お二人の翻訳家がリレー形式でお届けする「EJ Culture 文学」の連載です。今回は有好宏文さんが、詩人キャシー・パーク・ホンによる、アジア系アメリカ人の複雑な感情がつづられた作品『Minor Feelings: an Asian American Reckoning』を紹介します。
いつまでたっても一人のアメリカ人として認められないこと
Minor Feelings: an Asian American Reckoning, Cathy Park Hong (2020)
2020年春、COVID-19が世界中に広がるのに合わせて、アジア人への差別も世界各地に広がった。僕自身はその頃カリブ海のとある島国にいて、幸い怖い目には遭わなかったが、それでも道を歩けば人が自分を避けていったし、時には「自分の国に帰れ」と言われたりもして、やはり肩身の狭い思いはした。アメリカでは、ニューヨークやロサンゼルスでアジア系の高齢者が突き飛ばされたり服に火を付けられたり、さらにはアトランタ近郊でアジア系女性が多く働くマッサージ店が相次いで銃撃され8人が亡くなるなど、悲しい事件が続いた。これらをきっかけに、各地でアジア系への差別に抗議する活動が起こった。
しかし、アジア人への差別は何も今に始まったものではない。詩人のキャシー・パーク・ホンがアジア系アメリカ人としての複雑な感情をつづった『Minor Feelings』を読んで思い知った。このエッセー集が出版されたのは2020年の2月末だから、WHO(世界保健機関)がパンデミックを宣言するちょっと前だし、書かれたのはもちろんもっと前だろうけれど、同じような暴力が幾つも書き込まれている。韓国から来た著者の祖母が路地にたむろする若者に尻を蹴飛ばされて転んだこと、ベトナム系の男性が飛行機から引きずり下ろされ顔から血を流したこと。僕はつい彼らに自分の母親や父親を重ねて読んでいた。
差別は暴力のようにはっきり目に見えるものだけではない。日常の何げない言動で相手を傷つける偏見は「microaggression(マイクロアグレッション)」と呼ばれ、これもれっきとした差別だ。例えばアジア系アメリカ人の多くは、アメリカで生まれ育っていても「英語が上手ですね」と言われ続け、いつまでたっても一人のアメリカ人として認められていないと感じているという。こうした人種に基づくさまざまなレベルの体験が積み重なり、負の感情が心の底に澱おりのようにたまっていく過程を、本書は分析している。タイトルにもなっている「minor feelings」とは、マイノリティーとしての感情でもあるし、音楽の短調のように陰鬱な感情でもあるし、どうでもいいやつらの感情でもあるのだろう(タイトル、訳すのが難しそうですね)。
著者はずっと、人種アイデンティティーの話題は書けないと感じていたという。しかし、黒人コメディアンであるリチャード・プライヤーのスタンドアップ・コメディーを見ていて考えが変わった。「プライヤーは私がその頃読んでいた詩や小説なんかより、人種について正直だった」。ホンも自分の体験に真正面から向き合った。自作の詩の朗読会でプライヤーへのオマージュを試みて失敗したりもしたらしい。他のマイノリティーの体験に学び、「アジア系アメリカ人」としてのアイデンティティーの可能性を探っている。彼女が育ったロサンゼルスの韓国人街K-Townは、アフリカ系やラテン系の住民たちと隣り合い、混ざり合う街だ。そんなマイノリティーたちの相互作用が描かれた力強いチャプターには、「Stand Up(立ち上がれ)」という章題が付けられている。
本書は全米批評家協会賞を受賞し、ピュリツァー賞のファイナリストにもなった。グレタ・リー主演、脚本、製作総指揮でドラマ化も決まっている。
※ 本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年2月号に掲載した記事を再編集したものです。
今回紹介した本
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