ここ数年、「ヌン活」という言葉でブームになっているアフタヌーンティー。皆さんは、その始まりをご存じでしょうか。アフタヌーンティーは、イギリスのある侯爵夫人の空腹から始まったそうです。アフタヌーンティー研究家の藤枝理子さんに、その誕生について、詳しくお話しいただきます。
アフタヌーンティーは五感で楽しむ生活芸術
アフタヌーンティー
afternoon tea〈英〉〔午後に(通例3時~5時)お茶と共にスコーン、サンドイッチ、お菓子などを食べることまたはそのお茶会を指す。1800年代半ばにベッドフォード公爵夫人が8時すぎの遅い夕食に備えて午後3時~5時に食べたものが広まったとされる。◆【同】low tea〕
英和検索サイト 「英辞郎 on the WEB」 で検索すると、このように説明されているアフタヌーンティー。その行間には驚くほど多くのバックグラウンドがあることをご存じですか?イギリスの数あるティータイムの中で、最もエレガントで華やかなお茶の時間、それがアフタヌーンティーです。日本のホテルやティールームでも、シルバーの3段スタンドを前に、紅茶と共にサンドイッチやティーフーズをいただく英国式のアフタヌーンティーのスタイルは、「ヌン活」という言葉と共にブームになっています。
ただし、英国のアフタヌーンティーは「単なるSNS映えするグルメ」ではありません。日本の茶道と同じように総合芸術ともいえるアートなのです。
アートは美術館の中でだけ眺めて楽しむものではありません。例えば、日本の伝統文化である茶道は、お茶を飲むことだけではなく、室礼や茶道具、日本料理、華道や香道、書道から禅に至るまで、幅広い分野を学び、己の品性を磨き、高めるという崇高な「道」です。
英国のアフタヌーンティーも実は同じ、いわば「英国流の茶道」です。単純においしい紅茶とお菓子を味わう午後の茶会ではなく、陶磁器や銀器、カトラリーやリネン、調度品のコーディネート、絵画、庭園、音楽まで、五感を研ぎ澄ませトータルで堪能する「生活芸術」なのです。
生活芸術とは暮らしの中に息づくアートのこと。フランス語で「Art de Vivre(アール・ド・ヴィーヴル)」といいます。Vivreは、生きる・暮らすという意味で、生活の中にある「衣」「食」「住」、全ての物や出来事、人との関わりを大切にし、感動や楽しみをシェアするというすてきな暮らしの美学です。
アフタヌーンティーの始まりは貴婦人の空腹から
そんなアフタヌーンティーは、いつ、どのようにして誕生したのでしょうか?
正式なアフタヌーンティーはホテルで行われるものというイメージが強いかと思いますが、発祥は英国貴族の館。しかも裏には興味深いエピソードが隠されています。
アフタヌーンティーが誕生したのは19世紀のヴィクトリア時代、7つの海を支配し「大英帝国」と呼ばれた黄金期のイギリスで、とある貴婦人の空腹から始まりました。彼女の名は、第7代ベッドフォード公爵夫人、アンナ・マリア・スタンホープ(1788-1861)。1840年ごろ、当時の貴族の食事は基本的に1日2回。朝はゆっくりと目覚め、ベッドティーを頂いた後、お昼近くに遅めの昼食を取ります。その後は、夜8時を過ぎてからスタートするディナーの時間まで、何も口にすることができませんでした。
その上、ヴィクトリア時代のレディーは、きゃしゃでスレンダーな体型こそ理想的とされ、目標のウエストサイズは50センチメートル以下。少しでも細く見せるために、メイドが数人がかりで補正下着のコルセットをぎゅうぎゅうに締め付け、ドレスを身に着けていたのです。そのため、夕方ごろになると、空腹とコルセットの窮屈さから、気が遠くなるほどの苦痛を感じていたといいます。実際に気を失う貴婦人もいたといいますから驚きです。
そこで彼女は、内緒の「秘め事」を行うようになります。午後のひととき、自分専用のベッドルームに紅茶とバター付きのパンを運ばせ、一人ティータイムを楽しんでいたのです。そんな「秘密のお茶会」がなんとも優雅だったため、アンナはその時間に親しい友人を招くようになります。お茶会が開かれる日になると、天蓋(てんがい)付きのベッドを囲むように1人、また1人とゲストも増えていったのです。すると、小さなティーテーブルをセッティングしてクロスを敷き、お気に入りの陶磁器を並べて、テーブルコーディネートにも気を使うようになりました。シルバーのティーセット使って紅茶を入れ、軽いサンドイッチや手でつまめるお菓子を用意すると、居心地のよいお茶の時間はどんどん長くなっていきました。
また、アンナの夫であるフランシス・ラッセル(第7代ベッドフォード侯爵)は貴族院議員の政治家でもあったため、館には訪問客が絶えませんでした。公爵が男性ゲストを引きつれ、ハンティングやシューティングに興ずる間、アンナは一緒にいらしたご夫人がたをdrawing Room(ドローイングルーム)へと招き入れ、ディナーまでの時間をお茶会でもてなすようになり、おもてなしの側面が強い社交の時間へと発展していったのです。
drawing Roomというのは、邸宅内にある応接間のこと。元々は、正式なディナーの後、男女分かれて別室に移り、男性はlibrary(ライブラリー)、女性はdrawing roomで食後を過ごすというしきたりがありました。drawingといってもお絵描きという意味ではなく、「withdraw=退出する」から来ています。その部屋が、いわゆる日本でいう茶室として使われるようになったのです。
こうして1人の貴婦人が始めた午後のお茶会社交は、瞬く間に上流階級の間に広まっていきました。初期の頃は午後5時ごろからスタートする流儀があり、"5 o’clock tea"とも呼ばれていました。その後、王室公式の行事にまで発展すると、階級を越えて全てのイギリス人のライフスタイルに定着。時間帯がだんだんと早くなり、ヴィクトリア時代後期になると、午後4時には街中のケトルが鳴り響くようになっていきます。1870年代には、afternoon tea(午後のお茶会)と呼ばれるようになり、イギリスらしい華やかな紅茶文化として広く知れ渡るようになったのです。
紅茶留学中、Woburn Abbey*(ウォーバンアビー)の館を訪れたことがあります。ロンドンからドライブすること1時間。敷地面積は約3000エーカー。館は一般公開されていて、アフタヌーンティー発祥の部屋、The Blue Drawing Room(ブルー・ドローウィング・ルーム)やヴィクトリア女王が滞在したQueen Victoria’s Bedroom(クイーン・ヴィクトリア・ベッドルーム)を見学することができます。時代を超えて継承され続けている家具調度品、銀器、陶磁器を目の当たりにし、アフタヌーンティーが超名門貴族の「サロン文化」から発祥したハイカルチャーだということを再認識させられました。
*Woburn Abbey(ウォバーン・アビー)https://www.woburn.co.uk/
イングランドのベッドフォードシャーに現存するカントリーハウス。ベッドフォード公爵が所有し、300年以上に渡り受け継がれてきた貴族の館(Woburn, Bedfordshire, MK17 9WA)。
次回はアフタヌーンティーのマナーについてお話しします。
連載「英国式アフタヌーンティーの世界」記事一覧
藤枝理子さんの本
『仕事と人生に効く 教養としての紅茶』が、 「ビジネス書グランプリ2023」 のリベラルアーツ部門にノミネートされました。(投票は締め切りました。結果発表2月16日)
※「英辞郎」は道端早知子氏の登録商標です。