「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。
21世紀の今、パートナーの有無をぶしつけに聞くのは時代遅れ
2月からBBCで放送開始されたドラマ「This Is Going To Hurt(すこし痛みますよ)」(全7話)が話題だ。映画「007」シリーズのQ役で知られるベン・ウィショー演じる医師、アダムが主人公。
病院内のヒエラルキーと多忙さに悩みつつも、命と向き合う日々を描いたドタバタ・コメディーだ。辛口で知られるイギリス各紙のレビューでも高評価を獲得している。
This Is Going To Hurt | Trailer - BBC
アダムはゲイであり恋人のハリーと一緒に暮らしているが、自分の性指向を職場の病院で「隠してはいないが特に公にしてもいない」という設定。私もこのドラマを楽しく視聴しているのだが、第2話でちょっと気になるシーンがあった。
ある日アダムは医局長(←いや~な感じの上司)に呼び出される。彼はアダムに「子供はいるのか?」「結婚しているのか?」などのぶしつけな質問を散々して、アダムは戸惑いながらも「長年付き合っているパートナーがいます」と恋人の性別や自分の性指向を言わずになんとかかわそうとする。
しかし上司は即座に「“彼女”の仕事は?」と聞く・・・というシーンだ。これを見て、「へ~、まだこんなシーンがイギリスドラマに登場するんだ」と意外に思った。21世紀の現在、未婚・既婚かはもちろん、パートナーの有無や性指向・性自認に関する質問をダイレクトにする人はほぼいない。
外見からその人の性指向・性自認を決め付ける発言がNGなのも常識だ。「こんな前時代的な質問をする人、まだいるかな?」と一瞬違和感を持ったものの、「カップル=男女」という固定観念がこびりついたままの「石頭上司」を印象付ける場面なので、ドラマ的にはあえて挿入した意味のあるシーンなのだろう。
増加する「ジェンダーフリー」のトイレ
イギリスでは小学校からしっかりLGBTQ+について学ぶので、性の多様性は意識の面では既に定着済みだ。しかし具体的な行動やマナー、設備についてはまだまだ発展途上なのだと実感している。
特にここ数年、新たな常識やルールがどんどん誕生している。それ自体は良いことだが、言い換えれば「性的マイノリティーが心地よく暮らせる」までに整えられるべきことがまだまだ多いことを物語っている。
幾つか具体例を紹介すると、近年ジェンダーフリーのトイレが増えている。これまで「T(トランスジェンダー)」「Q(クィア)」そして「+(ノンバイナリーなど、既存の性自認の枠組みに入らない)」の人たちは、男女どちらのトイレに入るか長年悩んできた。
カフェに併設されたジェンダーフリートイレ。手洗いも中で行える。
現在、ミュージアムやイベント会場、おしゃれ系飲食店に新設されるトイレのほとんどがジェンダーフリーだ。「共用トイレだと女性が入りづらいのでは?」という質問を日本の知人から受けたことがあるが、この手のトイレは完全個室タイプ(ドアの上下に隙間がない)が多く、プライバシーがしっかり守られる構造になっているので安心だ。
自分から発信する「性自認」
トイレは「受け入れ側」が提供する配慮だが、誰もができる発信型の配慮もある。それはメールの署名やSNSのプロフィール欄を使用し、「性自認を自分で発信する」方法だ。性自認を自分から先に知らせることで、相手に余計な気遣いをさせずに済む。例えば私の場合、メールの下に「Hanako Miyata(pronouns[代名詞]: she/her)」と記述し、「私の性自認は女性です」と知らせている。
やや余談だが、イギリスは多文化共生の国なので、名前だけでは性別が分かりづらい人も多い。私の名前も、日本人の名前を知らない人には性別不明なので「pronouns」を先に知らせることができると何かと便利だ。ちなみに「男女」のどちらでもないと自認している場合、「they/them」「ze/hir」などの代名詞が使われることが多いが、まだ定まっていない。表記方法は今後増えていくことが予想される。
イギリスでは履歴書に年齢や性別を書く必要がなく、年齢・性別・国籍を条件に求人することも違法だ。こんな国なので性別を聞かれる機会はあまりないのだが、アンケートや何かの申請時に性別を問われる際、「男・女・その他」または「男・女・答えたくない」など、最低でも3択が用意されている。
医療機関などで問われる場合は、「誕生時に記録された性別と同じかどうか?」を先に問われた上で、性自認を答える形式をよく見掛ける。「男・女」の2択は昨今めったに見なくなった。
変わりつつある「LGBTQ+」を取り巻く環境
昨年はロンドンにイギリス初のLGBTQ+当事者を対象としたシニア向け集合住宅がオープンするなど、新しい試みも活発だ。しかし同時に、さらなる検討事項も浮かび上がってくる。
例えば「性的マイノリティー」とひと口に言っても、LGBTQ+の「LGB」は性指向だが、「T」は性自認であり、「Q」はその両方、「+」にはさまざまな要素が含まれる。おのおのに特徴や検討すべき点が異なるはずであり、さらなるきめ細やかな進化・発展が必要だ。
これからもLGBTQ+を取り巻く環境は変化していくだろう。現在のスピードが緩むことなく、おのおののライフスタイルに合った配慮が整い、権利と自由が確保され、誰もが心地よく生きられる社会に1日も早く近づいてほしい。そして私自身も、アダムの上司のように時代錯誤になることなく、流れにちゃんと付いていける自分でありたいと願っている。
2年連続中止だったロンドンのプライド・パレード。今年は7月2日に開催された。
写真:宮田華子
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年6月号に掲載した記事を再編集したものです。
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