茂木健一郎さんの連載「言葉とコミュニケーション」第19回。今回のキーワードは「おびやかされたおじさん」。いったい何のことでしょうか。世界が注目する16歳のスピーチにその答えが?
世界のトップメディアが伝える16歳のスピーチ
地球温暖化などの気候 変動 の問題を訴えかけ続けている、グレタ・トゥーンベリさんの活動が注目されている。
2003年1月3日生まれ、現在16歳のグレタさんは、今や現代における最高のカリスマの一人だと言ってもよいだろう。ダボス会議や、国際連合などでのスピーチは世界のエリートたちに強い衝撃を与え、並の国家元首よりも広い 影響 力を持っている。その発言が世界のメディアのトップニュースで伝えられるティーンエイジャーは、グレタさんを除いていない。
グレタさんが訴えかけている気候 変動 の問題は、もちろん大切である。グレタさんが何度も 指摘 しているように、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出の余地はもはやあまり残されていない。今 すぐに でも劇的な対策を取らなければ、地球環境は取り返しのつかない破局的な変化を迎える かもしれない 。温暖化対策は私たち一人ひとりが真剣に考えなければならない。
ここでは、少し別の視点から、なぜ彼女がこのようなカリスマ性を持っているのか、そのコミュニケーションの能力で注目すべき点は何かということについて考えたい。
グレタさんの発言がインパクトを持つ理由
グレタさんの発言はユーチューブなどで確認することができる。日本語の字幕が付いているものも多い。グレタさんの発言の大きな特徴は、余計なことを一切言わないこと、ストレートで率直なもの言いである。
グレタさんは、地球温暖化の事実を知ってショックを受け、言葉を発しない時期があった。「選択性緘黙(かんもく)症」( selective mutism)と呼ばれる症状だったとも言われている。
しゃべりすぎる人よりも、黙っている人の方が、いざ口を開いたときのインパクトは大きい。黙っている間に、実際にはさまざまなことを考えているのだ。
安易に口を開くのではなく、いろいろと自分の中で思いをめぐらせている。その蓄積が一気に解放されたときのインパクトが、グレタさんの発言の印象を強くしている。
グレタさんは、決して言葉が流暢に出てくるタイプではない。スウェーデン生まれスウェーデン育ちだから、母語はスウェーデン語だが、きれいな英語を話す。日本の同じ年齢で、あれくらいすてきな英語を話す子どもがいるだろうか。そのこと自体は、日本の英語教育の以前から言われている致命的な欠陥と関係しており、私たちは大いに嘆き、憤り、 改善 を図るべきなのだが、日本の英語教育についてはまた別の機会に述べたい。
いずれにせよ、グレタさんは多くの場合、あらかじめ書かれた原稿を読みながら話す。その際、聴衆に受けようとしたり、弁舌を巧みにしようとしたりするそぶりはない。あくまでも、言うべきことを言う、それだけであるという態度を貫いている。
自分の個性を受け入れ、自然に表現する魅力
グレタさんの態度は、いわゆる「TEDトーク」的やり方とは全く違う。「良いTEDトーク」をするためのノウハウのような本はたくさん出版されている。それはそれで参考になる点が多くあるとは思うが、しょせんノウハウでしかないという言い方もできる。
グレタさんはTEDでも話しているが、決してよく「ありがち」なトークではない。どのように演出するか、聴衆の心をどうつかむかといったことは全く関係なく、自分の言うべきことを淡々と語っている。そのようなグレタさんの態度は、何事も表面的なスタイルが語られがちな現代においては一服の清涼剤だろう。
グレタさんは、自ら、自閉症スペクトラムの中にいるということを認めている。それでもそのことをこれまで強調してこなかったのは、個性を病気と勘違いして攻撃してくる人たちがいるからだという。
そのような人たちに対する彼女の言葉が素晴らしい。「個性はスーパーパワー」だと。自分の個性を受け入れ、自然に表現するその態度こそが、グレタさんの魅力だと言えるだろう。
あなたは「おびやかされたおじさん」のままでいいのか?
グレタさんは今年のノーベル平和賞の有力 候補 であると伝えられている。もし受賞に至れば、史上最年少となる。16歳の少女がここまで世の中を動かすに至った理由としては、ツイッターやインスタグラムなどのSNSの力ももちろん大きいけれども、以上に検討してきたようなグレタさんの個性こそが本質だろう。
グレタさんは、最初は、地球温暖化の問題に対して大人たちが何もしていないことに絶望して、長く不安の時期があったという。その暗い時間を通り抜けて、活動を始めてから、今私たちが知るグレタさんが出来上がった。
グレタさんの言動を単なる理想論だと批判することはたやすい。問題は、その理想論が、厳密な科学的エビデンスと正確なシミュレーションに基づく未来 予想 に基づいているということだ。グレタさんの言葉に対して反発する人の中に、「エスタブリッシュされたおじさん」たちが多いのは、逆に、今の社会で「エスタブリッシュされたおじさん」たちが常識やしがらみに何重にもがんじがらめになっているからだろう。
トランプ大統領やプーチン大統領といった「エスタブリッシュされたおじさん」がグレタさんのことを批判するとき、実際には彼らは自らの存立基盤を問われている「おびやかされたおじさん」になっているように思われる。
誰もが、子どものころにはグレタさんのような純粋な気持ちを持っているはずだ。そのことを自分の個性に託して表現する機会を持つことができるか。グレタさんのようにすることは誰にでもできることではない かもしれない けれども、人生の中で、時折、「グレタの瞬間」を持つことくらいできるはずだ。
「グレタの瞬間」vs「おびやかされたおじさん」。
これからのネット社会で、あなたはどちらに自分を近づけて行こうとするのだろうか。
おすすめの本
コミュニケーションにおける「アンチエイジング」をせよ。「バカの壁」があるからこそ、それを乗り越える喜びもある。日本の英語教育は、根本的な見直しが必要である。 別の世界を知る喜びがあるからこそ、外国語を学ぶ意味がある。英語のコメディを学ぶことは、広い世界へのパスポートなのだ――茂木 健一郎
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茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。
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