今月、翻訳家の樋口武志さんが取り上げるのは、ニューヨーク生まれの小説家・劇作家ジーン・ハンフ・コレリッツによるミステリー小説『The Plot』です。樋口さんいわく「爽快な読書体験になる」という一冊です。
とあるプロットから小説家はサスペンスに巻き込まれていく
The Plot, Jean Hanff Korelitz (2021)
『The Plot』は 1961 年に生まれたアメリカの作家ジーン・ハンフ・コレリッツによる 7 作目の小説だ。小説家や文芸の世界を舞台にしたミステリーだと言える。
この作品はエピグラフ(冒頭の引用文)から面白い。
Good writers borrow, great writers steal.(優秀な書き手は借り、偉大な書き手は盗む)
引用文の後には引用元の人物や書籍の名前が続くが、そこには次のように記されている。
—T. S. Eliot (but possibly stolen from Oscar Wilde)。
詩人T・S・エリオットの言葉だが、オスカー・ワイルドの言葉から「盗んだ可能性がある」という。含みを持った言い方となっているのは、オスカー・ワイルドが「Talent borrows; genius steals.(優秀な者は借り、天才は盗む)」という言葉を残したとされているものの、真偽が不明であるからだ。このエピグラフは、まさしく本作の内容に直結している。
主人公は注目の新人としてデビューしながらも、その後ヒットを出せず、しがない大学のクリエイティブ・ライティングコースで教えている 30 代後半の小説家ジェイコブ・フィンチ・ボナー。彼のクラスにやって来たエヴァンという学生は、とてつもなく面白い「プロット(話の筋)」を披露する。エヴァンはそのプロットを基に小説を執筆して有名になると豪語する。ジェイコブも、その作品は確実にヒットするだろうと考えていたが、数年たっても世に発表され話題になっている気配がない。エヴァンのことを検索した結果、彼が他界していたことを知ったジェイコブは、エヴァンのプロットを基に小説を執筆し、世界的な人気作家となる……それが『The Plot』のプロットなのである。
この作品の魅力は、なんといってもプロットにツイストが効きまくっている点だ。ツイストとは予想外の展開や、最後のどんでん返しのことを指す。短編の名手オー・ヘンリーの作品は結末部にどんでん返しが多く、「オー・ヘンリー・ツイスト」といった言い方も存在する。
主人公のジェイコブの下に「お前が物語を盗んだことを知っている」と謎の人物からメッセージが届いてから、この小説はミステリー色を強めていく。早く犯人を特定しないと、暴露されて人気作家の地位を追われるかもしれない。やがて彼が「盗んで」書いた小説の内容が真相や犯人につながる大きな鍵となっていることが分かってくるわけだが、それが明らかになっていく過程には、一度ならず二度、三度と予想を裏切るひねりがある。最後まで謎と驚きが盛りだくさんで、爽快な読書体験となるだろう。
この本でもう一つ面白いのは、アメリカ文学界の豆知識だ。有名になった主人公は「The Rumpus」というサイトからインタビューを受けたこと、雑誌『Poets & Writers』の表紙を飾ったこと、「The Millions」というサイトや「The New Yorker」のPage-Turnerというコーナーのアカウントが彼に関するツイートをしたことなどを喜んでいる。実在するこうした雑誌やサイトが作家たちにとってどういう位置付けなのかは普段あまり分からないため、ジェイコブの反応は参考になる。海外文学好きとして、こうしたサイトはぜひチェックしていきたい。
なお、『The Plot』は配信向けに映像化されることが決まっているという。文芸系の映像化は企画が頓挫する場合や、日本で配信されない場合もままあるが、本作はそうならないことを祈る。書籍の日本語版については、タイミングよくこの3月に『盗作小説』というタイトルで出版されているので、ぜひ手に取ってみてほしい。
今回紹介した本
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