「誰のため、何のために英語を学び、教えるのか」。その問いを胸に、世界各地の教室を巡ってきた「世界を旅する英語教師」飯塚直輝さん。最終回では、15年ぶりに届いたかつての教え子からのメールをきっかけに、再び日本の教壇へ戻るまでを振り返ります。戦争や貧困など、世界で目にした理不尽な現実に絶望しながらも、それでも希望は捨てたくない――。3年間の旅を経て、飯塚さんがたどり着いた教育への思い、そして英語を教え、学ぶことの意味とは。
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目次
15年越しのメールと、教員に戻る決意
3年間にわたる世界一周の旅を終え、僕が次に選んだ道は、日本の学校現場に戻ることでした。
そのきっかけは、メキシコに滞在していた時に突然届いた、一通のメールでした。送り主は、僕が教員初任のころ、高校1年生から3年生まで担当したかつての教え子でした。
当時の僕は初任で気合が入りまくり、「受験勉強も大事だけど、人とつながり言葉を学ぶ意味を子どもたちに伝えたい!」と鼻息を荒くしていました。しかし、真面目に大学受験に向き合っていた彼にとっては、成績が伸び悩むことへの焦りもあり、僕の授業に対する不満が募っていたのだと思います。
彼は僕への不満やうまくいかない辛さを、直接ぶつけてくるようになりました。僕が教室に入ると「マジで英語の授業、意味ねえ」と聞こえるようにつぶやいたり、日誌に「教員みたいな意味のない仕事に就く人の気が知れない」と書かれたりもしました。当時の僕もショックを受けましたが、面談では彼の抱える辛さを受け止めることしかできませんでした。
そんな彼から、約15年ぶりに届いたメールには、こう書かれていました。
「先生のnoteを見つけ、先生の旅や活動について知りました。高校時代、先生にとても酷いことをしてしまったとずっと後悔していて、謝りたくてメールをしました」
メールやオンラインで話す中で、彼は「当時はストレスを誰にも打ち明けられず、一番当たりやすい先生に当たってしまった。当時は受け入れられなかったけれど、大人になった今、先生がやろうとしていたことや伝えたかったことの大切さが本当によく分かります」と語ってくれたのです。
教育とは、すぐに効果が出るに越したことはないのかもしれません。しかし、まいた種が15年後に芽吹くこともある。教育とは、これほど長いスパンで人の心に残り続ける仕事なのだと、メキシコの地で改めてその凄みと面白さに気づかされ、「やっぱり先生という仕事はいいな」と強く思いました。
人の縁に導かれて決めた、新しい学校づくり
再び教壇に立とうと決めたのはいいものの、学校探しに苦労していました。そんな僕に、10年来の友人である先生が「飯塚くんは大日向がぴったりだよ」と強く勧めてくれました。

「大日向?どこだっけ?」と調べてみると、前任校時代に見学へ行き「給食がおいしかった」記憶のある大日向小学校でした。その大日向が、2026年4月に中高一貫の「 大日向中等教育学校 」を新設し、立ち上げスタッフを募集していたのです。
学校ができるタイミングから参加できるのは、立場や経験年数に関係なく、全員でゼロから試行錯誤して学校づくりができる絶好のチャンスです。締め切り直前でしたがすぐに応募書類を提出し、選考を経て、ペルー滞在中の12月23日に採用をいただきました。教え子からの連絡や友人からの推薦など、不思議な人の縁とタイミングに導かれ、僕は長野県の大日向中等教育学校で新たな一歩を踏み出すことを決めました。
世界への絶望と、それでも捨てたくない希望
こうして再び日本の教室へ戻るにあたり、僕の胸には「何を子どもたちに伝えるべきか」という強い問いがありました。
世界一周の旅は、美しい景色や温かい人々との出会いに満ちた楽しい時間ばかりではありませんでした。体罰の残る教育現場、貧困によって学ぶ機会を奪われた子どもたち、そして大人たちの戦争によって日常も、学ぶ機会も、命さえも理不尽に奪われていく現実を目の当たりにしてきました。
僕自身、クラウドファンディングを立ち上げてケニアのHIV孤児やミャンマーの避難民、レバノンの学校へ寄付を届ける活動も行いました。しかし、どれだけ必死に支援をしても、戦争が起き、爆撃を受ければ、その子どもたちも支援団体も一瞬で消し去られてしまう。
「自分がどれだけ頑張っても、この世界は変えられないのではないか」
圧倒的な無力感と、深い絶望が僕の心を覆いました。けれど、その絶望の一方で、これからを生きる子どもたちと向き合う一人の人間として、僕の中には「それでも希望だけは絶対に捨てたくない」という灯が確かに消えずに残っていました。
人生の物語を「編み直す」教育
絶望の中でも捨ててはいけない希望とは何なのか。そのヒントとなったのが、第1回でも紹介したケニアの学校のモットー「I Still Say YES to life(それでも人生にYESと言おう)」でした。
シリア難民として生まれた運命、HIVによって親を失う現実、そして戦争。子ども一人の力ではどうしても変えられない過酷な苦しみが、この世には存在します。そして、形は違っても、自分の力では変えられないことに直面し、深く傷つくことは、日本の生徒たちにとっても同じです。受験の失敗、失恋、いじめ、大切な家族や友人との別れなど、生きていれば理不尽な苦しみに直面する瞬間が必ずあります。
そんな時、「もう自分の人生は終わりだ」と絶望して諦めてしまうのではなく、自分の身に起きた出来事の意味を解釈し、人生の物語を再び編み直す(再解釈する)力を持てるかどうかが、人生を諦めるか諦めないかの大きな分かれ道になります。
「この出来事にはどんな意味があったのだろう」
「この試練や転機を、自分はどう乗り越えていけるのだろう」
起きてしまった辛い事実に別の角度から光を当て、自分の人生の物語として意味づけをやり直すことができれば、人はどんな困難の中でも前を向いて生き続けることができます。そんな教育をしたいのです。
僕にとって、英語を教えることも、学ぶことも、そのための手段の一つです。
例えば、英語の授業だったら、「The saddest thing you’ve ever experienced」をテーマにエッセイを書かせるとします。悲しい経験について書くだけで終わらせるのではなく、「そこから何を学んだか」「自分はこれからどう生きたいか」までを言葉にさせることで、その出来事は「自分を成長させてくれた転機」へと物語を編み直していくことができます。
世界に絶望することはあっても、希望を捨てる選択だけはしない。どんなに理不尽なことが起きても、自分の人生に「YES」と言い、物語を前向きに紡ぎ直せる人を育てたい。その強い願いを胸に、僕はこれからも子どもたちと共に、教室という現場で歩み続けていきます。
新たな教室で、目の前の子どもたちと共に

こうして2026年4月、大日向中等教育学校での僕の新しい挑戦が始まりました。
1学年4クラス・1クラス43人だった前任校とは大きく異なり、僕が担当する高校生は、高校1年生が6人、高校2年生が1人の、たった7人です。アットホームで、みんな本当に素直で素敵な生徒たちです。
この学校が教育のベースに据えている「 イエナプラン教育 」には、大切にしている3つの柱があります。1つ目は「自立すること」。2つ目は「他者と共に生きること」。そして3つ目が「世界に目を向けること」。
これらを知ったとき、鳥肌が立ちました。なぜなら、この3つこそが、僕自身が前任校時代からずっと大切にしてきた教育観そのものだったからです。人生は、本当に不思議な偶然と巡り合わせに満ちています。
僕は今、この新しい学校づくりに参画しながら、旅と今までの教員生活の中で培ってきた信念を、カリキュラムや学校のあり方に反映させていく日々にワクワクしています。
世界は時に残酷で、理不尽な現実に打ちのめされることもあります。それでも、まずは目の前にいる7人の子どもたちを心から大切にし、彼らが自分の人生の物語を紡ぎ、一歩一歩前へ進んでいけるよう、伴走者として支えていきたい。
「世界を旅する英語教師」の旅は、ここ長野の地で、新たな仲間たちと共にこれからも続いていきます。
(連載完結)
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