「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんによる、日々の雑感や発見をリアルに語る連載「LONDON STORIES」。ワールドカップで盛り上がる日本ですが、イギリスは生粋のサッカー愛好国のよう。奥深いイギリスのサッカー事情を語ります。
仲良くなったジョンさん
つい1カ月ほど前に引っ越しをした。新居は築120年の家であり、イギリスではこの程度の古さはごく普通だが、古い家は手がかかる。分かった上で住み替えをしたのだが、案の定、引っ越し直後から各種業者さんに来てもらっている。
最初に来てくれたのは水回りとボイラー専門の「プラマー」と呼ばれるエンジニアであるジョンさんだった。初対面はいつでもぎこちないもの。「初めまして」のあいさつもそこそこに、即座に仕事モードになった。てきぱきと仕事を進めていく姿を眺めつつ、「ジョンさんは口数が少ない人なんだね」と夫と話していたのだが、ある瞬間から彼の表情ががらりと変化した。わが家に飾ってあった「Anfield Road」と書かれた小さなプレートを見つけると、語気を上げて「君たち、サッカー好きなの?」と聞いてきた。
「そうです。リバプールFC(フットボールクラブ)のサポーターです」と夫が答えると、さっきまで寡黙だったジョンさんが豹変(ひょうへん)した。「僕は今年、24年ぶりにプレミアリーグ(イングランドのプロサッカー1部リーグ)に昇格したノッティンガム・フォレストFC の長年のサポーターなんだ」「でもリバプールも悪くないね(笑)」と早口で語り始めた。「息子は来週ノッティンガムまで3時間かけてホーム戦を見に行くんだ」と話が尽きない。このおしゃべりを通じ、ジョンさんとすっかり打ち解けた。以来、彼がわが家にやって来るときは最初に「先日の試合は……」から話すのが習わしとなった。
イギリス発祥のスポーツは多いが、soccer(イギリス英語ではfootball)は競技人口およびサポーターも含め、愛好家ナンバーワンのスポーツだ。来英当初はワールドカップしか見なかった私だったが、数年前からプレミアリーグを見始めたことでイギリス生活のもう一つの扉が開いたように感じている。それは「サッカーを通して見えるイギリス」が興味深いからだ。
イギリスの階級制度について語るのは難しいが、ボール一つに空き地があればすぐにプレーできるサッカーは長らく「労働者階級のスポーツ」といわれてきた。マンチェスター・ユナイテッドFCも元々鉄道員たちの部門別・会社別チームから発足したという。よく言えば「気取らない」、本音を言えばどこか泥くさいイメージがあるスポーツだ。私はJリーグが開幕した当時の日本を覚えている世代だが、あのときのトレンド感とイギリスのサッカーは随分違う。
少し前のことだが、某ミュージシャンが「うちは貧しかったし、階級を越えるにはサッカー選手になるかロックスターになるかしかないと、子供のときから思っていた」とインタビューに答えていた。つまり日本のプロ野球選手と似ており、実力さえあれば自分と家族の生活はがらりと変わる。プロサッカー選手は子供たちの憧れの職業だ。
イギリスのサッカー事情
イギリスのウィリアム皇太子もアストン・ヴィラFCのサポーターなので一概には言えないものの、posh(上品な、上流階級的な)層には「サッカーなんて見ない」という人も多い。その手の人が好むのはラグビー、クリケット、テニスで、これらには育ちが良い人が好むイメージがある。誤解を恐れず書くと、この点だけでも「サッカーを好きか・そうでないか」で、その人の立ち位置がなんとなく分かるのだ。
この「サッカー好き・嫌い」のふるいに掛けた後、「どこのクラブがひいきか?」という話になるのだが、ここからがまたややこしくて(笑)、楽しい。プレミアリーグから下部リーグまで全国津々浦々にクラブが存在するが、サポートしているクラブもその人となりを声高に語るものだ。監督や選手はどんどん入れ替わるので、忠誠を誓うべきは「人」ではなく「クラブ」。エリートクラブもあれば下部リーグに落ち続けているクラブもあり、クラブの色はおのおの違う。
そしてスポーツである限り良いときも悪いときもあるもの。苦しい時期も見放すことなく応援し続ける姿勢がサポーターには問われるのだ。強い思いがあるからこそ、同じ市内にあるクラブが激突する「ダービー戦」は盛り上がる。ダービーがある日に電車に乗ると、クラブのユニフォームを着てマフラーを首に巻いた人たちであふれている。
イギリスのサッカーといえば以前は「フーリガン」のイメージが強かったが、90年代以降安全化に努めた結果、この点は大きく改善された。とはいえ試合は選手だけでなくサポーターにとっても「戦い」なので、ピリピリムードは漂っている。観光目的で観戦する際のマナーには要注意。どちら側の座席なのかを鑑み、着ていく服の色や会話に気を付けるのは必須だ。
この原稿が世に出る頃は、ワールドカップで盛り上がっているだろう。国が一丸となって応援するのとは異なり、クラブチームの「サポーター」を名乗る行為はもうちょっと個性が出るものだ。サッカー好きというだけで共通の話題ができることもあれば、「あの人とサッカーの話はご法度」となる場合もあるので奥が深い。まだまだサッカー観戦初心者の私だが、サッカーから見えるイギリスを今後も観察していきたいと思っている。
写真:宮田華子、トップイラスト:EEDESIGN MEDIA LLC/Adobe Stock
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年11月号に掲載した記事を再編集したものです。
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