このコラムではイギリス在住ライターの名取由恵さんが、イギリスを舞台にした比較的新しい映画&ドラマを取り上げて、リアルタイムのイギリス社会や文化を考察していきます。今回は「イギリス人の恋愛観」をテーマに、『Fleabag フリーバッグ』と『ゴッズ・オウン・カントリー』を紹介します。
映画やドラマを通してイギリスを知る
皆さん、はじめまして。イギリス在住ライターの名取由恵(なとりよしえ)です。まずは簡単な自己紹介をさせてください。
私は子供の頃からのUKロック好きが高じて、1993年に渡英。ライター・翻訳者・英国ドラマ愛好者として、さまざまな媒体に寄稿し、趣味でイギリスのエンタメや文化、イギリス人の研究をしています。
この連載では、イギリスを舞台にした、比較的新しい映画&ドラマを取り上げ、リアルタイムのイギリス社会や文化を考察していきたいと思います。
今回は「イギリス人の恋愛観」をテーマに、2本の作品を紹介しましょう。
ロンドン30代女子の日常をのぞき見!?大人気コメディ
ロンドンでカフェを経営する33歳独身女性の日常生活を描き、大人気を集めたのが、コメディドラマ『Fleabag フリーバッグ』。
製作総指揮・監督・脚本・主演のフィービー・ウォーラー・ブリッジは、英国王立演劇学校(RADA)出身の才女で、今作で一躍脚光を浴び、2019年のエミー賞など数々の賞を獲得。人気シリーズ『キリング・イヴ/Killing Eve』やジェームズ・ボンド映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の脚本を手がけるなど、今一番注目のクリエイターです。
主人公には名前はなく、「フリーバッグ」の通称で呼ばれています。“fleabag”とは、「だらしない人・汚い部屋」などという意味。母親を3年前に亡くし、真面目な姉とは喧嘩ばかり、カフェをオープンしたものの借金を抱え、共同経営の親友は不慮の事故死。そんな不運にもめげず、カジュアルにセックスを楽しみ、自由奔放に生きる彼女の姿をブラックな笑いで描きます。
イギリス人のユーモアといえば、風刺、皮肉、嫌味が辛辣過ぎて外国人にはあまり笑えないことで知られますが、フリーバッグも、毒舌、下ネタ、自虐ジョーク全開で、何もかも上手くいかない自分自身を笑い飛ばしています。
しかし、自分勝手に欲望のままに生きているようで、実は孤独と心の隙間を埋めるためのセックス依存であることがわかっていくのです。
シーズン2では、そんなフリーバッグが神に禁欲を誓うカトリック神父と恋に落ちてしまいます。“Hot Priest(セクシー神父)”と呼ばれるハンサムな神父を演じるのは、『Sherlock シャーロック』のモリアーティ役で人気を集めたアンドリュー・スコット。
ドラマのなかで、フリーバッグはカメラ目線で心のつぶやきを語り、視聴者だけが彼女の本音を知る特別な関係を築き上げるのですが、神父はこのフリーバッグの独白に唯一気づく存在です。
最終回で、ふたりは、“I love you.” “I love you, too.”という言葉を交わします。イギリス人のカップルにとって、“I love you.”とは単に「好き」という気持ちを表現する言葉以上の深い意味があります。お互いに理解しあっているのに、愛してしまうのが怖くて先に進めない、そんなふたりの関係がなんとも切ないのです。
一方、60代後半と思しきフリーバッグの父親は、妻と死別した後、娘たちのgodmother(代母)と同棲・再婚。イギリス人は年齢に関係なく、いくつになっても恋愛をし、貪欲にパートナーを探します。60?70代の再婚も珍しくありません。イギリス社会は、基本的にカップル単位で行動することが多いので、パートナーの有無は日本よりも切実な問題なのかもしれません。
フリーバッグが結婚式を終えた父親に言われた言葉が心に刺さります。
I think you know how to love better than any of us, that’s why you find it all so painful.
君は誰よりも愛することを知っているからこそ、すべてが苦しく感じるんだよ。
心の痛みを抱えながらも、愛を信じて突き進んでいくフリーバッグ。前向きに生きる勇気を与えてくれるドラマです。
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【UK小話】ドラマの影響で売り上げ増加!
劇中でフリーバッグとイケメン神父が飲んでいたのは、イギリス大手のスーパー・チェーン、『マークス&スペンサー』の缶入りG&T(ジントニック)。イギリスでは同商品の売り上げが放送後に24%増加し、このドラマが与える影響力の大きさを見せつけました。
『Fleabag フリーバッグ』作品情報
Amazonプライムで配信中
2016?2019年
原題 Fleabag
出演 フィービー・ウォーラー=ブリッジ、シアン・クリフォード、オリヴィア・コールマン、ビル・パターソンほか。
ヨークシャーの景色も味わえる、静かな純愛映画
『ゴッズ・オウン・カントリー』は、イングランド北部ヨークシャーの農場で幼少時を過ごし、ゲイであることを公表しているフランシス・リー監督(『アンモナイトの目覚め』)の長編映画デビュー作。
ヨークシャーを舞台に、孤独な青年が大切な人と出会うことによって人生を変えていく姿を描いた作品で、サンダンス映画祭のワールドシネマ・ドラマ部門監督賞や英国インディペンデント映画賞作品賞を受賞し、英国アカデミー賞にノミネートされるなど、高い評価を受けました。
ジョニーは、体が不自由な父親、年老いた祖母と暮らし、寂れた牧場での重労働に追われ、酒と行きずりのセックスで孤独と鬱憤を紛らわす日々を送っています。牧場は羊の出産シーズンを迎え、外国人季節労働者としてルーマニア移民のゲオルゲがやって来ます。
最初は彼を馬鹿にしているジョニーですが、農作業に詳しく、経験豊かで、心やさしいゲオルゲに惹かれていきます。そんなとき、父親が再び脳卒中の発作を起こして半身不随になってしまい・・・。
ゲオルゲはジョニーに言います。
It's beautiful here - but lonely, no?
ここは美しい、だけど寂しいよね?
この言葉の通り、イギリスの田舎での娯楽も何もない閉塞的な生活と過酷な労働、そこに生きる若者たちのフラストレーションも描かれます。
希望を失って投げやりになっているジョニーが、ゲオルゲのやさしさに触れて、次第に心を開いていく過程がなんとも愛おしく感じられます。性欲を解消するだけの乱暴なセックスが文字通りのメイクラブへと変わり、視線、微笑み、ボディタッチで、深まる愛を表現する描写は見事です。ジョニー役のジョシュ・オコナー(『ザ・クラウン』)の演技が素晴らしく、ヨークシャー・アクセントも味わい深いです。
今作の主要なキャラクターはジョニー、ゲオルグ、ジョニーの父親と祖母の4人のみですが、父親と祖母にとって、ジョニーとゲオルゲが同性愛者であることは、あまり問題ではないようです。
その反面、ジョニーが初対面のゲオルゲを「ジプシー」という人種差別的発言で呼んだように、レイシズムが今でもイギリスが抱える問題のひとつであることを提起しています。
今作は2017年製作で、2020年のブレグジット(イギリスのEU離脱)以前の作品ですが、劇中で描かれている通り、イギリスでは作物の収穫などの農作業を東欧などからの外国人季節労働者に依存していました。
ところがEU離脱によるビザの厳格化で、季節労働者の数が激減。現在では、さまざまな業界で慢性的な人手不足に悩むという皮肉な結果になっています。
タイトルの“God’s Own Country”とは、「神の恵みの地」という意味で、自然豊かなヨークシャーのことを指します。どんよりとした暗い曇と広大な自然をとらえた映像が美しく、ふたりが牧場の丘の上から荒涼としたヨークシャーの地を見渡すシーンが印象的です。この地に生まれ育ったジョニーは、ゲオルゲに会ったことで、初めてこの世界の美しさに気づくのです。
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【UK小話】イギリス版のカップ麺ってどんな味?
羊の出産のために山に泊まり込んでいたふたりが食べていたのは、「Pot Noodle」というイギリス版カップ麺。日本のカップ麺とは段違いのまずさで、在英日本人にはすこぶる評判が悪いことで知られます。
『ゴッズ・オウン・カントリー』作品情報
Netflixほかで配信中
2017年
原題 God’s Own Country
監督 フランシス・リー
出演 ジョシュ・オコナー、アレック・セカレアヌ、イアン・ハート、ジェマ・ジョーンズほか。
興味を持ったらぜひチェックを!
今回は、「イギリス人の恋愛観」をテーマにした作品を取り上げました。
30代女子のリアルを描いた『Fleabag フリーバッグ』は、シーズン1・2を通して全12話(各6話)で、各話30分とコンパクトながらも中味は濃厚。
そして、映画『ゴッズ・オウン・カントリー』は、音楽もなく、セリフ数も少なく、静かに淡々と、不器用な人たちの不器用な愛を綴っていく純愛ドラマです。
興味をもった方は、ぜひチェックしてみてください。
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