り込んでいます。「正義」は英語でjusticeですが、ここではjustという言葉を使っています。次行が、“Maybe war is something that is natural for us”と、最後が“us”で終わるから、前行の最後は、“justice”よりも“just”の方が耳になじむのです。“just”にも「正しい」という意味があるので、意味もちゃんとわかります。
ポップミュージックではこんなふうに、耳に入ってくる音、語感が心地よいかどうかを気にします。日本でも最近は、ミスチル(Mr. Children)の桜井和寿さんとか、サザンオールスターズの桑田佳祐さんとか、宇多田ヒカルさんとか、日本語を上手に洋楽に寄せて、音を重視するアーティストが活躍していますから、面白いですね。
影のヒーロー「ANTI-HERO」の世界観を英語で自由に表現
SEKAI NO OWARIとは、「ANTI-HERO」と「SOS」でも一緒に仕事をしました。これらは2015年の映画、前編の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』と後編の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』のために作られた曲です。「ANTI-HERO」は前編の、「SOS」は後編の主題歌で、SEKAI NO OWARIにとっては、初の全編英語詞による楽曲でした。
この2つの曲については、歌詞のストーリーとメロディーはすでに決まっていましたが、元となる日本語の歌詞はありません。初めから英語の歌詞を作っています。
「ANTI-HERO」は、Fukaseやほかのメンバーたちと話して、サビのコーラスの「♪I'm gonna be the anti-hero♪」という部分が、まず固まりました。それから全体としてどういう曲にしたいか、イメージの擦り合わせをして、「じゃあネルソン、後はよろしく」。
というわけで、今回は翻訳と違い、すでに出来上がっている日本語の歌詞はないので、日本語という縛りなしで、伸び伸びと英語の歌詞が作れました。Fukaseの発想とメロディーだけが相手ですから、出来た歌詞は、自由で完成度が高いものになったと思います。
主人公は言うまでもなく「ANTI-HERO」。ヒーローと肩を並べる重要人物でありながら、アンチヒーローは決して人格者というわけではありません。目的のためなら手段を選ばず、汚いこともすれば、非合法な手も使う。臆病だったり、暴力的だったり、ダークな面を持っていたりもする。
そんなアンチヒーローは、“You know I don’t give a damn about what’s ‘right’”(何が「正しい」かなんて、知っちゃいねぇ)と、出だしから攻撃的です。
その後も、“But when push comes to shove, you’ll know what I mean. I’m ready to start a fight”と、たんかを切ります。when push comes to shoveは慣用句です。pushは「軽く押す、突く」、shoveは「グイと強く押す」。全体で「いざとなれば、追い詰められたら」といった意味の表現になります。だから、この歌詞は「一触即発となりゃ、おまえにもわかるさ。俺はいつでもやってやるぜ!」という感じ。うん、相当なワルですね。

「ANTI-HERO」は英語詞と曲が外国人にも親しみやすい
こうして自由にやらせてもらったおかげで、Fukaseたちが求めていたものは提供できたと思います。“shit”のような汚い言葉を使うことを、許してくれたのもありがたかった。アンチヒーローとは、切っても切れないスラングですからね。
この曲に取り組んでいる間、僕はとても楽しかった。「ANTI-HERO」はヒップホップで、英語詞も自然だから、外国人にも親しみやすい。僕自身も好きな曲だし、実際にファンや知り合いからは、「ネルソンっぽい歌だね」と、今も言われています。
改めて考えてみると、「英訳」というのは、日本語の詞に英語をどう近づけるかという、「言葉のパズル」のようなものかもしれません。もちろんそこにも達成感はあります。でも、アーティストが表現したい世界を、英語で自由に描くことができる「作詞」は、自分としてもいちばん得意で、最もよいものが提供できる、とてもやりがいのある分野です。
僕は若い頃ずっと、「これは僕がやった仕事だ」と、人前で胸を張って言えるようになりたいと思っていました。お金より、自分がやった仕事が正当に認められる喜びに、価値を感じていたのです。メジャーのリリースで、しかも初めて自分の名前がクレジットされた「ANTI-HERO」は、まさに僕のマイルストーンになりました。チャンスをくれた「セカオワ」のみんなに、とても感謝しています。
この連載も、次回がついに最終回。全曲英語で歌う日本のロックバンド、THE BAWDIESの「Stars」のお話です。お楽しみに!
『J-POPを英語で届ける「文化通訳家」のしごと』
▼この連載のすべての回の記事と書き下ろしを収録!
米津玄師、SEKAI NO OWARI、THE BAWDIES、ゲスの極み乙女。などの英語詞や英訳詞に携わるアメリカ出身の作詞・訳詞家、ネルソン・バビンコイさん。
ビジネス文書や実用書、小説などとは異なる歌詞の翻訳は、どのように行われるのでしょうか?また、自身もミュージシャンであるバビンコイさんが、歌のコンセプトや日本語詞を基にした英語詞作りを依頼された際の創作過程とは?
単に言葉を訳すのではなく、異文化の懸け橋となる「文化通訳家」を名乗る著者が、日本の有名ミュージシャンたちとの英語詞の創作における苦労や楽しさ、歌詞の英訳ならではの工夫、「文化通訳家」の仕事、翻訳のコツや大切なことなどを語ります。
音楽が好き、翻訳に興味がある、英語を学習中など、すべての方におすすめの本です。
本書出版に寄せていただいたメッセージ
SEKAI NO OWARI/Fukaseさん
ネルソンは翻訳家として、シンガーソングライターとして、アメリカで生まれ育ったアメリカ人として、そしてネルソン・バビンコイという個として、様々な視点を持っていた。
だから、単純に英詞を作るだけではなく時代背景や習慣、文化といったものを聞いた上で作詞に臨めた。それはマルチに活動する彼だからこそ出来る事だと思う。
ゲスの極み乙女。/川谷絵音さん
ネルソンさんはただ英訳するだけじゃなく、ちゃんと洒落た意味に解釈して訳してくれます。この絶妙な塩梅が最高なんです。自分の曲なのに僕は新しい世界を見せられました。そんなネルソンさんのセンスに脱帽です。
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構成:田中洋子/編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
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