「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。
何かが壊れたらまず「直してみる」イギリス人
イギリス人は物を捨てない人々だ。家にある物はなんであれ、壊れればまず修理・修繕を試みる。それでもどうにもならなければ、泣く泣く捨てて新品を買うのだが、この「壊れたら直す」を喜々としてやっている人は多く、ちょっとした会話の中で「先週末は〇〇を1日かけて直したんだけど楽しかったよ」的なフレーズをよく耳にする。まるで「壊れるのを待っていました」とばかりに、修理・修繕を趣味としている人は多い。
この手の「楽しく直す」の話題、以前は圧倒的に家具と電気製品にまつわるものが多かった。しかしここ数年、衣類をはじめとする布・ニットの「お直し」についてよく聞くようになった。あくまで個人的な感覚だが、3、4年前からSNS でお直し関連の画像をよく見掛けるようになり、ロックダウン中に一気に火が付いたという印象だ。
自宅でチクチク・・・ちょっとしたお直しが楽しい!
「お直し」と一口に言っても、幾つかの種類がある。英語で布やニット製品に対する「修繕」を表す言葉はmendingだ。
mendingが意味する範囲は広いのだが、現在人々が夢中になっているのは、衣服の小さな穴や破れなど、ちょっとしたダメージ部分をかがり縫いで補修するdarning(ダーニング)と呼ばれるもの。もう着られないというほどでもなく、また「プロに依頼しなくても自分でなんとかなりそう」なレベルのお直しを、自宅でチクチクしながら楽しむ人が増えているのだ。
何を隠そう、私もダーニングにハマっている一人である。あるとき、YouTubeでダーニングの「ハウツー」を公開している動画を見て、自分でもやってみたのがきっかけだ。
How to: Speedweve. Mend or repair fabric using a mini darning loom.
「ただの穴ふさぎがなぜそんなに楽しいの?」と不思議に思うかもしれないが、「ただの」なんて、一度やってみたら決して言えなくなる。ダーニングは針と糸というシンプルな道具でできるのに、クリエイティビティーを大いに必要とする作業なのである。すぐに「なるほど、これはやり出したら止まらないかも」と、現在のダーニング人気の理由に納得した。
あえて「目立つ」ように直すことでオリジナルの服へ大変身
穴や裂け目をふさぐには二つの方法がある。一つは「直したことが分からないように」補修する方法。地色と同じ色の糸を使い、できるだけ補修部分が目立たないようにお直しする。
いわゆる「お直し」というと、この方法を思い浮かべる人が多いだろう。文字で説明すると簡単で退屈そうだが、いやいやどうして。切れ目の形や布地の強度を考慮してどこに針を刺すのか考えなくてはならないし、また布が柄物の場合は、柄に合わせた色の糸を何色も使ってステッチを進めなくてはならない。あまり目立たない部分を補修する場合は気楽だが、衣服の目立つ部分を「目立たないように補修する」のはなかなか難しい作業だ。
何度も破れてしまう箇所の補修。強度を上げるため2重にかがり縫いし、裏地を貼っている。
しかしダーニングの醍醐味は、補修部分をあえて目立つよう直す方法にある。穴をふさぐ部分に地色とは別の色の糸をあえて使い、ステッチや当て布を駆使して補修部分をワンポイントや差し色にする。そのようにして補修された「character(個性)がある服」は、どこにも売っていない自分だけのオリジナルの服となる。
「unique」はイギリスで最上級の褒め言葉
イギリスではunique(ユニーク)という言葉をよく使う。「唯一無二の」という意味だが、日本語では「個性的“過ぎる”」「独特“過ぎる”」(=ちょっと変)のような、皮肉交じりのニュアンスとしても使う言葉だ。しかしイギリスにおいてuniqueは最上級の褒め言葉である。
「個性的なことは大変良いこと」「人と違うことは良いこと」が共通認識であり、子供たちは「ユニークでいいね!」と言われまくって大人になる。そんな国なので個性的な服装は大いに歓迎される。
ファッションのトレンドはもちろんあるが、どこかユニークな点がある服は「個性的ですてき」という言葉で褒められる。黒いセーターの穴をあえて赤い糸でかがり縫いしたり、「patch(パッチワークの“パッチ”)」と呼ばれる当て布の形を工夫して個性的な服に仕上げたりすれば、その服は唯一無二の服として新たな息吹を与えられる。「継ぎ当てした服なんか着ているの?」とは誰も言わない。
バッグをかがり縫いと刺し子で補修し、ストラップの穴をパッチ(レース編み&ビーズ)で隠したもの。
コロナ禍で心を落ち着ける大切な癒やし
先日ダーニング仲間と話していたら、「直す服がないときは、わざと穴を開けてでもお直ししたくなるよね」と本末転倒なことを言っていて笑ってしまったが、その気持ちはよく理解できる。
実は私にとって、ダーニングは楽しい手仕事だけではない、もう一つの意味がある。それはロックダウンが続いていた頃、静かに自分と向き合う時間を与えてくれたものだったのだ。チクチクと針を刺すとき、時間は穏やかにゆっくりと流れる。コロナをひととき忘れ、心を静める自分だけの大切な癒やしといえる時間だった。
この原稿を書いている2月現在、イギリスのコロナ関連の規制は緩和している。まだ寒いけれど、規制なく外出できる自由を格別の思いで受け止めている。この2年間、ダーニングでたくさんの服を直した。その服を着て、やっと外に出られる日がやって来た。そのことを今、しみじみとうれしく思っている。
写真:宮田華子
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年5月号に掲載した記事を再編集したものです。
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