お二人の翻訳家がリレー形式でお届けする「EJ Culture 文学」の連載です。今回は有好宏文さんに、深海に暮らす人魚族の物語を紹介いただきます。アフリカ系の人々の歴史に関わるSF 的作品『The Deep』です。
アフリカ系の人々による共同体的作品
The Deep, Rivers Solomon with Daveed Diggs, William Hutson and Jonathan Snipes (2019)
アフロフューチャリズムが熱い。辞書を引いてみると、「文学・音楽・芸術などにおける表現の一形式。SF的要素と、アフリカおよびアフリカ系の人々の文化や歴史を融合させたもの」とある。こうした表現形式自体は、アフリカ系アメリカ人たちが1970年代ごろに始めたようだが、90年代にこのジャンル名が付けられ、ますます盛んになった。
SF的で映像映えする作品が多い。カリフォルニアの黒人女性が奴隷制真っただ中のアメリカ南部にタイムスリップする、オクテイヴィア・E・バトラーの『キンドレッド』(1979) はテレビドラマが製作中だし、マーベルコミックから映画化されたスーパーヒーローもの『ブラックパンサー』(2018)は記録的なヒットとなった。コルソン・ホワイトヘッドの『地下鉄道』(2016)もAmazonプライムでドラマ化されている。
「アフロフューチャリズムのカノン(正典)に加わった重要作」。リヴァーズ・ソロモンのベストセラー小説『The Deep』(2019)には、アメリカ公共ラジオNPRがそんな賛辞を送った。本作品も映像で見てみたいタイプの物語だ。
深海に暮らす人魚族のイェトゥは、600年続く共同体の「歴史家」の役目を担っている。彼女の役目は、先祖たちの記憶を収集し、それを年に一度の儀式「回想式」の間だけ仲間と共有すること。そうすることで、仲間たちは一族の苦難の歴史を忘れて現在を生きることができる。その代償として「歴史家」は記憶を保管するために自分の感情を殺さなければならないが、イェトゥは自らの人生を生きることを夢見ている。そしてついに、「回想式」のさなかに、水面へ向かって彼女は逃げ出す。歴史と個人のせめぎ合いが本作を貫くテーマだ。
人魚族はやがて水面の上に住む「二本足」の種族と遭遇し、先祖が「歴史家」と「回想式」によって封じ込めようとした真実を知ることになる。人魚族はアフリカからアメリカに向かう奴隷船から投げ出された人々の子孫だったのだ。海に沈んだ妊婦の子宮から外の海へ、彼らは泳ぎ出たのである。
中間航路の海底深くに、奴隷船から放り出された人々が暮らしている。この鮮烈なイメージは、何もソロモンが一人で作り上げたものではない。デトロイトのテクノ・デュオDrexciyaが『Deep Sea Dweller』(1992)で生み出し、これにインスパイアされたヒップホップ・グループのclipping.が『The Deep』(2017)に昇華させた。ソロモンの小説はこれらを受け継ぐものであり、ソロモン自身は、本作を「カノン」というより、アフリカ系の人々による共同体的な作品だと考えている。「私は『The Deep』を生み出した人々の大きなネットワークの中の一人です」。著者名が連名でclipping.のメンバー3人の名前を含んでいるのは、そういうわけだ。
今回紹介した本
※ 本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年6月号に掲載した記事を再編集したものです。
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