「誰のため、何のために英語を学び、教えるのか」。その問いを胸に、「世界を旅する英語教師」飯塚直輝さんが世界の各地の教室で授業を行い、
子どもたちや教育環境、文化、社会の現実に触れながら、答えを探していきます。第1回では、なぜ日本を出て世界の教室で授業を行う決心に至ったのか、その理由について語ります。
なぜ日本の学校を辞め、世界へ向かったのか
今月から連載をさせていただきます、世界を旅する英語教師の飯塚直輝です。
もともとは神奈川県の私立校で12年間、英語の教員として働いていたのですが、2023年から3年間にわたる世界一周の旅へ出ました。訪れた国は61カ国。現地の学校や施設で、無償の英語授業を行う教育支援を続けてきました。現在は、長野県にある大日向中等教育学校で、再び英語の教員として教壇に立っています。
この連載を通じて、僕は次のような問いを投げかけたいと思います。
まず、英語を学ぶ高校生や大学生、あるいは社会人の皆さんに対し、「あなたは誰のため、何のために英語を学びますか」と尋ねたい。そして英語を教える先生方に対し、「あなたは誰のため、何のために英語を教えますか」と尋ねたいのです。
これらの問いは、決して上から目線のものではありません。3年間の旅の中で、僕自身が常に自分に問い続け、もがき続けた問いそのものです。そして旅の終わりにようやく一つの答えが出たからこそ、僕は日本に戻ってくることにしました。この連載は、そんな僕の旅の「Journal(航海日誌)」として楽しんでいただけたらうれしいです。
日本の教育現場での違和感と、最大の転機
教員として働いてきた12年間は、子どもたちや保護者、同僚に恵まれ、非常に充実した日々でした。部活や課外活動に励む子どもたちは素直で溌剌(はつらつ)としており、今でも卒業生とご飯を食べに行くほど、素晴らしい関係を築けていました。
その一方で、ある「戸惑い」を抱えながら子どもたちを見ていたのも事実です。英語は言葉であり、実際に人とつながるために使うことが一番の目的であるはずです。しかし学校での英語の学びは、受験勉強や資格取得のための知識習得、あるいは論理的な文章作成が中心になっていました。英語が「世界とつながる手段」ではなく、単なる「受験科目の一つ」になってしまっている――。そんな日本の教育現場の構造に、ずっと違和感を抱いていました。
そんな中、長崎大学の和田玲(れい)先生が主催する勉強会に参加し始めたことが大きな転機となります。勉強会では、和田先生の著書『 5 stepアクティブ・リーディング 』(アルク)を使い、「英語という言葉を通して、子どもたち同士がつながり、世界とつながる授業」の可能性を模索しました。毎月のように本気で授業作りを研究し、理論と実践を往復しながら授業を修正していく。そんな中で、受験勉強の枠にとどまらない「理想の授業」が少しずつ形になっていきました。
授業を受ける子どもたちの反響は、僕の想像以上でした。「大学受験のためだけに勉強していたけれど、動機や進路を考え直すきっかけになった」と、たくさんの生徒たちから、心を動かされたという感想を受け取ったのです。
しかし、そんな充実感の中でも壁はありました。テキストに登場するいくつかの文章を、どうしてもうまく教えられなかったのです。例えば、ケニアのスラム街に学校を作った市橋隆雄さんに関する文章。当時の僕は、アフリカの子どもたちの現状をリアルにイメージすることができず、「この文章をどうしても子どもたちに伝えたい!」という熱意を、どこか持ちきれずにいました。
「ケニアへ行こう」――モヤモヤの中に舞い込んだ奇跡
そんなモヤモヤを抱えていた時、驚くような話が舞い込んできました。アルク主催で、市橋さんと和田先生による「現場の先生のための授業実践セミナー」が開催されるというのです。ありがたいことに、僕もおまけ枠として授業実践を紹介させていただくことになりました。
セミナー終了後、市橋さんとお話しする中で、僕はぽろっと「ケニアに行ってみたいです」とこぼしました。すると市橋さんは即座に、「ぜひ来てください」と応えてくださったのです。
そして2019年3月、僕はナイロビにいました。テキストに載っていた、市橋さんご夫妻が作った学校「Koinonia Education Centre (コイノニア・エデュケーション・センター)」を訪問し、実際に授業をさせていただきました。
滞在中は現地の先生のご自宅にお世話になったのですが、部屋にゴキブリが大量に出て、半泣きになりながら眠ったこと。生徒たちが生まれ育ったスラムを歩き、そこで一人の生徒にパンケーキを焼いてもらったこと。学校の先生の結婚式に出席してケニアの伝統文化を肌で体験したこと。すべてが今振り返ると最高の思い出になりました。
それは単なる観光旅行ではなく、現地のリアルな生活と文化に深く触れる、僕にとって初めての「旅」でした。

それでも、人生にYESと言おう
訪問した学校には、一つのスクールモットーがありました。
“I Still Say YES to life” (それでも人生にYESと言おう)
この言葉は、アウシュビッツ強制収容所という過酷な状況を生き抜いたユダヤ人精神科医、ヴィクトール・フランクルの著書が元になっています。
ケニアのスラムで生まれた子どもたちの目の前には、学びを諦める理由が常にあふれています。「スラムで生まれたから仕方ない」と言い訳にするのではなく、「それでも自分は、自分の人生を前向きに生きるんだ」と思ってほしい。市橋さん夫妻は、そんな切実な願いを込めてこのモットーを掲げていました。

日本を見渡したとき、物理的なスラムで暮らす子はほとんどいません。しかし、生きることに辛さを感じている子、学校に行きたくても行けない子はたくさんいます。不登校や10代の自殺率の高さは、日本の深刻な課題です。ケニアでの出会いを通して、僕は強く思いました。「どんな環境にいる子であっても、自分の人生に『YES』と言ってほしい」と。
帰国後、僕は市橋さんの文章を使った授業を一から作り直しました。授業の一番の山場は、このスクールモットーを紹介し、市橋さん夫妻の思いを解説した後に、「“You can say YES to your life” を、小学生でも理解できるように日本語で説明しなさい」という問いを生徒たちに投げかける活動でした。
生徒たちからは、驚くほど素晴らしい言葉が返ってきました。
- 「人生はいつでも素晴らしいもので、ダメな人生はないんだよ」
- 「どんな状況や境遇にあったとしても、人生は素晴らしいものだと言えるんだ」
- 「今生きている中でどんなに嫌なことがあったとしても、それがずっと続くことはない。君の人生は素晴らしいものだから、自分の人生に自信を持って生きていいんだよ」
- 「君の人生は君だけのもので、それは誰も否定しちゃいけない。だから君の人生には、いつも『イエス』と言っていいんだよ」
彼らの回答は、単なる英語の和訳ではありませんでした。まるで、自分自身に向けられた「切実で力強いメッセージ」のように、僕の耳に響いたのです。
居場所を失った自分に、もう一度「YES」を言うために
当時、僕が勤めていた学校には不登校の生徒はほとんどおらず、みんな楽しそうに学校生活を送っていました。それは教師として、本当に幸せで恵まれた環境でした。しかし、この授業を終えたとき、僕の心には別の問いが激しく芽生えていました。
「日本に、いや世界には、自分の人生に『YES』と言えずに生きづらさを抱えている子がたくさんいる。いつかそんな子どもたちの力になりたい。・・・だけど、目の前の恵まれた環境しか知らない今の自分に、果たしてそれができるだろうか?僕が見てきた『正解』の幅はあまりにも狭く、経験も実力も、圧倒的に足りないのではないか」
さらに言えば、僕の心の中には、もう一つのもっと個人的で切実な声がありました。
生徒たちに偉そうに「人生にYESと言おう」と伝えておきながら、僕自身が、どこかで自分の人生に心からの「YES」を言えていなかったのではないか、という疑念です。
成功しても失敗しても、どんな環境に生まれても、自分の人生に「YES」と言えるマインドを育むこと。それこそが教育の真の目的であるならば、まずは僕自身が学校という安全な枠を飛び出し、世界のリアルな姿を目撃しなければならない。
12年間積み上げてきたキャリアをリセットすることへの恐れ。そして、長年お世話になった大好きな学校を辞める決断をしてからは、まるで自分の居場所が世界のどこにもなくなってしまったかのような、強い不安と孤独に襲われていました。
居場所を失い、激しく揺らいでいる自分自身に、もう一度「YES」と言いたい。そして、自分が世界の混沌の中で泥臭く生き、そこで目撃したリアルを、いつか必ず日本の子どもたちに届けたい。
そのとき、自分自身の生き方への迷いや不安とともに、自分が教えてきた英語に対する問いも生まれました。僕は誰のために、何のために英語を教えてきたのだろう。子どもたちは誰のために、何のために英語を学ぶのだろう。受験の道具としての英語ではなく、「世界とつながり、多様な生き方に出会うための言葉」としての英語を、自分自身の生き方で確かめてみたい。
そのために、僕はすべてを置いて、世界へ旅立つ決意をしました。
次回から、いよいよ僕の「世界を旅する英語教師」としてのJournalが始まります。最初の舞台は、僕の持っていた価値観が根底から揺さぶられた、ウガンダの学校です。どうぞお楽しみに!
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