現代社会で増加する小説作品ジャンル「オートフィクション(autofiction)」とは?【EJ Culture 文学】

二人の翻訳家、有好宏文さんと樋口武志さんがリレー形式でお届けする「EJ Culture 文学」。今回は樋口さんにカナダの「実存小説」、シーラ・ヘティの『How Should a Person Be?』を紹介いただきます。

現代を生きる人々の悩みを体現する小説

How Should a Person Be?, Sheila Heti (2010)

私の担当回では、翻訳が待たれる作家・作品を取り上げていきたい。今回はカナダの作家シーラ・へティ(Sheila Heti)の小説『How Should a Person Be?』。2010年代から「オートフィクション」と呼ばれる作品が増加傾向にある。はっきりした定義はないが、カルチャーサイト「Flavorwire」によれば「回想録的で、自伝的で、メタフィクション風の新しい小説群」のことを指す。本作は、その先駆的な作品だ。

主人公の名前は著者と同じシーラ。作中の友人たちも、実在の友人が本名で登場する。内容はタイトルのとおり「人間はどうあるべき?」を問うものだ。あの人はあそこが良い、この人はここが良い、じゃあ自分はどうあるべき?そんな思いに駆られた劇作家のシーラは、自分を持っているように見えるアーティストの友人マルゴーとの会話をテープレコーダーで記録し始める。脚本の参考にするために。自分のどこが駄目かを知るために。

話の筋はシンプル。作外で実際にあったマルゴーとの女同士の会話やメールを織り交ぜながら、トロントでの友人たちとの交流や、マルゴーが出品するマイアミの美術フェアに同行した小旅行、仲たがいして距離を置くためシーラがNYに滞在する様子、そしてトロントに戻って和解する過程が描かれる。シーラの男性関係や、バイト先のヘアサロンでの話も挿入される。最終的に周りをまねして生きるのではなく、自分なりの大切なものを見つけ、それを守っていくのだ、というこれまたシンプルな答えにたどり着く。

女性アーティストの自分探しとも言えるが、ここにはそれ以上の時代性が刻まれている。2010年代以降、「authentic(偽りのない自分らしさ)」は一つのキーワードと言えるだろう。正解のない時代、あるいは正解が複数ある時代、何がフェイクで、何が本当か分からない時代。authenticな自分を求めてもがいているのは、この小説の主人公だけではないはずだ。2010年代以降、ビジネスの分野で「VUCA(Volatility/変動性、Uncertainty/不確実性、Complexity/複雑性、Ambiguity/曖昧性)」という言葉が流行し、その不確かな世界でauthenticなリーダーが求められるようになってきてもいる。

また、リアリティー番組が人気となり、YouTubeなどで“本音”や“偽りのない演出”が重視されていることと、自伝的要素や事実を織り込んだオートフィクションの台頭も無関係ではないだろう。マルゴーはシーラに会話を逐一記録されており、いわばリアリティー番組の出演者と同じ立ち位置だ。その彼女の内面の葛藤も描かれる。見られる側の葛藤と、観察する側の内面の探求を同時に描くことで、authenticとは単なる自分探しではなく、見られることや他人との関わりを通しても見いだされていくものだという重層性が指摘されてもいる。「人間は(自分は)どうあるべきなんだろう」ともがき悩む姿を伝えるこの作品は、現代を生きる人々の悩みを体現した新しいタイプの実存小説だと言える。

本作では、ここで言うauthenticがsoul=魂という言葉で象徴され、soulを模索する状態がcocoon=繭に入ることに例えられている。

It’s time to stop asking questions of other people. It is time to just go into a cocoon and spin your soul.
他人に聞いてまわるのは止めるときだ。繭に入って自分の魂を紡ぐときだ。

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
文:樋口武志(ひぐち たけし)

翻訳家。訳書に『ウェス・アンダーソンの風景』(DU BOOKS)、『insight』『異文化理解力』(共に英治出版)、『ノー・ディレクション・ホーム』(ポプラ社/共訳)などがある。
Twitter: https://twitter.com/Takeshi_Higuchi

※ 本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年11月号に掲載した記事を再編集したものです。

Image by Chen from Pixabay

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