「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。
Holidayといったら当然「海外旅行」!
家の中にこもって過ごした2年間のコロナ禍で、友人たちと「コロナが終わったら何をしたい?」という話を何度しただろうか。イギリスは、特に最初の1年間、数回のロックダウン(都市封鎖)や厳しい行動制限があった。
1度目のロックダウンが緩和されたときは「オンラインではなく“直接”人と会って話したい」「パブに行きたい」など、ささやかな日常が戻ってくることを願ったものだった。しかしその後、長丁場が見えてくると、みんな口をそろえて「ホリデーに行きたい」と言い出した。「次のホリデーの行き先を検索している」「来年の夏こそ、暖かい国にホリデーに行きたい」――そんな話をしながら、長いコロナ禍を乗り切った。
ここまでで何度も「ホリデー」という言葉を使っているが、イギリスでは「ホリデー(holiday)」という言葉に二つの意味がある。一つは「休み/有給休暇を取ること」。誰もが有給休暇をしっかり全消化するが、1、2日の有休消化の場合でも「明日は“ホリデー(有休)”を取ったので出社しません」のような言い方をする。
そしてもう一つは「(休みを取って)旅行に行くこと」だ。イギリス人は本当に「ホリデー(旅行)」が好きだ。ホリデー計画の話を始めたら切りがない。夏に休暇を取って旅行に行くのはもちろんのこと、祝日に有休をくっつけて旅行に行くのも普通のことだ。国内旅行もするが、「ホリデー」という言葉から多くの人が連想するのは海外旅行のことである。
家でゆっくり過ごすのではなく、ビーチでくつろぐことが至福
イギリスに来たばかりの頃、人々の旅行に対するフットワークの軽さに驚いたものだった。ほんの2、3 日でも時間ができたらすぐに航空券を手配し、イタリアやフランスなど近場の欧州諸国にさっさと出掛けていく。
格安航空券は20年以上前から流通しており、早めに予約すると往復1万円もかからずに行けてしまう。そんなコスト面の気軽さもあるが、欧州諸国との精神的な近さも海外旅行のハードルを下げている。「海外旅行」と言っても、2、3時間のフライトで行ける欧州諸国は、人々の意識の中では国内移動と大差ない。「海外旅行」という言葉の響きに付随するイベント感がないのだ。
イギリスはEUを離脱してしまったが、離脱前まではEU加盟国の人はパスポートも不要でEU内を移動できた。現在も同じ欧州ではあるので、「ちょっと遠めの国内」ぐらいの気軽さでひとっ飛び。とはいえ気候も食べ物も各国で異なるから、異国情緒も味わえる。欧州諸国への旅行はいいとこ取りなのだ。
通常はこんなふうに近隣の欧州諸国をまめに旅行して楽しんでいるイギリス人だが、数年に1度はアメリカや南米、もうちょっと足を延ばしてアフリカや中近東、アジアなどにも出掛けていく。大小さまざまなホリデーを先々まで計画するのがイギリス流である。
コロナ禍で「ステイケーション」という言葉もはやったが、基本的には「休暇=旅行」であり、「夏休みは家でのんびり過ごしたいね」的な話はほぼ聞かない。のんびりしたいなら旅行先のビーチでのんびりすればいいのであって、とにかく休暇は「国外脱出」するもの・・・というのがごく普通の考え方だ。
しっかり休んで、しっかり働く
こんなに旅行好きのイギリス人だが「どうやって資金を捻出しているのだろう?」というのが私の長年の疑問だった。同じようにイギリスで働き、家のローンを払っているはずなのに、なぜみんなはこんなに旅行に行くお金があるのだろう。
その答えのヒントをくれたのは友人のセーラだった。彼女と待ち合わせをした際、「銀行に用事があるから、近くで待ってて」と言われた。銀行から出てきたセーラは「NYにホリデーに行くんだけど、ちょっとお金が足りなそうだからローンの相談をしてきたの。クレジットカードの限度額も大幅に上げてもらえたからよかったわ」とにこにこしながら説明してくれた。
それを聞いて「え~、旅行に行くために借金するの?」と驚く私に、セーラは「そんなの、普通のことじゃないの」としらっと答え、「なんでそんなに驚いているのか分からない」と逆に驚かれてしまった。
イギリス人を観察して知ったことだが、クレジットカードの限度額までは「自分の使えるお金」という意識があるようなのだ。また個人資産の要は「持ち家」なので、貯金も(日本人ほどは)頑張らない。
つまり借金やカードも含め、自分で管理できる範囲内のキャッシュフローは「自分のお金」と同義語。クレジットカードの限度額まで使うことを恐れず、しっかり休んで旅行に行くことを楽しみに、日々働いているということなのだろう。
3月末でほとんどのコロナ規制がなくなったイギリスでは、イースター4連休(4月15~ 18日)からホリデー産業が本格的に始動するはずだった。しかしこの原稿を書いている4月現在、ロシアによるウクライナ侵攻が続いており、急きょ旅行をキャンセルした人も多い。やっとコロナから解放されつつあるのに、もっと恐ろしい戦争が起こっている。全てが終結し、心置きなくホリデーが楽しめる日が早く来てほしいと心から願っている。
写真:宮田華子
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年7月号に掲載した記事を再編集したものです。