お二人の翻訳家がリレー形式でお届けする「EJ Culture 文学」。今回、翻訳家の有好宏文さんにご紹介いただくのは、アメリカ建国期に活躍したベンジャミン・フランクリンの『自伝』。一見難しく思うかもしれませんが、意外とコミカルで楽しいそうです。
「アメリカ合衆国建国の父」が書いた人生の記録
The Autobiography of Benjamin Franklin (1791)
アメリカを知るために、ドナルド・トランプ前大統領の政治集会に行った。いつもアパートの修理に来てくれるトランプ氏支持者のチャーリーが、「トランプが近くまで来るぞ」と教えてくれたので、早朝から4時間くらい運転してテネシー州メンフィス郊外の会場に向かった。
朝の8時過ぎから、牧師や保安官、保守系の作家であり政治活動家のキャンディス・オーウェンズ氏やマイク・ポンペオ前国務長官などが代わる代わる演説し、夕方5時ごろにようやくトランプ氏が登壇した。
トランプ氏の発言自体はテレビやネットで見聞きしてきたものと変わらなかったが、朝から晩までの集会をずっと聞いていると、演者たちが聴衆に向かってしきりに「Hardworking Americans!」と呼び掛けていることに気が付いた。例えば、「働き者のアメリカ人たちよ!そんなあなたたちが、トラックにガソリンを満足に入れられないなんて、おかしい!」というふうに(ガソリン代が高騰していることについてバイデン政権を批判していた)。
この「hardworking Americans」というフレーズを聞いて、僕はちょっと前に読んだベンジャミン・フランクリンの『自伝』のことを思い出した。フランクリンは裕福ではない家庭に生まれ、12歳で印刷屋の見習いとして働き始める。こつこつと勤勉に働き、印刷業で大成功を収め、ついには「建国の父」の一人となった。無一文から独力で身を立てた、アメリカンドリームを体現する人物だと考えられている。100 ドル紙幣の肖像画はフランクリンだ。
そんな偉い人が200年以上前に書いた自伝なんて、きっと難しくて説教くさいだろうとずっと敬遠していたのだが、いざ読んでみると意外とコミカルで楽しかった。息子に語るという体裁で書かれているので、フランクリンが語り掛けてくるように感じられる。冒頭あたりの、「全く同じ人生をまた最初からやってもいいよ。でも本の著者が第2版を出すときに初版の間違いを訂正する程度のことはさせてほしいけどね」というユーモアには笑わされた。
最も有名な一節は、成功を目指してフランクリンが実践したという、勤勉や節約など13の徳目の部分だ。本書には「hardworking」という言葉こそ出てこないが、これらの徳目が「hardworking Americans」というコンセプトの源流の一つになったのだろう。トランプ氏の集会のパンフレットにもフランクリンの言葉が引用されていた。
アメリカのある研究者によれば、「働き者のアメリカ人」というコンセプトは、元々は左派も右派も関係なく用いられていたが、最近は右派がより好むようになっているらしい。
パンフレットにはフランクリンの他にも『コモン・センス』を書いたトマス・ペインの言葉が引用され、さらにはワシントンDC にあるリンカーン像の写真も掲載されている。現在の政治がアメリカの歴史をどうやって利用しているのか、考えながら古典を読むと面白い。しかも、そんな昔に書かれたものには著作権がないから、英語原典は「Project Gutenberg」などのサイトで、無料で読める。
※ 本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年12月号に掲載した記事を再編集したものです。
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