このコラムではイギリス在住ライターの名取由恵さんが、イギリスを舞台にし比較的新しい映画&ドラマを取り上げて、リアルタイムのイギリス文化や社会を考察していきます。今回は「ロックを題材にした映画」をテーマに、『ビルド・ア・ガール』と『イエスタデイ』を紹介します。
男社会で奮闘する16歳のロック批評家
『ビルド・ア・ガール』は、イギリスの作家・ジャーナリストであるキャトリン・モランの自伝的小説『How to Build a Girl』を映像化した青春コメディ映画。モランが実際に体験した出来事を基にしており、彼女が脚本も手掛けています。
舞台は1993年のイングランド中部の町ウォルヴァーハンプトン。想像力と文才に恵まれ、作家を目指している16歳のジョアンナは、ロック好きの兄クリッシーのアドバイスで音楽誌の記者に応募。髪を赤く染め、奇抜な服を着てドリー・ワイルドというキャラクターを作り上げ、ロック批評家としての道を歩み始めます。初めてのロックコンサートを体験してその魅力にはまったジョアンナですが、取材相手のロック歌手ジョン・カイトに恋をしてしまいます。そして男社会の音楽業界で女性ライターとして生きる中で壁にぶち当たったジョアンナは、バンドを酷評し辛口批判するスタイルに転身。人気を集めるものの、次第に自分を見失っていき・・・。
1993年はイギリスでブリットポップ旋風が吹き荒れる前のことですが、導入部でエラスティカの「Connection」が流れ、マニック・ストリート・プリーチャーズのライブ・シーンがあったり、ハッピー・マンデイズやプライマル・スクリームが登場したりするなど、90年代のUKロックファンにとっては心躍る内容です。
また、ジョアンナ役のビーニー・フェルドスタイン(『ブックスマート卒業前夜のパーティーデビュー』主演モリー役)とジョン・カイト役のアルフィー・アレン(「ゲーム・オブ・スローンズ」シオン・グレイジョイ役)の好演、そしてラストでちらりと登場するベテラン女優、エマ・トンプソンの存在感にも注目です。
主人公のジョアンナはとにかくポジティブで積極的。ロックの知識は全くなかったものの、持ち前の勇気と行動力で単身ロンドンのオフィスに乗り込み、見事に仕事をゲット。自室の部屋の壁にはブロンテ姉妹、エリザベス・テイラー、カール・マルクス、フロイトなど、好きな人物の写真を貼り、何か悩みがあると想像の世界の彼らからアドバイスをもらうという日々を送っています。
元ポップスターの父親、産後うつの母親、4人の兄弟とカウンシル・ハウスで貧しい生活を送るジョアンナは、人気ライターになったことで父親に車を買ったり、家賃を払ったりして、家計を支えます。
一方で、音楽誌の編集者たちは、Oxbridge(オックスフォード大学とケンブリッジ大学)卒業で富裕層出身の者ばかり。彼らにとっては、音楽誌の仕事はお遊びでしかないのです。そんな彼らの本性を知り、自分の過ちに気付いたジョアンナは、「自傷」についての記事をカルチャー誌『Face』に持ち込み、見事に連載コラムの仕事を獲得します。
実は筆者もかつては音楽ライターの仕事をしていたため、このジョアンナの葛藤や心の変化にとても共感でき、単なるロック批評家ではなく、自分が本当に書きたかった「女性たちの自分作り」というテーマを追求するために、前に進んでいく彼女を心から応援したくなりました。
ラストでジョアンナは私たちに問いかけます。
So, what do you do when you build yourself ? only to realise that you've built yourself up with the wrong things? You rip it up and start again. Build up and tear down endlessly repetitively and unceasingly. Invent, invent, invent!
「自分作りの途中で、間違った自分を作り上げたことに気付いたらどうする?それを引き裂いて、もう一度始めればいい。作っては壊す。無限に、何度も繰り返して、絶え間なく。自分を作り出す!」
たくさんの夢を抱えて、自信過剰になって自分を見失ったり、自分を傷つけたり、家族や大切な人を傷つけたり、どん底を味わった後でそこからが人生のスタート。さまざまな経験を得て少しずつ学んで成長して、失敗したらまたやり直していく。そんな10代の青春が描かれた作品です。
【UK小話】ジョアンナが住む「カウンシル・ハウス」って?
ジョアンナ一家が住んでいるのは、カウンシル・ハウス(アパートの場合はカウンシル・フラットと呼ばれる)という公営住宅。自治体が建てた低所得者向けの住宅で、失業者、シングル・マザー、生活保護対象者などが優先的に入居できますが、治安が悪い場所にあったりギャングの溜まり場になったりと住環境はあまり良くないことで知られています。
ビートルズが存在しない世界を描いた映画『イエスタデイ 』
ヘロイン中毒の若者達を描いた映画『トレインスポッティング』のダニー・ボイルが監督を手掛け、『ラブ・アクチュアリー』のリチャード・カーティスが脚本した『イエスタデイ』。ビートルズが存在しない世界線に突然シフトしてしまったシンガーソングライターの活躍を、ビートルズの曲に乗せて描いたファンタジー・コメディーです。
イングランド東部サフォークの海辺の町に住むジャックは、売れないシンガーソングライター。マネージャーを務める幼なじみのエリーは、ジャックの才能を認めて励まし続けますが、ジャックは音楽で成功する夢をほぼ諦めかけています。そんなとき、世界規模で12秒間の停電が起き、自転車で帰宅中のジャックはバスと衝突。昏睡状態に陥ったジャックが目を覚ますと、周囲のみんながビートルズを知らないことに気付きます。ネット検索してもビートルズはヒットせず。停電がきっかけで、ビートルズが存在しないパラレルワールドに来てしまったジャックは、ビートルズの曲を自作として発表。人気シンガーソングライターのエド・シーランの協力もあってジャックはどんどん注目を集め、ついにはロサンゼルスでレコーディングを行い、華々しくデビューすることも決定。しかし、嘘をついて成功を収めることに罪の意識を感じると共に、エリーとの距離が遠くなっていくことに寂しさを感じ・・・。
主人公のジャック役はヒメーシュ・パテル(『TENET テネット』マヒア役)、ジャックの両親役は人気のインド系イギリス人俳優・コメディアンである、サンジーヴ・バスカー(「埋もれる殺意」サニル・“サニー”・カーン役)とミーラ・サイアル(「ザ・スプリット 離婚弁護士」ゴールディ役)です。エリー役は、現在大活躍中の若手女優リリー・ジェームズ(『ダウントン・アビー』ローズ役)。また、エド・シーランやジェームズ・コーデン、マイケル・キワヌカが本人役で出演しています。
ビートルズといえば、イングランド北部リヴァプール出身の4人組。類まれなソングライティング力で独自のサウンドを確立。数々の珠玉の名曲を生み出し、史上最高のグループとして今も昔も世界中で愛されており、本作ではビートルズのヒット曲が次々に登場します。恐らく、誰もが一度は聞いたことのある曲ばかりなのではないでしょうか。改めてビートルズの偉大さや曲の素晴らしさを実感します。
このビートルズの楽曲をバックに、映画はジャックとエリーの恋の行方を追っていきます。ストーリーはシンプルで特にどんでん返しもないですが、全編にわたってビートルズ愛にあふれ、見終わった後は心温かな気分になって元気がもらえる映画です。
映画の終盤に、ジャックは海辺に住むある人物を訪れます。彼がジャックに語った言葉がきっかけで、ジャックはエリーへの愛を告白し、自分に正直になるための行動に出ることにします。
Try to get her back. You want a good life? It’s not complicated. Tell the girl you love that you love her. And tell the truth to everyone whenever you can.
「彼女を取り戻さなくては。良い人生を送りたい? そんな複雑なことじゃない。愛している女性に愛していると伝えること。そしていつも出来る限り、みんなに真実を伝えることだ」
ビートルズが存在しなかったこの世界線では、この人物はトラブルに巻き込まれず、78歳になった現在まで愛する女性と共に幸せに暮らしているということで胸が熱くなります。この人物が果たして誰なのか?ぜひ映画を見てみてください。
【UK小話】老若男女に愛される音楽祭
ジャックが出演した音楽フェスティバルは、イングランド東部サフォークで行われる毎年恒例のイベント「ラティテュード・フェスティバル(Latitude Festival)」。キャパシティーは3万5000人と比較的こじんまりしており、子供向けのアクティビティーもあるので、家族で楽しめるフェスティバルです。
音楽ファンならさらに楽しめる2作
今回は、「ロックを題材にした映画」をテーマに作品を取り上げました。『ビルド・ア・ガール』も『イエスタデイ』も、ロックが大好きなキャラクターが夢を追い求め、自分に正直に生きる姿を描いた作品です。もちろん、音楽ファンならさらに楽しめることは間違いなし!
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