ロンドンで20年以上暮らすライターの宮田華子さんによる連載「LONDON STORIES」。今回お話しいただくのは、イギリスの選挙について。日本より静かな(?)、でも熱い選挙戦とはどのようなものなのでしょうか。
遠く離れたロンドンから日本の選挙に参加
今年の日本は「地方選挙イヤー」。遠くに住んでいるが、そのニュースは私にも届いている。
私は20歳になって以来、欠かさず投票している自他ともに認める「選挙大好き人間」だ。イギリスに暮らして約20年だが、今もネットを駆使してリアルタイムで日本の選挙の行方を追っている。そして「在外選挙登録」をしているので、ロンドンに来てからも日本の国政選挙が行われる度に欠かさず投票できている(なお、「在外」の場合、地方選挙は投票できない)。
日本の「公職選挙法」が改正されたのは1998年で、在外選挙は2000年から可能になった。私は在外選挙が可能になった後に来英したが、この20年でさまざまな動きがあった。
2005年までは、在外投票で許されているのは比例代表制への投票のみだった。私のイギリスでの「初選挙」は比例区だけだったので、とても残念だったのを覚えている。
しかし、2007年以降は選挙区への投票もできるようになった。最高裁裁判官の国民審査がまだできないことに不満はあるが(※)、参議院・衆議院共に比例区も選挙区も投票できるため、今は「ちゃんと日本の国政選挙に参加している」と実感できている。
在外選挙の場合、日本の投票日の約1週間前までに投票を完了させなくてはならない。これは海外から各地方自治体に投票を郵送する時間を設けるためだ。選挙はまだ中盤戦だというのに遠い場所で心を決め、投票を終わらせなくてはならない。現在はネットがあるので候補者の動向や政見放送も見やすくなったが、私が来英したばかりの頃は情報も少なく、一人で悶々(もんもん)と投票先を考えていたものだった。
・・・と、在外投票についての話が長くなったが、こんなふうに相当の熱量で日本の選挙に参加している。これは単に私が「選挙が大好き」というだけでなく、「イギリスの選挙に一切参加できない」というジレンマもあってのことなのかもしれない。
※ 編集部追記(2023/3/1):最高裁判所裁判官国民審査法の一部を改正する法律が2023年2月17日に施行され、在外でも次回から国民審査が出来ることになった(在外国民審査制度の創設)。
国・州・区に加え「自治政府」の選挙もある
イギリスの選挙は日本と同様、大きく分けて次の3つがある。
● 国政選挙(下院議員を選ぶ「総選挙」)
● 地方選挙(州議会と区議会の議員と首長を選ぶ選挙)
● 国民投票
これに加え、居住地域によっては自治政府議会の議員選挙もある。イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの国の連合王国で、イングランド議会=イギリス議会なのだが、あとの3国にはそれぞれ自治権があり、議会も持っている。つまりイングランド以外に居住している人は、自治政府の選挙も行っている。
イギリスの国会は上院と下院の2院制で、上院(貴族院)は非公選制だ。世襲議員などもいるため選出方法は複雑で、一般国民は投票を行わない。イギリスでは国会議員のことを「MP(Member[s] of Parliament)」と言うが、一般的に「MP」は公選(総選挙)によって選ばれた下院議員のことを指し、首相も下院議員から選ばれる。解散総選挙がない限り任期は5年。イギリス全土が650区に分けられ、各区から1名のMPが誕生する。次の総選挙は2025年1月25日以前に行われることになっている。
地方選挙については、「州」と「区(日本の市町村に当たる)」の議員(任期4年)を一気に改選する自治体と、議席の3分の1ずつを改選する自治体がある。このため、毎年どこかで選挙が行われていて、「イギリスは毎年、選挙イヤー」という印象だ。
選挙カーのない「静かな選挙」
そんな「毎年が選挙の国イギリス」だが、国が違えばルールも習慣も違うのは、日常生活も選挙も同じこと。イギリスと日本では「実際の選挙戦」は随分違う。
例えば、日本では選挙が公示されると、選挙カーが町中を走り回り、拡声器で呼び掛けをする。それが「選挙というもの」と思っていた。しかしイギリスでは選挙カーが存在しない。演説会や集会はあるが、それは公民館などの室内で行う。野外で拡声器を使うこともほぼない。議員候補は選挙が近づくと、週末のたびに自分の選挙区を歩き、街の人と話をしたりする。政党カラーのブローチを着けた候補者はよく見掛けるが、マイクを使うことはない。「投票のお願い」電話もかかってこないし、候補者が家々を訪問することもない。興味がなければ選挙期間中であることが分からないくらい、街は静かだ。
しかし、市民の政治に対する熱い情熱を、選挙のたびに日本とは別の形で感じている。
選挙が近くなると、ごく普通の民家の塀のそばに「〇〇党に投票を!」と書かれた看板が立てられ、窓辺に「〇〇党を支持します」というプラカードを置く家が増えてくる。これは「私/私たちはこの党を支持しています」という無言の意思表示だ。日本でも自宅の塀に候補者のポスターを貼る家はあるが、イギリスでは顔写真入りのポスターはなく、看板もプラカードも文字のみのシンプルなデザインだ。しかし、党によってテーマカラーが決まっているので、色を使うことでどの党を支持しているのか一目で分かる。
Polling changes expose a chink in the Conservatives’ electoral armour https://t.co/aHfWX4725v
— Financial Times (@FT) November 20, 2021
道を歩くと「このエリアは〇〇党支持者が多い」とか「あの家の住人は、◇◇党サポーターだったのね」など見えることが多々あるが、驚くことにこうした看板やプラカードのほとんどは、住人が「自主的」に掲げているものなのだ。各政党のサイトからプラカードやステッカー、リーフレットといったキャンペーングッズを自分で購入またはダウンロードし、誰かに頼まれたわけでもなく自らの意思表示と応援のために掲げているのだ。
押し付けないけれど「オープン」な選挙談義
「選挙や政治の話はなんとなくしづらい」ということもない。「この人に入れてほしい」「その人には絶対入れないで」と言うことはないが、「自分はこう思う」「自分はこの人に投票する」と、皆、結構はっきりと表明する。選挙行動はプライベートなことなので、人に押し付けないのがルールだが、自主的に見解を表明する方法を、皆よく知っている。
10年以上前のこと、友人同士7人でフラットシェア(ハウスシェアをすること)をしていた。総選挙を控えたある週末の夜、皆でテレビを見ていたら、1人が「このメンバーでフラット内模擬選挙をやってみよう」と提案した。
友人たちは乗り気になり、それぞれが推す政党や候補の話を始め、さらには候補に成り代わって演説まで始めた。その慣れた感じに驚いたのだが、聞いてみると、小学校のときから、選挙が近付くと授業の一環として模擬選挙を行っていたので、「この手の話は普通」とのこと。その場で唯一のガイジンだった私の驚く様子に、「日本では学校で政治や選挙の話をしないの?」と皆が逆に驚いていた。
その後出会った、日本人女性の友人からもそれと少し似た話を聞いた。彼女は日本人の夫との間に小学生の娘が1人いる。彼女の学校で模擬選挙の授業があり、「自分が誰に投票したいのか、よく考えてきなさい」という宿題が出たという。
その晩、娘は両親に「“ウチ”は一体何党を支持しているの?」と直球で聞いてきた。
両親共に日本人なので、イギリスの選挙には参加できないのだが、娘が「ウチ」と世帯単位での支持政党を聞いてきたことに友人は驚いたという。
「もし選挙できたとして、夫と私が同じ人に投票する必要はないのだけれど、娘いわく『わが家の支持政党は〇党』と答えられる子が多いらしいの。小学生の子供の前で、政治や選挙の話を結構している家庭が多いと分かって、興味深かったわ」
話を戻すが、フラット内で行われた模擬選挙は、白熱した議論に発展してなかなか面白かった。フラット内での投票は6対1で某党が勝利(実際の選挙でも居住地区ではその党が勝利した)、最後は別の党を支持した1人に「君が推している人が当選したら、皆で一杯おごることにしよう。グッドラック」と、笑いながらお開きとなった。なかなか楽しい夜で、今も鮮明に記憶に残っている。
開票結果の発表方法はやや残酷
投票日も日本とは異なり木曜日が定番だ。これには昔からの伝統で、「金曜日だと仕事終わりにパブに行ってしまうので、投票率が下がる」「日曜日だと礼拝(教会)と被ってしまう」など、さまざまな理由から長い時間をかけて「木曜日が最適」となったようだ。投票所は早朝から20時まで開いており、残業をほぼしないイギリス人であれば「20時までに投票所に行く」のは楽勝だ。自分で行けない場合も、先に申請すれば郵便投票や代理投票が可能だ。
開票も、日本とは随分様子が違う。20時に投票所が閉まると開票作業が始まり、その模様と途中経過がテレビ中継される・・・までは日本と似ている。しかし、出口調査がないため、「予想」はできても結果は開票しなければ分からない。メディアが報じる開票速報で結果は分かっていくのだが、最終結果は各選挙区が正式に宣言する。
これが・・・かなり残酷な光景なのだ。
まず候補者全員をズラリと舞台上に並べる。そして、選挙管理委員会の代表が候補者の各得票数を読み上げ、当選者を発表するのが習わしだ。
落選者にとっては屈辱の瞬間に違いない。しかし舞台上に並んで当落を知らされるまでが候補者の務めということなのだろう。
やや余談だが、イギリスは泡沫(ほうまつ)候補が多いことでも有名だ。次の動画は2019年の総選挙時、ボリス・ジョンソン首相(当時)の選挙区の結果宣言だ。
この選挙区に泡沫候補がたくさんいたため、BBCがこんな動画を配信した。
選挙はどの選挙区も厳しいものだが、泡沫候補の衣装や振る舞い見たさに「結果発表が実は楽しみ」という選挙ファンは多い。この辺の緩さはイギリスならではの選挙の楽しみでもある。
こんなに選挙大好きなのに・・・選挙権がない私
イギリスに約20年暮らし、永住権を持っているものの、私は「日本人」であるためイギリスの選挙に参加できない。毎回選挙の時期が来るたびに、残念で仕方がない。
イギリス人だけが選挙ができるのであれば、諦めもつく。しかし、イギリスの選挙における「選挙人」はもう少し幅広い。
総選挙:
18歳以上の
・イギリス人(在外者も含む)
・アイルランド人
・正当なビザを持ってイギリスに居住しているイギリス連邦の国籍を持つ人
地方選挙(首長選を含む):
選挙地域に在住する18歳以上の
・イギリス人
・アイルランド人
・EU加盟国人
・正当なビザを持ってイギリスに居住しているイギリス連邦の国籍を持つ人
国民投票:
18歳以上の
・イギリス人(在外者も含む)
・イギリスまたはジブラルタルに居住しているアイルランド人&正当なビザを持ってイギリスに居住しているイギリス連邦の国籍を持つ人
イギリスは2020年1月31日にEUを離脱しているが、EU加盟国人は現在でも地方選挙で投票できる。またアイルランド人とイギリスの旧植民地国を中心とした「イギリス連邦」という連合体加盟国の国籍を持つ人は全ての選挙で投票が可能だ。
この選挙人資格者を見るたびに、「もうちょっと枠を広げて永住権保持者にも選挙させてくれないかなあ?」と思う。特に2016年の「EU離脱の是非を問う国民投票」の際は、本当に一票投じたかった。
イギリスの投票率は1950年代と比較すると下降傾向にあるが、2019年の総選挙は67.3%と7割程度を維持している(「イギリス下院図書館(The House of Commons Library)」調べ)。また選挙に熱心な若い世代も多く、10~20代の投票率も5割以上と日本より高い。
そんな国にいるのでなおさら選挙に参加したいのだが、現在は選挙の動向を追うだけしかできない。イギリス国籍を取得すれば可能になるが、日本人は二重国籍が許されない。日本の選挙権をとても大切に思っている私は、今、危険を冒してイギリス国籍を取得するつもりはない。
そんな事情もあり、イギリスの選挙ウォッチを楽しみつつも、私に唯一許されている「日本の選挙権」をしっかり行使することに集中している。でも、いつかはイギリスでも選挙ができる道が開かれてほしいと、期待しながら待っている。
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