イギリスではテレビがなくても生きていける? 超便利な「テレビ事情」【LONDON STORIES】

「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。

パソコン、スマホなどの便利なデバイス視聴

「便利さ」という点について、日本は本当に世界一だと思う。必要な物はなんでもコンビニで買えるし、宅配の時間指定の正確さに毎度大げさに驚いてしまう。日本に一時帰国するたびに「ああ、なんて便利なの~!」と感激することが多いのだが、数少ない「これはイギリスの方が便利かも」と思うことの一つに、「テレビの見やすさ」がある。

イギリスでは公共放送BBCを含む大手地上波ネットワーク局の番組を、パソコン、タブレット、スマホなどのデバイスでテレビ同様に見ることが可能だ。日本でも「NHKプラス」に登録するとNHKのライブ放送をネット経由で見られ、また「TVer」で民放番組を1週間、後追い視聴できるのは知っている。

しかしイギリスはもう少し上を行く。現在イギリスには70もの地上波チャンネルがあるので全部を検証してはいないが、少なくとも大手放送局経由のチャンネルではデバイス経由でライブ放送も無料視聴できる(BBCの場合は「TV Licensing」による受信料支払いが義務なので無料放送ではないが、視聴方法による追加料金はない)。かつ「見逃し配信」の期間が数カ月から年単位と長く、無料アーカイブも充実している。スマホにダウンロードしてオフライン視聴できる番組も多く、ネットのない地下鉄内で番組を見ている人も多い。

イギリスのテレビ受信料である「TV Licensing」のウェブサイト。通常料金は年間£159(約2 万4000円)と高額。

テレビがなくても困らない生活

実はわが家にはテレビがないのだが、そんな訳で全く不便を感じていない。朝はキッチンでコーヒーを入れつつタブレットでニュースを視聴し、仕事中はパソコンのブラウザでニュースチャンネルを消音で表示している。そして夜は布団の中で好きな番組をスマホで再生しながら眠りにつく。こんなふうに用途に合わせた便利な視聴が可能であり、「ちょっと放っておいたら、見逃し配信期間を過ぎてしまった」「サブスク系サービスにすぐ誘導される」ということもないので、録画の必要もあまりない。

この「テレビとデバイス視聴の同化」の流れを作ったのは、公共放送のBBCだ。オンライン放送プラットフォーム「BBC iPlayer」をローンチしたのは2007年12月。最初はパソコンだけの展開だったが、対応デバイスを順次増やし、テレビとオンラインの垣根を取り払った。

また、テレビ放送とオンラインの間でさまざまな試みも行っている。例えば、日本でも人気のドラマ「キリング・イヴ/Killing Eve」。テレビでは週1回1話ずつ放送したが、オンラインでは初回放送時にシーズン全話を一気に公開した。これは「ボックスセット(全話)と1話ずつ配信、どちらを視聴者が好むのか?」という調査のためであり、作品によって配信方法を変えるなど視聴者をつかむ実験を続けている。

BBCの動画配信プラットフォーム「BBC iPlayer」画面。ライブ配信に加え、過去番組のアーカイブが膨大。

イギリスに「アナウンサー」はいない!?

もう少し画面から見える日英の違いを見てみると、そういえばイギリスで「アナウンサー」という職業の人を見掛けない。ニュース番組で現場からリポートする「記者」はテレビ局の社員であることが多いが、ニュースや情報番組の司会者はほとんどがフリーランス契約の「プレゼンター/キャスター」である。

各局を背負って立つ看板キャスターが別の局の番組に出演することも可能だし、引き抜きも多く見られる。日本の場合はスポーツ番組の司会者に男性が多い印象があるが、イギリスではそういった傾向はない。サッカー番組のプレゼンターや解説者が女性であることも多く、この辺のジェンダーギャップはあまりない。

国民的人気番組が別の局へ引っ越し

「引き抜き」とは少し違うが、イギリスでは「番組が別の局にそっくりそのまま引っ越し」というのもたまにある。日本でも配信されている菓子調理コンテスト番組「ブリティッシュ ベイクオフ」は国民的人気番組といわれ、毎年優勝者はセレブへの階段を駆け上がる。この番組はシーズン1~7(2010-16)まではBBCで放送されていたのだが、シーズン8(2017)からはタイトルもフォーマットも変えずに民放局Channel 4にまるっと移動した。

これは同番組の制作会社がBBCのオファーしたライセンス料に不満だったことと、ビジネス展開の面で民放の方がより自由度が高いことなどが理由だったといわれている。人気番組なだけにこの電撃引っ越しのニュースにはびっくりしたが、制作会社の方が局よりも強い立場であることがうかがえ、これも日本にはない構図かもしれない。引っ越しに際し、番組の顔だった審査員が変わるなどのゴタゴタはあったが、それも含めて話題となり、さらに宣伝につながった。

テレビはこれからの時代、生き残れるか?

日英のテレビの違いを挙げると切りがないが、来英当初は映画の性的場面にぼかし加工がなかったり、ドキュメンタリーで局部がはっきり映ったりと、放送コードの違いにも驚いたものだった。また、海外ドラマや映画の吹き替えはほとんどなく、多くの場合は字幕で放送しているなどの違いもある。

動画配信サービスや動画共有プラットフォームの隆盛が止まらぬ現在、全世界でテレビは過渡期を迎えている。テレビが「テレビとして」生き残るのか、他の映像サービスと同化するのかは分からないが、テレビはその国が大事にしていることを分かりやすく表現している媒体だ。その部分が生かされつつ、今まで以上に幅広いコンテンツも見やすくなってほしい。そんなことを期待しつつ、今日もテレビを持たずに「テレビと共に」一日を過ごしている。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年10月号に掲載した記事を再編集したものです。

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