「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんによる、日々の雑感や発見をリアルに語る連載「LONDON STORIES」。今回は「コロナ禍を経た社会の変化」について語ります。
スーパーで買って、すぐにボックスに寄付
withコロナがあまりに定着してしまい(5月中旬現在)、長かったコロナ禍の生活を少し遠くに感じる。コロナの収束はうれしいものの、コロナ禍で社会が良い方に変わったこともある。そういったことがどうなっていくのか、今後の行方について心配しているのも事実だ。身近なところでは、「フードバンク」への寄付のことがずっと気になっていた。
フードバンクとは、フードロスを防ぐ取り組みを指すこともあるが、イギリスでは主に生活困窮者に食料を無料配布すること、およびその運営団体を指す。フードバンクは個人運営のものから大手まで多数あり、運営方法は団体によって異なるが、一般的には金銭的な寄付(募金)に加え、各所に「フードバンクステーション」と呼ばれるボックスを設け、食品の寄付を募っている。
しかし、食品であればなんでも大歓迎というわけではない。募っている品物は缶詰、ビスケット、紅茶、ロングライフ牛乳(数カ月は常温保存可能な牛乳)など、日持ちがしてすぐに食べられるもの、消費期限がまだ先であるものに限定されている。こうしたボックスは公共施設や企業などに置かれているので日常的によく見掛ける。わが家の近所にあるスーパーの出入り口にも、イギリス最大手のフードバンク団体の寄付用ボックスが置かれている。
日本で「寄付」と言うと、家から不要品を持ってきて提供する、というイメージが強いかもしれない。しかしイギリスでは、特にスーパーに置かれているボックスの場合は寄付品を「持って来る」人はいない。みんな、自身の買い物と一緒にフードバンク寄付用の食品も買い、買ってすぐにボックスの中に落として帰っていくのだ。この光景を初めて見たときとても驚いたが、人々のしぐさにも感銘を受けた。なんというか「寄付しま~す!」というような仰々しいアクションが皆無なのだ。会計を済ませると真っすぐボックスの所に行き、中をのぞき見するでもなく、ポトンと品を落としてさっさと帰っていく。「慣れている」感、そしてそのさりげなさが「いいな」と思った。
コロナ禍の初期、多くの人が失業した。フードバンクの役割が大きく注目され、ボックスがいっぱいになるスピードが本当に速かった。ボックス横にはスタッフが常駐し、あっという間にいっぱいになるボックスの入れ替えをずっとしていたほどだった。未曽有のパンデミックを前にして「何かできること」をみんなが探していた時期だったが、うずたかく品々が積み上がる様子に人々の善意を見た人は多かったと思う。
しかしwithコロナとなった今、2年前のような「モーレツに何かしたい」熱は冷めてしまった。「あんなに盛り上がっていたフードバンクへの寄付も減るのでは?」と心配になり、ボックス前を通過するたびに毎回チラッと見ていた時期があった。しかし心配は杞憂(きゆう)に終わった。2年前と同じスピードではないけれど、今なおボックスには品がどんどん集まっている。そして人々の「さりげなく、ポトン」も健在だ。
他人に干渉せず、でもサポート活動は熱心に
イギリス人は他人に干渉しない人たちだ。表面上は礼儀正しく愛想も良いが、内心はなかなか見せない。特にロンドンでは隣近所と付き合わない人も多く、おせっかいとは程遠い。しかし矛盾するようだが、窮地に陥った人をサポートするための活動にはとても熱心なのだ。これは「対個人」というよりも、もう少し大きな範囲の「社会に対して何かする」という意識であり、かわいそうな誰かに何かを「してあげる」という上から目線とは違うものだ。
ヘルプを求める先にお金や物を効率よく届ける方法をみんながよく知っている。こうしたスマートさは、子供の頃からボランティアや社会貢献活動について学んでいることの成果なのだろう。「ちょっとした寄付」にちゅうちょがなく、毎月定額でどこかの団体に寄付している人も多い。会計システムや確定申告の説明を見ると、「慈善団体に寄付、月〇ポンド」のような仕訳が例として挙げられるほど一般的だ。国に登録済みのチャリティー団体への寄付の場合、送金記録があれば寄付した金額は税金控除の対象となるのも後押ししている。
なかなかロシアによるウクライナ侵攻が終わらず、イギリスにはたくさんの避難民が到着している。先日わが家の目の前の広場で、ウクライナ避難民支援のバザーが行われた。民族音楽の生演奏もあり、小さいけれど楽しい催しだったのだが、音楽が始まると運営メンバーの男性が募金バケツを持って歩き始めた。すると特に「募金してください」と声を上げているわけでもないのに、みんながそっと彼に近寄り、静かにお札をバケツに入れる。そして後は何事もなかったかのようにくるりと背を向け、食べ物を買ったり、音楽を聴いたり思い思いに過ごしていた。
こういうさりげないクールさを、私も身に付けたいなといつも思う。そしてそれとなくまねをしてみるのだが、上手にできているのかは分からない。私個人にできることは少ないが、まずは大好きなビスケットを二つ買い、一つをボックスに落とすことから、と思っている。
記事写真:宮田華子
トップ写真:Iakov Kalinin/Adobe Stock
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年8月号に掲載した記事を再編集したものです。
「LONDON STORIES」コラム一覧
本連載のその他のコラムはこちらからご覧ください。