人間関係や性の悩み、紛争の中で生きるイギリスの若者たちの「青春コメディー」【映画&ドラマで解剖!】

このコラムではイギリス在住ライターの名取由恵さんが、イギリスを舞台にした比較的新しい映画&ドラマを取り上げて、リアルタイムのイギリス文化や社会を考察していきます。今回は「イギリスの若者たちの日常を描く青春ドラマ」をテーマに、「セックス・エデュケーション」と「デリー・ガールズ ?アイルランド青春物語?」を紹介します。

高校生たちの性の悩みや人間関係をポップにつづる青春コメディー

イギリスの脚本家ローリー・ナン原案・脚本によるNetflixオリジナルドラマ「セックス・エデュケーション」。2019年にシーズン1が配信されると若者たちを中心に絶大なる支持を集め、既にシーズン4の製作も決定している人気シリーズです。イギリスの架空の町にあるムーアデール高校を舞台に、高校生たちの性の悩み、恋愛、友情、人間関係などをリアルに描いていきます。ときにシリアスながらも、決して重くなく、彼らの生活を明るくポップにつづる青春コメディーです。

「セックス・エデュケーション」の面白さは、個性的で魅力にあふれる多彩なキャラクターにあるでしょう。ドラマの主人公はモテない男子のオーティス。奥手ながらも、セックス・セラピストである母親の影響で性の知識が豊富にあることから、学校で浮いた存在である一匹狼のメイヴとチームを組んで、同級生たちを相手にセックス・セラピーを開始します。

さらに、ゲイで独特のファッションセンスを持つエリック、問題児だけど実は繊細なアダム、ハンサムでスポーツ万能な生徒会長のジャクソン、SF好きなオタク女子リリー、そしてスクールカーストの上位にいる人気者グループなど、どこの学校にもいそうなキャラクターが登場し、親しみが湧きます。

また、本作が人気を集めた大きな理由は、高校生たちが抱えるセックスや恋愛に関する悩みが赤裸々に描かれているところでしょう。ムーアデール高校の生徒たちはストレート、ゲイ、バイセクシュアル、レズビアン、ノンバイナリーなどさまざまですが、それぞれが普通に生活し、LGBTQが当たり前のように受け入れられています。テーマがテーマなだけにセックスシーンも頻繁に登場しますが、「恥ずかしい・汚い・タブー」という視点ではなく、自然な行為として明るくあっけらかんと描かれます。私のような親世代にとっては、今どきの子供たちがどのように考えているのかを知る上でとても参考になり、「自分が若いときにこんなドラマがあったら人生変わっていたかも!」とさえ思ってしまいます。

セックス・セラピーにやってくる高校生たちの性や心の悩みは、処女・童貞同士の初体験、セックスでイケない、性感染症、性被害など、微笑ましいものからシリアスなケースまでいろいろありますが、誰もが一度は悩むであろう、まさに「あるある」なトピックばかり。オーティスの思いやりのあるアドバイスには、こちらも思わずうなずいてしまいます。

It shouldn’t matter what anyone in the school thinks. You are who you are. Don’t let anyone take that away from you.
「学校のみんながどう思っているかなんて関係ない。君はありのままの君だ。誰かにそれを奪うようなことをさせては駄目だよ」

一方、今作に出演中の俳優たちの活躍ぶりにも注目です。エリック役のンクーティ・ガトワは長寿SFドラマシリーズ「ドクター・フー」の新ドクター役に抜てき、学園の人気者オリヴィア役のシモーヌ・アシュリーは人気シリーズ「ブリジャートン家」に出演するなど、「セックス・エデュケーション」から多くの若手俳優が成功を果たしています。 

【UK小話】イングランドの義務教育は日本よりも2年長い!

オーティスたちが通うのはシックスフォーム(Sixth Form)と呼ばれる2年間の進学準備課程。大学進学を目指す学生のためのコースです。イングランドでは18歳までが義務教育。16歳?18歳はシックスフォームの他、職業資格を取得するカレッジや、アプレンティスシップ(Apprenticeship)という職業訓練に進みます。

北アイルランド紛争真っただ中も明るく生き抜く少女たち

アイルランドの劇作家リサ・マッギー原案・脚本により、1990年代の北アイルランドのデリーを舞台に、カトリックの高校に通う仲良し5人組の生活を描いた青春コメディー「デリー・ガールズ ?アイルランド青春物語?」。イギリスの公共放送『チャンネル4』局で放送され高い評価を受けたドラマで、今年、シーズン3で最終回を迎えました。日本ではNetflixでシーズン2まで配信中。1シーズン6話で、各話が約20分なので、気軽にサクッと見られます。

ドラマは文学少女であるエリンの目を通して進行していきます。エリンの親友でヒステリック気質のクレア、セックス・ドラッグ&ロックンロールを地でいくミシェル、ミシェルの従兄弟で男性ながら女子校に通うイギリス人のジェームズ、そしてエリンの従姉妹で天然ボケのオーラという、個性豊かな仲良しグループが巻き起こすさまざまな騒動をコミカルに描きます。エリンの家族や校長のシスター・マイケルなど、大人たちも多彩なキャラクターばかり。そのどたばたぶりがとにかく面白くて、毎回声をあげて大笑いです。

当時は北アイルランド紛争の真っただ中で、ドラマでも紛争の状況やその中で生活する人々が直面する問題、北アイルランド人のイギリス観などが描かれていますが、ダークな笑いとシリアスな社会問題のバランスが実に絶妙。1990年代に流行した音楽が流れるのも当時をリアルタイムで経験した者にとっては懐かしく、知らない者には新鮮であることでしょう。また、北アイルランド英語のアクセントにも注目です。

北アイルランド問題は、英語で“The Troubles”と呼ばれます。1920年のアイルランド統治法により、アイルランドが南と北の自治領に分割され、1921年に南部はアイルランド自由国、北部6州はイギリスの統治下に留まることになりました。北アイルランドの人口の大半は、イギリスからの植民者の子孫であるプロテスタントの人々で、独立したアイルランドとの統一を望むカトリックの人々は少数派です。主にプロテスタントで構成される王党派(ロイヤリスト)・統一派(ユニオニスト)と、主にカトリックで構成される共和派(リパブリカン)・民族派(ナショナリスト)が対立。そこにリパブリカンのIRA(Irish Republican Army:アイルランド共和軍)及びIRA暫定派、ロイヤリストのアルスター義勇軍などの武装集団と、イギリスの軍隊・警察が絡んで、1970?90年代には数多くの武力弾圧やテロ事件が起きました。なかでも、1972年にデリーで起きた「血の日曜日事件」が有名です。それから25年以上を経て、1998年4月10日、イギリスとアイルランドの間で、北アイルランド紛争に関する和平合意「ベルファスト合意」が結ばれました。復活祭の聖金曜日(Good Friday)に締結されたため、英語では“Good Friday Agreement”と呼ばれています。

原作者のリサ・マッギーはデリー出身、本作は自伝的内容といわれており、コメディードラマながらも、北アイルランド問題がカトリック住民に与えた影響を真摯に検証。最終回では、合意受け入れを問う国民投票の様子が描かれます。18歳になって選挙権を得たエリンが、大人になる不安と期待を語るセリフが印象的です。

There‘s a part of me that wishes everything could just stay the same. That we could all just stay like this forever. There’s a part of me that doesn’t really want to grow up. I’m not sure I’m ready for the world. But things can’t stay the same and they shouldn’t. No matter how scary it is, we have to move on and we have to grow up, because they might just change for the better. So we have to be brave.
「全てが永遠にこのままでいてほしいと思う自分がいる。大人になりたくないと思う自分がいる。自分が世の中に出ていく準備ができているか分からない。でも同じままではいられないし、そうあるべきではない。どんなに怖くても、前に進んで、成長しなくてはならない。全ては良い方向に変わっていくかもしれないから。だから勇気を持たなくては」

エリンたち5人組は紛争の最中でも、旅行に出かけたり、コンサートに行ったり、パーティーで大騒ぎしたりと、さまざまな経験を通じて少しずつ成長していきます。友情、家族、将来への夢、ドキドキする恋。過酷な状況の中でも、思い切り青春を満喫し、学校生活を謳歌(おうか)する彼女たち(と彼)に元気がもらえるドラマです。

【UK小話】金曜日は「魚の日」!?

エリンの家族は毎週金曜に近所のフィッシュ&チップス店からテイクアウェイ(takeaway:持ち帰り※イギリス英語。アメリカ英語ではtake-out)します。これはキリスト教、特にカトリックで、キリストが十字架にかけられた金曜日に肉を食べることが禁じられていることから、「金曜日は魚の日」として魚を食べる習慣があるからです。それゆえ、金曜日はフィッシュ&チップス店が大繁盛です。

若者はもちろん、大人も元気がもらえる2作品!

今回は、「イギリスの若者たちの日常を描く青春ドラマ」をテーマにした作品を取り上げました。「セックス・エデュケーション」も「デリー・ガールズ?アイルランド青春物語?」も、愛すべきキャラクターたちが青春を謳歌している姿に元気づけられる作品です。若者たちも、昔、若者だった大人たちもぜひ見てみてください。
名取 由恵
名取 由恵

イギリス在住ライター・翻訳者・イギリスドラマ愛好家。ライフワークはイギリスのエンタメや文化、イギリス人の研究。東京都出身。週刊情報誌『ぴあ』編集アシスタントを経て、1993年に渡英。日本の各メディア及び在英日本人向けの情報誌に、イギリスのエンタテインメント、ライフスタイルなどの記事を寄稿している。得意分野は、UKロック、海外ドラマ、映画、トレンド、自然療法。共著書に『CDジャーナル ムック BEAT UK 2000』(音楽出版社)。 Twitter:@yn358
Website:https://www.yoshienatori.com/

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