「世界を旅する英語教師」飯塚直輝さんが世界各地の教室で授業を行い、「誰のため、何のために英語を学び、教えるのか」という問いへの答えを探していきます。第3回は、何年も紛争が続き、さらに大地震に襲われた直後のミャンマーでの体験をつづります。紛争や災害によって学校へ通うのが困難な状況の中、飯塚さんが開いた「青空教室」には、学びたい気持ちを抑えられない子どもたちが集まってきました。
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目次
ウガンダの「心地よさ」の対極にある現実へ
前回 お届けしたウガンダのコミュニティースクールでは、大人も子どもも、動物までもが「ごちゃ混ぜ」になって暮らす、豊かで心地よい教育のあり方に触れました。学校とは社会そのものであり、誰もが誰かに見守られている──そんな温かい余韻に浸りながら僕が次に向かったのは、その心地よさとは対極にある、緊迫した地でした。
東南アジアのミャンマー連邦共和国。僕が訪れた2025年5月、この国は大きな震災に見舞われた直後であり、同時に、激しい内戦*の渦中にありました。
内戦*:2021年の国軍によるクーデター以降、ミャンマーでは、国軍と民主派の抵抗組織、少数民族武装勢力などとの間で武力衝突が続いている。
「学校に行けずに生きづらさを抱えている子どもたちに出会いたい」という一心で旅を続けていた僕は、Barefoot Doctors Groupの林健太郎医師にご縁をいただき、震災支援のボランティアとして、ミャンマー第2の都市マンダレーを拠点に、最も被害の大きなザガインへと通うことになったのです。

震災によって壊れたザガインの寺院
危険な場所にこそ、支援の手を
僕たちが活動したザガインは、まさに激しい紛争の最前線でもありました。なぜ、わざわざそんな危険な場所に行くのか。理由はシンプルです。紛争地域であればあるほど、多くの支援団体は安全確保のために近づくことができず、支援の手が決定的に届かなくなってしまうからです。
滞在中のある日曜の夜にも、すぐ近くで爆撃の音が響きました。攻撃や拘束のリスクを避けるため、移動には政府の役人の同行が必要となるような、張り詰めた空気の中での活動でした。そのような中で、危険な地域にウォータータンクを届けに行ったこともあります。
そこに暮らす人々の家や服装からは、言葉を失うほどの厳しい困窮が伝わってきました。その上に追い打ちをかけるように大地震が起き、水道インフラが完全に破壊されてしまっていたのです。川の水や雨水をそのまま飲めば、下痢やコレラなどの感染症で命を落としかねません。生きるために、どうしても「きれいな飲み水」が必要でした。
僕たちは現地へウォータータンクを運び、土台を組み、浄化された飲み水を届ける活動を約1カ月間続けました。「いのちの水」が届くと、集落から続々と人々が集まり、バケツやプラスチックのボトルに嬉しそうに水をつめていきました。

笑顔でバケツに水をくむ現地の大人
その喜ぶ姿を見ながら、僕の胸には「なぜ、この優しい人たちがこれほど苦しまなければならないのだろう」という、割り切れない想いが込み上げてきました。争う双方が掲げる「正義」とは一体何なのか。欲望や歴史の渦に巻き込まれ、理不尽に日常を奪われる人々の姿は、決して遠い国の他人事とは思えませんでした。
震災と内戦が奪った「教室」
給水支援の活動が落ち着いてきた頃、それと並行して僕は現地の先生や保護者、子どもたちのもとを回り、教育や学校の現状を明らかにするための調査を始めました。そこで見えてきた実態は、想像以上に深刻なものでした。
ある地区では学校が壊れてしまったため、子どもたちと先生がお寺の片隅に身を寄せ合って細々と勉強していました。また別の地区では、内戦によって多くの子どもたちが家を追われ、「国内避難民」となっており、彼らは学校に通うことすらできていませんでした。
何より胸が痛んだのは、震災の有無にかかわらず、経済的な困窮を理由に、親が子どもを学校へ通わせることのできない家庭が数多くあったことです。けれど、その子たちに話を聞くと、みんな真っ直ぐな目で僕にこう言うのです。
「勉強がしたい」
「学校へ行きたい」
国内避難民となり、学校へ行けなくなった子たちへ教育に関する聞き取りをする飯塚さん
皮肉なことに、どんなに過酷な環境であっても、子どもたちはたくましく、日々の暮らしの中で自ら遊びを見つけ、カメラを向ければ最高の笑顔を見せてくれます。その輝く笑顔の写真だけを見ていると、現地の深刻さが覆い隠されてしまうジレンマに、僕は日々直面していました。「困っている人をすぐ助けたい」と思っても、問題が大きく複雑すぎて、個人の力ではどうしようもない。そんな無力さを突きつけられる毎日でした。
「学びたい」から生まれた青空教室
「お金がなくて学校に行けない子がこれだけいるなら、この滞在期間だけでも、僕にできることをやろう」
そう決意し、ザガインの片隅でスタートさせたのが「青空教室」でした。
初日に集まってくれた子どもたちは、小学生の8名。現地で日本語を学ぶ大学生に通訳として入ってもらい、彼らにノートと鉛筆を配って、まずは自分の名前を書くところから始めました。

青空教室の子どもたち
授業は朝10時から。最初の数日は、一桁の足し算や、英語の簡単な単語や数字から教え始めました。ホワイトボードに英単語を書いてみんなで大きな声でリピートしたり、僕が世界各地の教室でやってきた英語のゲームを取り入れたりしながら、お昼前までの2時間、「楽しみながら学ぶ」を基本に進めていきました。
転機は、始めてから数日後に訪れました。子どもたちの口から「日本語を勉強してみたい」という声が挙がったのです。
生きていくために最低限必要な算数や英語だけではなく、自分の「世界を広げること」そのものを、彼らは心の奥で求めていたのかもしれません。通訳の大学生と相談し、ひらがなの書き方や日本語での自己紹介の仕方を教えてみると、子どもたちは大興奮!
学びの熱がどんどん高まっていく中で、ついに子どもたちの口から、驚くような言葉が飛び出してきたのです。
「もっと難しいことをやりたい!」
「もっと長い時間やりたい!」

青空教室の子どもたちと飯塚さん
この言葉のパワーは凄まじいものでした。結局、僕たちは当初の予定を変更してお昼を挟むことにし、午後も続けて、毎日計4時間もの時間をこの青空教室で共に学び、過ごすことになったのです。
ウガンダで目にしたものが「生活の中の学び」だとしたら、ここミャンマーの青空教室にあったのは、「学ぶことへの圧倒的な渇望」でした。環境がどれほど過酷でも、学ぶ喜びや成長の喜びは子どもの心をこれほどまでに輝かせるのだと、彼らの姿が教えてくれたのです。
青空教室の子どもたちから受け取った宿題
青空教室で子どもたちの声が響く毎日は愛おしいものでしたが、同時に「終わり」のタイムリミットも迫っていました。僕の滞在期間は残り10日ほど。僕が日本へ向けて現地を発ってしまったら、この青空教室は終わってしまいます。
彼らがこれからも学びを継続していくためには、やはり正式に「学校」へ通えるようになるしかありません。そしてそのためには、何よりもまず、この国で続く紛争を終わらせる必要があります。大人の都合による紛争が、子どもたちの学ぶ機会や未来を奪っている――その残酷な現実に、ただただ胸が締め付けられました。
爆撃の音が聞こえる国で、青空の下、ノートを抱きしめて笑う子どもたち。彼らがくれた「学びたい」という言葉を胸に、僕はミャンマーでの激動の1ヶ月を終えました。
紛争の中で子どもたちが必要とするもの
この世界一周の旅の中で、僕はミャンマーの子どもたちが教えてくれた「学びへの渇望」以上に、胸を締め付けられるような、もう一つの深い「渇望」に出会った国があります。それが、この旅の途中で訪れていた中東のレバノンです。
次回は、国境を追われたシリア難民の子どもたちに英語を教えた、あの濃厚な日々へと時計の針を戻します。それはミャンマーを訪れる2年前、2023年のことでした。
彼らもまた、ミャンマーの子どもたちと同じように学びに飢えていました。しかし、それ以上に彼らが激しく飢えていたもの――それは「愛」でした。
子どもにとって本当に必要なのは、ただ知識を授けるだけの場ではありません。彼らの「やりたい!」を心から応援し、いつでも両手を広げて、無条件で抱きしめてくれる大人の存在ではないか。そんな教育の、そして人間としての本質に迫るレバノン編(全2回)へと、旅の記録は続いていきます。
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