寒さ厳しいイギリスの冬、笑みがこぼれる幸せのスープ【LONDON STORIES】

「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんによる、日々の雑感や発見をリアルに語る連載「LONDON STORIES」。冬になると食べたくなる料理って、皆さんにもありますよね。今回はそんな、心も体も温まる話です。

長丁場の仕事で冷えた体を温めてくれたもの

特に豪華ではないけれど、懐かしく心にしみる味。そんな食べ物は誰にでもあるものだ。私にとっては具だくさんのけんちん汁がそれに当たる。実家のけんちん汁はみそ味だ。かつお節のだしに豚肉でこくを出し、大根、ゴボウ、こんにゃく、キノコ類がたっぷり。そこに田舎みそを溶き入れ、ネギのみじん切りもどっさりと。最後に七味をぱらりとかけ、舌が焼けるほど熱々で食べるのが好きだ。コートを羽織る季節が来る頃、近所の八百屋とアジア系スーパーで手に入る材料でなんとか作ってみるのだが、もちろん同じ味にはならない。

そんな話を友人にすると「それってイギリス人が『スープ』と聞くだけでにっこりするのと似ているね、だってスープ嫌いな人っていないじゃない」――ああ、そのとおり。イギリス人は皆スープが大好きだ。そしてかく言う私も、この国でスープに救われた経験がある。

そのスープと出会ったのは、15年ほど前の冬の日。仕事で郊外の町に行き、スタッフ2人と一緒に野外で長時間、テレビ撮影をしていた。あの日の凍えるような寒さは決して忘れない。気温は0度。風も強かった。手がかじかんでメモが取れず、肩こりで頭痛もし始めた。

やっと野外での仕事を終えた後、急きょもう1件、コメントを撮影する必要があると知り、しばしぼうぜんとした。とはいえ仕事は仕事。「とにかく早く終わらせよう」と、取材相手のおばあさんが住む、現場から程近くの家に向かった。

家に着いてドアベルを鳴らすと、疲労で表情のない私たちとは正反対に、おばあさんは満面の笑みで迎えてくれた。ドアを開けると、ほんのり「おいしいもの」の匂いがした。

「寒かったでしょう。中に入って」

暖かな室内に入ったのはうれしかったけれど、とにかく仕事を終わらせたかった。そんな様子をおばあさんは見ていたのだろう、突然不思議なことを言い出した。

「私のコメント、一言でいいのよね? だったら今すぐ撮影してちょうだい。説明不要、言うことはもう決まっているわ」

私たちはコートも脱がず、おばあさんのコメントをすぐに撮影した。私たちをすぐ帰してくれようとしたんだな、と思った。しかしそうではなかったのだ。

片付けに取り掛かろうとした私たちだったが、おばあさんは「あなたたち、これで仕事終わりよね?」――そう言いながら、テーブルの上にドン!と大鍋を置いた。ふたを開けると中には熱々のスープが。良い匂いの正体はこれだったのだ。

「早く座って。日一日、寒かったでしょ。これを食べて温まっていくぐらいの時間、あるわよね」

ボウルになみなみとよそわれたのは、イギリス伝統のブロッコリー&スティルトンチーズのスープだった。ブロッコリー、ジャガイモ、ポロネギ(西洋ネギ)などをコンソメで柔らかく煮て、そこにブルーチーズ「スティルトン」を割り入れ、よくかき混ぜる。最後に生クリームを入れてひと煮立ちすれば出来上がり!の、こってり系スープだ。

このときのスープのおいしさを、私は生涯忘れない。ひとさじごとに体がじんわり温まり、かじかんだ指先に再び血が通い出した。

「おばあさん、泣きたいぐらいおいしいです」――音響担当のレスリーは、本当に涙を浮かべてそう言った。

全員お代わりをし、一緒に出してくれたガーリックトーストも完食。全員、つやつやの顔で彼女の家を後にした。

「あったかいスープがあれば、大抵のことは頑張れるものよ。あなたたち、これからもお仕事頑張ってね」と言われたときは、私も思わず泣けてきた。

ブロッコリー&スティルトンチーズのスープ。クルトン代わりにオニオンフライをかけても美味。

イギリスはスープがおいしい国

その後スーパーや飲食店に行くたびに、今まであまり注目していなかったスープに目が行くようになった。そしてイギリスは「スープがおいしい国」だと気が付いた。スーパーには容器のまま「温めればOK」のスープが充実しており、クオリティーもなかなかのものだ。寒い国だけに、イギリスのスープはさらりとしたコンソメタイプではなく、どろっとしたポタージュが基本だ。

コーンスープ、ジャガイモとポロネギのスープ、グリーンピースのスープ、レンズ豆のスープあたりが定番だがもう一つ、ニンジンとコリアンダー(パクチー)のスープも人気だ。「ニンジンとパクチー?」と最初は驚いたが、ニンジンの甘味をパクチーが引き締め、良いアクセントになっている。そしてスープは「飲む」のではなく「食べる」もの。スープとパンさえあれば立派な食事なのだ。

冬になると道端や公園に、スープの屋台もよく見掛ける。ランチどきには列ができていることもあり、散歩中にコーヒー代わりに買う人も多い。熱々のスープの湯気を受け止めながら、おいしそうに食べる人たちは皆幸せそうだ。「この国の冬は、スープが支えているんだな」と思う光景だ。

自分のキッチンを持てるようになって以来、寒い日に来客があるときは必ずスープを作るようになった。客人は食べずに帰るかもしれないが、とにかくスープだけ仕込んでおく。おばあさんの受け売りだが「おいしいスープは人を幸せにする」と、あの日以来信じている。もうすぐ冬将軍がやって来るが、今年も熱々のスープで乗り切りたいと思っている。

冬になるとお目見えするスープの屋台。寒空の下のスープは格別の味だ。

写真:宮田華子、トップイラスト:EEDESIGN MEDIA LLC/Adobe Stock
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年10月号に掲載した記事を再編集したものです。

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