“The world hates us” ── 喧嘩が絶えなかった学校を、子どもたちの「安心の居場所」へ(レバノン編【前編】)

「世界を旅する英語教師」飯塚直輝さんが世界各地の教室で授業を行い、「誰のため、何のために英語を学び、教えるのか」という問いへの答えを探していきます。第4回と第5回では、内戦によって故郷を追われたシリア難民の子どもたちが通う学校での体験をつづります。前編となる第4回では、喧嘩が絶えず、子どもたちが他者に心を閉ざしていた学校を、飯塚さんと現地の先生たちが安心・安全な場所へと変えていった取り組みを紹介します。

「学び」の前に、立ちはだかる残酷な現実

前回お届けしたミャンマーでは、爆撃の音が聞こえる過酷な環境の中で、ノートを握りしめて「もっと学びたい!」と目を輝かせる子どもたちの姿をお伝えしました。

しかし、僕がその前に訪れていた中東のレバノン共和国で出会ったシリア難民の子どもたちは、最初、学びたいという気持ちを持つ以前に、ただ目の前の恐怖と戦うことで精一杯でした。

この国が抱える残酷な現実が、彼らの心をすり減らしていたのです。

当時のレバノンには、隣国シリアでの内戦や貧困から逃れてきた難民が150万人(レバノンの人口の約25%)も暮らしていました。不安定な立場に置かれた彼らへの差別は深刻で、あるシリア人の友人は「The world hates us.(俺たちシリア人は世界から嫌われているんだ)」(注)と、絞り出すようにつぶやいていました。

そんな世界から見放され、居場所を失った子どもたちの受け皿となっていたのが、ベカー高原にある「 Greenhouse For All 」という学校です。日本人の西野義人さんが立ち上げたこの学校には、貧困や公立学校のストライキなどで教育の機会を奪われた、約70名のシリア人の子どもたちが通っていました。

僕はそこで、2カ月間ボランティアとして英語を教えることになったのです。しかし、子どもたちの希望となるはずのその場所で、活動初日の僕を待っていたのは、想像を絶する光景でした。

(注)2011年の内戦開始以降、多くのシリア人が故郷を追われ、2023年末時点で約720万人が国内避難民、約640万人が国外難民となっていた(UNHCR統計)。国外に逃れた人の多くはトルコ、レバノン、ヨルダンなどの近隣国で暮らし、そのほかヨーロッパ諸国に渡った人もいる。受け入れ国の一部では、現在も難民への反発や受け入れを制限する動きが見られる。

初日に味わった恐怖と、こわばり切った子どもたちの顔

レバノンの学校に到着した初日、僕は、心が躍るような高揚感ではなく、ずっしりとした「恐怖」を感じました。

子どもたちの目が、どこか暗く、冷たいのです。初日に出会った黄色い服を着た少年は、険しい表情で僕を激しく威嚇してきました。

朝礼の前には毎日のように大人数の喧嘩が起こります。日本の学校での喧嘩と違うのは、止めに入る子がおらず、周りの子が次々と乱入して殴り合いが拡大することでした。

授業中も、うまくいかないことがあると相手を激しく攻撃し、それができない子はかんしゃくを起こして泣き叫ぶ。近所の子が学校に入ってきて喧嘩が始まることも日常茶飯事でした。喧嘩を止めようと割って入った僕の腕をかみ、石を投げてくる子もいました。

なぜ、彼らはこれほど荒れているのか。理由はすぐにわかりました。難民キャンプでは、彼らは布一枚で仕切られたテントで暮らしていました。遮音性はなく、常に外の騒音や怒号が聞こえ、自分のプライベートな空間も守られない。レバノンの警察によって「いつ国を追い出されるかわからない」という恐怖から身を守るために、子どもたちは自分の心に厚い壁を作り、他者を信じないことが日常化していたのです。

彼らのこわばった表情は、悪意ではなく、不安と緊張から来る「防衛本能」そのものでした。

シリア難民の子どもたちが暮らすテント

初日、険しい表情と警戒心剥き出しの目でカメラを見つめる少年

「安心・安全」がなければ、学びは始まらない

アラビア語を話すこともできず、一人のボランティアに過ぎない自分の無力さに、最初の一週間は毎晩のように悩みました。しかし、創立者の西野さんも、現地の先生たちも「学校を子どもたちにとって安心・安全な場所にしたい」という思いは同じでした。

そこで、教員も生徒も始業時間を徹底して守り、それ以外の時間帯は門を閉めて部外者を入れないようにしました。また、他の生徒の学びを阻害してしまう子には、なぜそれがダメなのか理由も含めて丁寧に指導を重ねました。そういった地道で丁寧な活動を積み重ねることで、少しずつ学校の雰囲気は落ち着きを取り戻し、学びの場として機能し始めたのです。

小さなことから意識を変える

さらに、生活の中の「小さな良い行い」に光を当てる取り組みを始めました。滞在した地域では街中にゴミが溢れており、校内でもお菓子の包みのポイ捨てが当たり前でした。そこで、ゴミを拾ってくれた生徒を朝礼でみんなに紹介し、全員で拍手を送って表彰することにしたのです。

最初は照れくさそうに顔を赤くしていた子どもたちですが、次第に「良い行いをすると認められる」という喜びを知り、自主的に掃除をするようになっていきました。同時に、他のボランティアによる道徳や対話の授業で「なぜ暴力はダメなのか」「なぜゴミ拾いは素晴らしいのか」を自分たちで議論することで、彼らの意識は根底から変わっていったのです。

子どもたちの行動に少しずつ変化が。朝、僕に花をくれた子

不安から解放された子どもたちが見せた、本当の素顔

地道なアプローチを繰り返すうちに、学校の空気は劇的に変わっていきました。

朝、登校すると友達同士で笑顔でハグを交わす姿が見られるようになりました。喧嘩が起きそうになっても、先生の声かけや友達の仲裁で踏みとどまれるようになり、先生の荷物を自主的に運ぶような、人を思いやる行動が広がっていきました。

安心できる居場所を手に入れた子どもたちは、ようやく「子どもの素顔」を取り戻しました

初日に怖い顔で僕を威嚇し、腕をかんできたあの黄色い服の少年。1ヶ月後、彼は僕の膝の上に乗り、僕の髪を触りながら、無邪気な満面の笑顔を見せてくれるようになっていました。まるで別人のようなその変化に、僕は胸が熱くなりました。

1ヶ月後、初日の険しい表情が嘘のように、無邪気に笑う少年

学校とは、単に知識を詰め込む場所ではありません。暴力や争いに巻き込まれる不安から解放され、自分をそのまま受け入れてもらえる「安心・安全な基盤」があって初めて、子どもは心を開き、他者や学びに向き合うことができるのです。

こうして学校全体に温かい土台が整ったところで、いよいよ僕は、彼らに向けた本格な「英語の授業」をスタートさせることにしました。

しかし、そこで待っていたのは、彼らの心のさらに奥にある「もう一つの壁」でした。

こんなのやりたくない!

安心できる場所を手に入れた子どもたち。しかし、いざ英語の授業を始めると、難易度が上がった瞬間に「英語の歌は中止して!」など、すぐに諦めて逃げ出してしまう事態に直面します。彼らは、自分自身や自分の知性に対し、極度に「自信」を失っていたのです。

次回(第5回)の後編では、僕がレバノンで実践した英語授業のすべてをお伝えします。英語の歌を通して「できた!」という成長を実感させた方法、排他的だった子どもたち同士を「言葉」でつなげた工夫、そしてベイルートのゴミ山の写真を使って世界と自分をつなげた実践。

「知識を教えること」を超えて、子どもたちの「やりたい!」を応援し、彼らを無条件の愛で包み込むことの意味を考えます。どうぞお楽しみに!

(第5回へ続く)

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