連載「言葉とコミュニケーション」の第5回をお届けします。今回、茂木健一郎さんにお話しいただくのは「英語の本選び」。英語学習の「真実」について教えていただきます。
聞いてがっかりする代表的な質問がある
英語を学習したいという人に、いろいろと話した後で、こんなことを聞かれるとがっかりする、という質問がいくつかある。
その代表的なものが、「茂木さんのオススメの英語の本を教えてください」というものだ。
言われた瞬間がっかりして、力が抜けてしまう。
ダメだ、こりゃあ、と思う。
もちろん、決めつけるわけではないが、かなりテンションが下がる。それ以上話す気がなくなってしまう。
こんな質問が出るのは、例えば次のような話をした後だ。
- とにかく、たくさんの英文を読まないといけない。
- 原書を多数読むのがいちばんいい。
- ぼくは、高校3年間で、原書をだいたい30冊くらい読んだ。
- 最初に読んだものの一つが、『赤毛のアン』だ。
- 読み始めは、頭の中でボルトとナットがぎりぎりと音を立ててうまく回らないようで、苦しかった。それが、我慢して読んでいると、だんだんすらすら読めるようになってくる。
- 読んだ英語の本を足元に積み重ねた分だけ、高いところから、遠くまで世界を見渡せる。
もっとも、そうなってしまったのは、日本の教育のせいなのだけれども。
自分の学びのテクストは、自分で選ぶ
英語に限ったことではない。
日本では、世の中には正解があって、その「教科書」のようなものがあるという 前提 での教育が行われている。
何しろ、教科書を「検定」して、その内容に「お墨付き」を与えるようなやり方が続いているのだ。
その結果、自分の好きなことを、自分の好きなペースで学んで良いという、当たり前の事実が見逃されてしまっている。
自分の学びのテクストは、自分で選んで良い。
そもそも 、何に興味を持っているかは、人によって違う。ガーデニングに興味があるの かもしれない し、恋愛文学が好きなの かもしれない 。カナダのケベック州など、特定の地域に関心が高いの かもしれない 。
「茂木さんのオススメの英語の本を教えてください」という、「丸投げ」の質問からは、自分という存在から発せられる興味も、前に進む熱意も感じられない。
そのような質問をする方に、「オススメはこれです」と言っても、結局読んでもらえないのではないかと思ってしまう。
ちょっと酷な言い方になってしまうのだけれども。
好きなものを好きなように読むとよい
私自身は、他人に「オススメの英語の本は何ですか?」と一度も聞いたことがない。いつも、勝手に、自分の直観 に従って 、英語の本を選んできた。
今の学習におけるベスト・プラクティスと言える「アクティヴ・ラーニング」においては、教材は自分で選んで良い。
好きなように読んで良い。
原書を読む時に、辞書を引きながら読むのか、それともわからなくてもとにかく読むのがいいのか、というのもよく聞かれる質問だが、それも、自分で好きなように、調整しながらやっていって良い。
辞書を引いて、単語の意味を確かめながら読んでいくやり方にはそれなりのメリットがあるし、わからなくてもとにかく読んでいくということにも、それなりのメリットがある。
とにかく、自分自身でいろいろと試してみながら、少しずつやっていくしかないのである。
自分の持っているものを出し切って学ぶ
結局、英語を学ぶやり方は、フランスの文化人類学者、クロード・レヴィ=ストロースの言う「ブリコラージュ」に似ている。
「器用仕事」とも訳されるこの言葉。私自身の英語の学習のやり方にぴったりと合う。
何か、条件を整えてから学ぶ、というのではなく、とにかく、始めてしまうのだ。そして、完全でなくても、無様でもいいから、ありあわせのもので何とかやっていく。
そのことによって、徐々に、しかし確実に、学んでいくのだ。
文法が正しければそれに越したことはないが、不完全でも別に大したことはない。発音が良ければそれは素晴らしいが、別になまっていても仕方がない。
とにかく、自分が今置かれた場所で、自分の持っているものを出し切る。
そのようなやり方で学んでいくことにしか、「真実」はない。
「心の筋肉」を強くするために
レヴィ=ストロースは、その著書『野生の思考』の中で、文明の中で暮らす私たちが忘れてしまいがちな、人類の持つ強靭(きょうじん)な思考、行動様式について考察した。
その中心となる概念が、「ブリコラージュ」だった。
今、日本人に必要なのは、「野生の英語」である。
「茂木さんのオススメの英語の本を教えてください」と尋ねる人の精神は、すっかり、「学校」という檻(おり)の中で飼いなされてしまっている。
学校や試験という枠を出て、自分の人生に必要なことを見極めていけば、おのずから、英語と自分との付き合い方はわかってくるはずだ。
英語においてたくましくなった人は、他のすべての学びにおいても「心の筋肉」が強くなるはずだ。
日本人が本当に英語を使えるようになることには、だから、単なる語学を超えた意味がある。
英語ができるようになることが、人づくりにおける「革命」にもつながるのだ。
バックナンバー
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写真:山本高裕(GOTCHA!編集部)茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。
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