このコラムではイギリス在住ライターの名取由恵さんが、イギリスを舞台にした比較的新しい映画&ドラマを取り上げて、リアルタイムのイギリス文化や社会を考察していきます。今回は「イギリス格差社会の現実」をテーマに、『ライオット・クラブ』と『わたしは、ダニエル・ブレイク』を紹介します。
イギリスのエリート社交クラブを舞台に格差社会を描く映画
名門オックスフォード大学を舞台に、上流階級のエリートのみが入会できる社交クラブを描いた映画『ライオット・クラブ』。イギリスの劇作家、ローラ・ウェイド原作で2010年にロンドンのウェストエンドで上演された舞台劇「POSH」を、女性監督ロネ・シェルフィグが映画化。ウェイドが脚本を手がけています。
オックスフォード大学に入学したばかりのマイルズとアリステア(英語の発音はアリスターに近い)は共に貴族の家系で、パブリックスクール出身。リベラルなマイルズに対し、アリステアは極右寄りの思想で、事あるごとに対立します。そんな二人が、数百年の歴史がある秘密の社交クラブ「ライオット・クラブ」の新メンバーに抜てきされます。クラブのメンバーは、上流階級出身でパブリックスクール(しかもイートン、ウィンチェスター、セント・ポール、ハーロウなどのエリート校のみ)の卒業生で容姿端麗といった厳しい条件があり、2万人いる学生の中から選ばれるのはたったの10人。メンバーになると将来が保証されているという、選ばれし者のためのクラブです。
入会儀式を終えてクラブの仲間入りを果たした二人ですが、その中身はメンバーたちが金と権力に任せてやりたい放題で、会長の座を狙っての権力争いもあるというもの。ある日、彼らは郊外のパブで、ホワイトタイとえんび服着用のディナーパーティーを行います。一同は酒とコカインで暴走、やがて思いもよらぬ事態になり・・・。
家柄も学歴も財産もコネも全て持ち合わせている特権階級の彼らが、周囲を見下し、金で全てを解決しようとらんちき騒ぎをする様子は、目を覆うものがあります。物語にはイギリス北部の公立校出身のローレン、パブで働くレイチェル、エスコートガールのチャーリーという三人の女性も登場しますが、彼らの女性への扱いには怒りさえ覚えます。
アリステアは両親から優秀な兄と常に比較されており、日頃の鬱憤(うっぷん)がディナーの席で爆発、庶民への憎悪を吐き出します。
Thinking they're better because there's more of them. That’s not sweat on their palms, it’s envy. It’s resentment! And it stinks like a fucking drain! I’m sick to fucking death of poor people!
数が多いから自分たちの方がエライと思っている。奴らの掌にあるのは汗じゃない、妬みだ。憤りだ!そして下水のような悪臭を放つ。貧しい奴らには死ぬほどうんざりだ!
アリステアは傷害事件で窮地に立たされますが、クラブのOBである保守党政治家が後ろ盾となって彼を支援。「上級国民」が罪を犯してもその事実は隠ぺいされ、何事もなかったかのように権力の座に居座ることができるというのは、どこの国も同じようです。
さらに恐ろしいのは、この映画がオックスフォード大学に実在するエリート社交クラブ「ブリンドン・クラブ」をモデルにしているという事実です。ブリンドン・クラブには、イギリスのボリス・ジョンソン首相やデイヴィッド・キャメロン元首相、ジョージ・オズボーン元財務相などが在籍したといわれており、メンバーがホームレス男性の前で50ポンド札を燃やしたという話が有名です。
特権階級の闇を見せつけられて鬱々(うつうつ)とした気持ちになりますが、サム・クラフリン、マックス・アイアンズ、ダグラス・ブース、ジョシュ・オコナー、マシュー・ベアード、フレディ・フォックス、オリー・アレクサンダーなど、2014年当時ブレイクしたばかりのイケメンイギリス人俳優が揃って出演しているのは、見応えがあります。
【UK小話】階級によって使う単語が異なる!
映画の中で「poshな人々はdesertの代わりにpuddingと言う」というセリフが登場します。poshは上流階級とか高級という意味。puddingはクリスマスプディングやヨークシャープディングなどの、小麦粉、卵、果物などをオーブンで焼いた食べ物を指す他、食事の最後に出されるデザートの意味もあり。このようにイギリスでは階級や地域によって、使う単語が異なることも少なくありません。
社会的弱者の現実を描いた社会派ヒューマンドラマ
イングランド北東部の都市ニューカッスルに住む初老男性とシングルマザー家庭の交流を中心に、社会的弱者の現実と社会保障の複雑な制度の中で翻弄される人々を描いた社会派ヒューマンドラマ『わたしは、ダニエル・ブレイク』。労働者階級や貧困などの社会問題を描く作品で知られるケン・ローチ監督による作品で、カンヌ国際映画祭のパルムドールや、イギリスのアカデミー賞英国作品賞を受賞しました。
大工として40年間真面目に働き続けた59歳のダニエル・ブレイクは、心臓疾患のため、休職を迫られます。雇用支援給付を申請したものの、職務可能と判断されて給付金は支給されないまま。仕方なく、求職者給付(失業手当)を受けるためにジョブセンター(職業安定所)を訪れたダニエルは、二人の子供を抱えたシングルマザーのケイティと知り合います。住宅手当を受けてロンドンから引っ越してきた一家は、面会時間に遅れたために給付金が一時受けられなくなっていたのです。ダニエルはケイティ一家と家族同様に仲良くなっていきますが・・・。
とにかく、役所の仕事が非効率的かつ融通が利かないことに、見ているこちらもイライラします。手当の申請はオンラインのみで、コンピューターやスマホを触ったことがないダニエルにはあまりにもハードルが高いのです。図書館でパソコンに挑戦しますが、エラーがでたりフリーズしたりで四苦八苦。ジョブセンターで密かにダニエルに協力しようとした女性職員は、上司から注意される有様。また、求職者給付を受けるためには求職活動を行っていることの証明をしなくてはならず、病気で休職しているダニエルは戸惑うばかりです。
一方、貧困にあえぐケイティ一家の姿にも胸をえぐられます。家の中では電気を使わずキャンドルのみ。子供たちに食べさせるために、ケイティは食事を抜いています。フードバンク(非営利団体などが生活困窮者に無料で食糧を提供するサービス)を訪れたケイティが、あまりの空腹のためにベイクドビーンズの缶詰をその場で開け、むさぼり食べてしまうシーンが衝撃的です。
複雑な制度にしびれをきらしたダニエルは、雇用支援給付却下の不服申し立てを行うことを決意。ジョブセンターの壁に抗議のグラフィティを書き、通行人たちの喝采を浴びます。ダニエルの叫びは、労働者階級たちの訴えを代表するものだったのでしょう。
親子ほども年齢が違うダニエルとケイティはお互いの絆を深め、寄り添う存在になります。ダニエルはケイティの家の修理や留守番を引き受け、得意の木工仕事で子供たちに玩具を作り、傷ついた子供たちの心も癒していきます。また、ケイティも不服申し立てを行うダニエルを支援。職業安定所職員の冷たい反応や非人間的な制度の中で、社会の底辺に生きる人々の温かい気持ちと思いやりが心に染みます。
ダニエルの心からの訴えが、今作のメッセージの全てといえるでしょう。
I paid my dues, never a penny short, and proud to do so. I don’t accept or seek charity. My name is Daniel Blake. I am a man, not a dog. As such, I demand my rights. I demand you treat me with respect. I, Daniel Blake, am a citizen, nothing more and nothing less.
1円の不足もなく税金を払ったし、それを誇りに思う。慈善を受けたり、求めたりもしない。私はダニエル・ブレイク。人間であり犬ではない。それゆえに、自分の権利を要求する。敬意をもって私に接することを要求する。私、ダニエル・ブレイクは市民である。それ以上でも以下でもない
人間の尊厳を失うような福祉制度とは一体何かを問い、格差社会の問題を鋭く指摘する映画です。
【UK小話】ネイティブ英語話者でも聞き取りが難しい方言がある
ニューカッスルはイングランド北部最大の都市。ニューカッスル周辺の住民たちはジョーディ(Geordie)と呼ばれますが、彼らのジョーディ・アクセント(訛り)はネイティブの英語話者でも聞き取るのが難しいほどと言われています。
ちょっと見るのが辛いけど、リアルを考えさせられる
今回は、「イギリス格差社会の現実」をテーマにした作品を取り上げました。『ライオット・クラブ』も『わたしは、ダニエル・ブレイク』も、世の中の不条理を突きつけられ、見るとかなりつらい気持ちになるのですが、イギリス社会というものが分かる映画だと思うので、ぜひチェックしてみてください。
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