「英語を学ぶ」とはどういうことでしょうか。脳科学者・茂木健一郎さんはご自身の経験から、英語の学びを「人生ゲーム」にたとえます。言葉は人と人をつなぐもの。茂木さんと共に本物の英語の学びについて考えましょう。
「英語を学ぶ」とはどういうことでしょうか。例えば、学校のテストで高得点を取ったことだけで、果たして本当に英語を学んだといえるのでしょうか。
脳科学者・茂木健一郎さんはご自身の経験から、英語の学びを「人生ゲーム」にたとえます。
言葉は人と人をつなぐもの。このコラムを通じて、茂木さんと共に本物の英語の学びについて考えましょう。
日本人の英語の学び方には致命的な欠陥がある
日本の英語学習のあり方については、さまざまなことが言われてきている。
それぞれの立場で、いろいろな視点があるだろうけれども、一つだけはっきりしていることがある。
それは、平均的に見て、日本人は、英語に費やしている時間に比べて、あまりにも英語が「使えない」状態にあるということだ。
これは、日本人の英語の学び方に、致命的な欠点があるということを示している。
もちろん、英語がすべてではない。しかし、どうせ英語に時間を費やすならば、できるようにならないと意味がない。
本当に、もったいないことだと思う。
どうやったら、英語が使えるようになるのか。
私自身の経験を振り返ると、日本の英語学習のやり方の限界に気づいた、とても象徴的な出来事があった。
二人の子どもがくれた「本物の英語」との出合い
高校一年の時、私は、カナダのバンクーバーに1カ月間語学留学した。私たちはそれぞれのホストファミリーの家に散らばって、昼間はコミュニティ・カレッジで英語を勉強した。
それまで、私は日本の公立中学で、普通に一年生から英語を学んでいた。学校での成績は、正直、抜群に良かった。しかし、それは、私にとっては、英語の本質に触れることにはつながっていなかった。
「本物の英語」との出合い。それは、ホストファミリーの家に到着した瞬間に始まった。
私がお世話になった家には、当時8歳と10歳の、二人の子どもがいた。
小さな方がトレバー。大きい方が、ランディー。
玄関に彼らが迎えに来て、お互いに「ハーイ!」と挨拶した。
目のクリクリとした、とてもかわいい男の子二人だ。
その5分後。
トレバーとランディーは、私に、「人生ゲーム」をやろう、と持ちかけてきた。
ちょっと待て、人生ゲームだって!
ダイヤルを回し、出た数字によって、自分が乗った自動車を進めていく。いろいろなイベントがあって、結婚などもして、家族を育てていったりする。
あの複雑なゲームを、私は、到着後いきなり、トレバー、ランディーという元気一杯の男の子とやる羽目になったのである。
しかも、当然のことながら、英語で。
「わっ、給料が上がった」
「よい仕事が見つかった!」
「昇進した!」
「わあ、痛い、思わぬ出費!」
そのような会話を、英語でしなければならない。
英語を生きる「人生ゲーム」
ゲームを始めて すぐに 、一つの恐ろしい事実に気づいた。どうやら、私はトレバーやランディーを「指導」し、「楽しませる」役割を期待されているようだったのだ。
当時の私は、15歳。まだまだ「ひよっこ」だが、トレバーやランディーから見たら、「大きなお兄さん」だ。
ホストファミリーの方は、本当に親切な気持ちから私を1カ月間受け入れてくださったのだ。一方、トレバーとランディーにしてみれば、「一緒に遊んでくれるお兄さんがやってくる!」という期待でいっぱいだったのだ。
そのお兄さんが、「人生ゲーム」を一緒に遊んでくれる。そして、ゲームの状況によって、気の利いたコメントを言ってくれる。そんな、キラキラした目で、トレバーとランディーは私を見上げている。
私は、「まいったなあ」と思った。正直、頭の中が真っ白になった。
それから、私の、全身全霊をかけた「闘い」の1カ月が始まった。まさに、英語を生きる、「人生ゲーム」だ。
そして、それは、「本物の英語」との出合いでもあった。
脳の英語回路を活性化する学習の質とは
今から振り返ると、「着いていきなり人生ゲーム」という体験は、いろいろな意味で、英語学習の本質を衝いていたと思う。
まず第一に「文脈性」である。年下の子と、ゲームをやる。しかも、こちらの方にいろいろなことが期待されている。そのような文脈を、眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)などの部位がとらえて、脳のさまざまな回路の活動を調整した。
次に、「身体性」。自分が実際にそのような状況にいるという逃れようのない事実が、脳を本気にさせた。相手の表情や仕草を認知し、こちらも身振りやジェスチャーで応えるという濃密なやりとりがあった。
さらに、「タイミング」。まったなしで、いろいろなことをしなければならない。正しい文法で喋るよりも、タイミングよく何か言った方がいい。頭の中で文章を組み立てている暇などない。
最後に、「感情」。多少、間違ってもかまわない。気持ちが伝わればいい。
このような、日本の学校英語ではまずは見られないさまざまな状況が、「着いていきなり人生ゲーム」には含まれていて、それが、私の脳の英語回路を活性化した。
「本物の英語」と出合った瞬間だった。
その後、私の英語力はぐんと伸びた実感がある。
英語教育現場の「怖い話」
さて、日本の英語教育(ため息)。
私は、中学や高校を訪ねる度に、生徒代表に前に出てきてもらって、即興で英語のスピーチをしてもらう。基本は自己紹介。制限時間は1分間。
英語が苦手な子でも、いきなり無茶ぶりで自己紹介をやると、なんとかこなす。そして、そのプレッシャーを切り抜けたその顔は、歓びに輝いている。
何よりも、文法がどうのこうのというよりも、とにかくタイミングよく何かを言うことが大事なんだ、ということを理解してもらえる。
それから聞く。これまでの学校の英語の時間の中で、こんな経験あった?と。
彼らの答えはだいたい決まっている。「初めてだった」と。
一度、笑ってしまったのは、帰国子女で、英語が本当にうまい子がいて、話の内容も面白かったのだが、終わったあと、「これまで学校でこういうことしたことあった?」と聞いたら、その子も、「アメリカから帰ってきて、日本の学校でこんな風に英語を喋ったのは初めてだった」と答えたこと。
本当は、笑っている場合ではないの かもしれない 。
本当は、怖い話だ。一つのホラーストーリーだ。
日本の英語教育は、根本的な見直しが必要である。そうでないと、たくさんの子どもたちの青春の貴重な時間がもったいない。
15歳の私が「着いていきなり人生ゲーム」で体感したような衝撃を、学校の教育現場に入れる作戦を、いろいろ考えなければならないのである。
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写真:山本高裕(GOTCHA!編集部)茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。
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