トランプ大統領が訪日している時期に、茂木さんはアメリカのコメディ番組がトランプ氏の行動を風刺する様子をSNSで紹介していました。茂木さんが英語の笑いにこだわる理由は何なのでしょうか。
コメディには「わかる」と「笑い」の二重のよろこびがある
インターネットを通して、音声、テキスト、動画などの英語教材が簡単に手に入る時代になった。
もはや、英語習得という点から見れば、留学する必要すらないと断言できる状況である。外国にいても、下宿にこもっていたり、日本人とだけ付き合っていたりするくらいなら、むしろ日本にいて英語漬けになっている方が上達するとさえ言える時代だ。
そんな今日このごろ、私が、英語学習の教材として第一にお勧めしているのが、「コメディ」である。私自身、毎日のように英語圏のコメディに接して自分の英語力を磨き続けている。
英語で語られるジョークを聴くことのメリットは、まず何よりも、それが「わかる」 かどうか 、明確に判別できるという点にある。
英語の意味がわかれば、笑える。わからなければ、笑えない。
つまり、英語の理解力が、「笑い」というポジティヴな感情に落とし込まれているところが、素晴らしい。これは、脳における二重の「報酬構造」である。英語が「わかる」ことのよろこびと、「笑い」が得られるというよろこびが、二重に存在する。そのことによって、英語回路が 強化 される。
コメディの英語に接して、それを理解し、笑える かどうか 。私はこれを「コメディ・テスト」と呼んでいる。毎日のようにコメディ・テストを自分に課すことで、英語力の上昇を実感できるのである。
笑いは「ネガティヴ」を「ポジティヴ」に変える
コメディを通して英語を習得することには、英語力 強化 以上の効果がある。英語力をテストできるだけでなく、加えて、英語圏の笑いのセンスも学ぶことができる。
笑いのセンスは、いわば、その国の文化の「総合芸術」。さまざまな文化的背景を学ぶことができるし、日本にはない発想も得られる。
もちろん、言うまでもなく、日本語圏にも笑いはある。日本語圏の笑いと英語圏の笑いには、人間である以上、共通点もある。例えば、笑いの多くが「不安」や「恐怖」というネガティヴな感情を乗り超えるというかたちで生まれているのは同じである。
元々、笑いは、負の情動をカバーして積極的に生きることを支えるために進化してきた。笑いに接することがポジティヴな人生を支えてくれることは、世界のどこでも共通だ。
英語圏のコメディに接し、私たちは文化的限界を超える
一方で、違いもある。
英語圏の笑いの最大の特徴は、「批評性」。権威や権力といった、つい批判を控えたり、従ったりしがちな対象への私たちの心のあり方をほぐしてくれる。
アメリカでは、南アフリカ出身のコメディアン、トレバー・ノアがホストをつとめる「デイリー・ショー」や、ニューヨークを 拠点 として活躍するスティーヴン・コルベアがホストの「レイト・ショー」などが、時事ネタを笑いに変えている。これらのコメディ番組は、トランプ大統領の挙動などのニュース映像を駆使し、独自の解釈や変形を加えて、笑いという形で人々の思考をほぐしているのだ。
伝説的なコメディ番組「サタデー・ナイト・ライヴ」も、大統領などの政治家の言動を笑いというかたちで批評している。最近では、とりわけ、トランプ大統領のものまねをしたアレック・ボールドウィン氏の演技が高く評価された。
イギリスでも、政治家たちの言動は笑いの対象になっている。政治コメディの古典とも言える『イエス・ミニスター』は、政治家と官僚たちの闘いをユーモラスに描くことで、民主主義のあり方をリアルに考えさせる傑作である。
政治を批評する笑いが、地上波テレビなどの主要メディアで流れることがほとんどない日本語圏の笑いの現状。英語圏のコメディに接することは、私たちの文化的限界を超える上で、必要不可欠だと言える。
断言しよう。単に英語が出来ても、国際的に通用する人材にはなれない。英語圏のコメディの文法に精通して、初めて、英語圏の人たちと自由闊達(かったつ)にわたりあえる人になれるのである。
世界で活躍できる能力を身に付けたいなら・・・
コメディを通して英語を学ぶことには、思わぬ効用もある。それは、仕事やパーティーで、ネイティヴ・スピーカーたちを笑わせられる人になれるということだ。
しばしば、スピーチには必ずジョークが入っていなければならないと言われるが、それは、日常生活などにおいても同じである。
人間は、自分を笑わせてくれた人に対して、好意を持つ。笑うことで心がリラックスするし、親しみも増す。笑いを提供できることで、あなたの好感度は一気に上昇する。
そのためには、英語圏の笑いの文法を身に付けなければならない。英語を学ぶことの目的が、単に日本の中でのポジション取りではなく、世界のさまざまな場所で活躍できる能力を身につけることだと思っているあなたは、必ず、コメディに触れる時間をつくらなければならない。
英語のコメディを学ぶことは、広い世界へのパスポートなのだ。
茂木健一郎さんがTwitterで紹介していた動画
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写真:山本高裕(GOTCHA!編集部)茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。
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