言葉の賞味期限をめぐる尽きない悩み【若い世代の物語を訳す】

「若い世代の物語を訳す」第3回のテーマは、若者言葉とその「賞味期限」です。10代らしい言葉を訳文に取り入れたいと思っても、数年後には古びてしまうかもしれません。さらに、テクノロジーの変化は、日常の言葉そのものも変えていきます。翻訳家・三辺律子さんが、若者らしい声をどう日本語に移すのか、実際の翻訳を振り返りながら語ります。

言葉の流行り廃りは予測不可能

YA(ヤングアダルト)小説を訳していると、よくきかれる質問がある。「若者言葉をどう訳すんですか?」

先に言ってしまうと、日本の10代のいわゆる「流行語」は使わない。第一の理由は、実際に自分(訳者)の語彙になっていないと、なんとなく無理している感が漂って、痛い翻訳になりがちだから。第二の理由は、流行語は流行というだけあってすぐに廃れ、やっぱり痛い翻訳になりがちだから。例えば、「2013年ギャル流行語大賞」2位の「激おこぷんぷん丸」。流行語大賞にランクインした時点で、すでに古びはじめている可能性さえあるわけだが、当時もし翻訳に「激おこ」とか使っていたら、今はもう、こっぱずかしくてとても読んでいられないだろう。

ちなみに、2013年の「ギャル流行語大賞」1位は「バイブス」だった。こっちのほうは、まだ生き残っている感じがする。でも、2013年の時点では、どうなるかなんてまったくわからなかった。だから、使えないという意味では同じだ。

個人的にそういう例は多々あって、例えば、「告る」。1990年代には、いかにも若者言葉という感じのする言葉だった。わたしが翻訳の仕事をはじめた2000年代もまだ使われていたけれど、まあ、そろそろみんな使わなくなるだろうと思ったわたしは、翻訳に使うのを避けていた。ところが、使われなくなるどころか、そのうちすっかり定着し、今では、あーこんなことなら使っとけばよかったと思う訳書も少なくない。ただ、そう思う一方、最近では「普通に『告白された』と言うほうが本気感があってエモい」とか言い出す輩(大学生です)もいて、ややこしいことこのうえない。というわけで、2026年時点で「告る」はまだ一度も使っていない。こうなったら、たぶん一生使わない――かも。

若者らしいニュアンスを出したいけれど・・・

最近、悩んだのは、「chill」。アメリカのYA小説を読んでいると、頻出する。“I’m just chilling at home.”(家でまったりしてるよ)のように、「リラックスする、のんびり過ごす」といった本来(?)の意味で使われることはもちろん、“This cafe is really chill.” (このカフェ、落ち着くよね)のように、「いい雰囲気/落ち着いてる」といった意味で使われることもある。“That’s chill.”(いいね)のように、軽い同意や受け流しにも使われるようになった。

使われる場面としてはcoolと重なるところもあるけれど、coolが「格好いい」「いけてる」に傾きやすいのに対し、chillのほうは「気取ってなくて、自然体」のようなニュアンスがある(ような気がする)。

一方、日本でも、「マックでチル」のような投稿は見かけるけれど、今後どんな展開を見せるかは、予断を許さない。これもまた、あっという間に痛くなるかもしれないと思うと、恐ろしくて使えない。

そんなふうに断念した言葉はたくさんある。ついこのあいだも、高校生男子の独白で「Standing here in my underwear」と出てきて、「パンイチ」と訳したい誘惑にかられたけど、やはり「パンツ一枚」と普通に訳してしまった。ビビりのわたし……。

日本の若者言葉・流行語がまとう「和臭」

でも、それには第三の理由も関係している。つまり、日本の若者言葉を使うと、妙に「和臭」が漂ってしまうのだ。念のため、翻訳における「和臭」とは、原文にはない日本的な言い回しや文化的な連想が訳文に入りこみ、作品の舞台や雰囲気にそぐわなくなることをいう。例えば、外国を舞台にした作品で「年貢の納めどき」「おれの目の黒いうちは」などと訳せば、日本的な匂いが強くなりすぎる。

これを流行語に当てはめてみると、かつての「KY」とか「ぴえん」とか「中二病」とかだろうか。アメリカの学園物だったりしたら、一気に雰囲気が壊れそう。

テクノロジーとともにうつろう言葉

さて、流行語と同じくらい厄介なのが、10代の必須アイテムであるガジェット系。2008年(原作は2006年)に『キャシーの日記』という作品を訳したが、主人公の高校生キャシーが手にしていたのは「BlackBerry」。当時の高校生にとっては最新の端末だ。cellular telephoneとかmobile phoneではなくて「BlackBerry」という製品名が、スマートフォンそのものを指す言葉のように使われていた。

でも、日本ではブラックベリーはそこまで普及していなかったので、ただ「ケータイ」と訳した――のだが、カタカナ表記はもはや死語予備軍かも。今読むと、ちょっと恥ずかしい

その後、わたしが訳すYA小説では、「BlackBerry」は消え、「iPhone」とこれまた製品名で書かれることが多くなり、最近では、スマートフォンは単に「phone」と書かれることがほとんどだ。これはこれでどう訳すか、案外悩ましい。「電話」「ケータイ」はないにしても、「携帯」? 「スマホ」? 毎年、定点観測的に大学で学生に質問しているが、ここ10年くらいは「携帯」と呼ぶ派と「スマホ」と呼ぶ派が拮抗していた。数年前から「スマホ」派が優勢になりつつあるけれど、今年もまだ「携帯」派もいる(例:「携帯鳴ってるよ」など)。

scroll on my phoneは、直訳すれば「電話をスクロールする」だが、これはもちろん論外。でも、「スマホをスクロールする」もなんだか変。「画面をスクロールする」か、場面によっては「スマホを見ている」「スマホをいじっている」だろう。じゃあ、take a photo on my phoneは、「スマホで写真を撮る」でいいのか、それとも、ただ「写真を撮る」でいいのか。10代の子たちが自然に話しているように訳したい翻訳者としては、いちいち悩ましいのだ。

かつての若者の物語を今の若者たちへ

10代が日常的に使う連絡手段も、固定電話から携帯電話へ、メールからメッセージアプリへと、どんどん変化する。ちょっと前(10代には「ちょっと」ではないが)の作品を訳す場合、いろいろな壁にぶち当たる。つい最近も、1970年代の作品に出てきた「put down the phone」を「携帯を伏せて置いた」と訳した学生がいた。「受話器」なんて知らないもんね、仕方ないよね、と思う。

もっと難易度が高かったのは、80年代を舞台にした『エレナーとパーク』(レインボー・ローウェル著、辰巳出版)を訳したとき。

Park ran into his room, then stopped to catch his breath before he picked up the phone. He couldn’t. He picked it up anyway.
“I got it, Mom, thanks.”
He waited for the click. “Hello?”

Rainbow Rowell, Eleanor & Park, St. Martin’s Griffin, 2013

当然、80年代にはスマホはおろか、携帯電話も普及していない。10代の読者にはちんぷんかんぷんだろう。結果、こう訳した。 

パークは自分の部屋へ駆けこむと、いったん立ち止まり、電話に出る前に呼吸を整えようとした。むりだ。とにかく電話に出よう。
「母さん、こっちで出たから」
そして、母親が親電話を切るのを待って、言った。「もしもし?」 

(レインボー・ローウェル『エレナーとパーク』三辺律子訳、辰巳出版、2016年、124頁)

彼女が家電(いえでん)にかけてくることも、それに親が出てしまう可能性があることも、家の電話は一つの回線につながっていて、親機と子機で同じ会話を聞くことができたことも、今の10代にはもはや歴史小説かファンタジーだろう。だから、He waited for the click.をせめて「母親が親電話を切るのを待って、言った」と訳したけど、通じただろうか……【注:今だったら、「母親が向こうの受話器を置く音を待って」にしたかも。猛省】

若者言葉は(ほぼ)訳さない

まあ、読者には80年代の雰囲気を味わってもらえればいい(ことにしよう)。

というわけで、冒頭の質問にもどると、答えは「若者言葉は(ほぼ)訳さない」。もうちょっと丁寧に言うと、日本の流行語にそのまま置き換えることはほとんどない。なんとなく歯切れが悪いのは、わたし自身、毎回悩みつつ訳しているから。でも、作家の文体に引きこまれ、その声を追いながら訳していれば、自然と登場人物らしさ、その本らしさは出るはず――と信じて今日も翻訳している。

三辺律子さん翻訳の書籍

三辺律子(さんべ りつこ)
三辺律子(さんべ りつこ)

翻訳家。訳書に『 エヴリデイ 』『 エイダンをさがして 』(小峰書店)、「 ズィーラーン国伝 」シリーズ(評論社)、『 ムーンライズ 』(岩波書店)、『 答えは本の中に 』(理論社)、『 わたしを忘れないで: アンネが日記を書く前の物語 』(NHK出版)など。共編著書に『 BOOKMARK 翻訳者による海外文学ブックガイド 』1&2など。 〈 10代がえらぶ海外文学大賞 〉選考委員。

写真:サトノリユキ

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