イギリスは本当に「ご飯がまずい国」なのか?―20年の考察【LONDON STORIES】

ロンドン在住の宮田華子さんが、イギリスの食に対するイメージが変わる、おいしいイギリス料理を紹介します。

「イギリスの食事ってまずいんでしょ?」と聞かれたときの返事は・・・

長くロンドンに暮らしているが、日本の友人知人から聞かれることは来英当初から現在まであまり変わらない。

「イギリス人は紅茶ばかり飲んでいるの?」→答え「確かに紅茶をよく飲むけれど、コーヒーも大好き」
「アフタヌーンティって毎日するの?」→答え「しません」
「イギリス人男性って、皆さん紳士(ジェントルマン)なんでしょ?」→答え「そんなことありません。マナーの悪い人もたくさんいます」

日本人のイギリスに対するイメージは基本悪くないものだ。「紅茶」「紳士の国」についてはロンドンのカフェ文化やイギリスの風習なども加味して話すことが必要だが、皆がそれなりに納得できる答えをすらすら話せるぐらいには鍛えられている。

「コーヒーの町」でもあるロンドン。おいしいコーヒーが飲めるカフェがたくさんある。

しかしこの20年、もっとも聞かれた「ある質問」については、何度聞かれても慣れることがない。あの手この手で「どうしたら分かってもらえるだろう?」と考えあぐね、どれだけ言葉を尽くしてもまだ足りない気が毎回している。

その質問とは、「イギリスの食事ってまずいんでしょ?」というもの。

20年も暮らしているので時期と共に私の答えも変遷はしているが、現在は「いえそんなことないんですよ。おいしいです」とまずはきっぱりと言い切ることにしている。

「フィッシュ&チップス」だけじゃない

「そうなの、まずいのよ」という答えを期待していた人々は、私の「おいしい」という答えに意表を突かれ、皆一様に驚く。そして「フィッシュ&チップス以外にイギリスにおいしいものってあるの?」と、不思議そうな顔で質問が続く。

イギリスが世界的に「まずい国」として知られていることはもちろん私も知っているし、イギリス人も皆知っている。当コラムに何度も登場している、近所に住む友人のP君(イギリス人男性)と1度この話をしたことがある。

「旅行先で誰かと知り合うたびに、『イギリスにこんなにおいしいものはないだろう』的なことを言われちゃうんだよねえ。確かにイギリスは世界的に『まずい国』として有名だけど、あんまり言われると『なんだかなあ』って気にもなるよね」

パブでサーブされるメニューの定番「フィッシュ&チップス」。

「毎度毎度『フィッシュ&チップス』の話をされるのもな~とも思うよ。フィッシュ&チップスは確かにおいしいよ。でも全イギリス人が毎日フィッシュ&チップスを食べてるわけじゃないのに」

そんなことを苦笑いしながら語っていた。

P君が言うように、フィッシュ&チップスはどこで食べても外れなくおいしい。一口に「フィッシュ&チップス」といってもどの町にもあるテイクアウト専門の小さなお店で買えるものから、ガストロパブ(食事もできるパブ)やレストランでサーブされるやや高級なものまでいろいろあるのだが、そのどれも外れなくおいしい。ビール入りのバッター液(衣)で揚げた白身魚(フィッシュ)と厚切りのフライドポテト(チップス)、その両方が熱々で提供されるのがフィッシュ&チップスの身上だ。テイクアウト店では、カウンターに備え付けのモルトビネガーを魚にもポテトにもじゃぶじゃぶかけ、レストランではレモンを上品にしぼり、好みで塩を振りかけて食べるのが流儀。もうもうと湯気が立ち上り、やけどに注意しながらサクサク&ほろほろの身をほうばる。私も大好きな1品だ。

これは割と小ぶりなサイズ。レモンの表面に焦げ目がついていて香ばしさもプラスしてある。

しかしそれだけではないのである。他にもたくさんたくさん、おいしいものがあるのだ。

イギリスは「オーブン料理の国」

イギリスのすべてのおいしいものを挙げるときりがない。シェパーズパイやコテージパイ、フィッシュパイなどの食事系パイ類はどれもおいしいし、乳製品がおいしい国なのでチーズの種類は豊富だ。生ソーセージや魚の燻製(くんせい)などの加工品もおいしいし、ベイキング文化については日本でも毎年放送している『ブリティッシュ・ベイクオフ』を見ている方ならご存じだろう。

イギリスではシーズン14まで放送済み。特番も多数製作・放送されている。

イギリスのおいしいものをすべてここに書き出すことは不可能だが、イギリスを代表するおいしい料理の1つが「ロースト料理」であることに異論がある人はいないはずだ。

イギリスのキッチンには、ガスコンロ、またはIHクッキングヒーターに加え、必ずオーブンがある。「オーブントースター」ではなく、大きな肉の塊が焼ける程度に大きいオーブンである。イギリスが「オーブン料理の国」であることは、来英から2年目、友人たちと1軒の家をシェアして暮らしていたときに思い知った。6人の住人のうち、4人がイギリス人(残り2人はオーストリア人と私)だったのだが、彼らはガスコンロよりもオーブンを使う率の方が高かった。肉や魚はフライパンで焼くより断然オーブンでローストする方法を好んでいた。

電子レンジがない家はあっても、オーブンのない家は「ありえない」のがイギリス。

フライパンで焼くよりオーブンで焼く方が断然調理に時間が掛かるのになぜだろう?と不思議だったが、料理好きの友人M(ロンドン在住アメリカ人女性、夫はイギリス人)が「だってその方が断然おいしいし簡単だからよ」というストレートな答えをくれた。

「かたまり肉にハーブや塩を適当になすりつけて、油をたらっと垂らしてローストすれば、誰がやっても“必ず”おいしくなるのだから、そりゃ、みんなローストするわよね」

紐掛けしたりしなくても、調味料とハーブ(ローズマリーなど)、油さえあれば「必ずおいしい」ロースト。

それまで使い慣れないオーブンで料理することがほぼなかった私だったが、その言葉を聞いてやってみるとあら不思議。安い肉でもオーブンでローストすれば、肉の内部にうまみが凝縮し「ごちそう」に生まれ変わる。そして時間は掛かるものの、オーブンで加熱している時間は火を見ている必要がないので、別の用事を済ませることができる。実は大変効率的な調理法なのだ。

NHKで放送中のイギリス人料理家レイチェル・クーの料理番組でも、オーブン料理がたくさん登場する。

ローストは家庭でも定番だが、日曜日のランチにガストロパブで提供している「サンデーロースト」のおいしさは格別だ。

ロンドン中心部にあるパブ「The Punch Bowl」で食べたこの日の「サンデーロースト」はローストビーフ。グレイビーソースをたっぷりかけて食べるのが美味。このパブはかつて、映画監督のガイ・リッチーがオーナーだったことでも知られている。

牛・豚・鶏・羊などに加え、ゲーム(=ジビエ。狩猟された野生動物。キジや鹿などのこと)などの肉類に、季節の野菜、ぷっくり香ばしく焼き上げられたヨークシャープディングの付け合わせもたっぷり用意される。家庭のローストとは異なる、ワンランク上のローストが気楽に食べられるので、イギリス旅行の相談を受けた際は「必ず日曜日が入るように旅程を組んで、サンデーローストを味わってね」と念押すほどである。

手前にあるのがヨークシャープディング。卵が入った生地で作られていて、中は空洞。シュークリームのような歯ざわり。

イギリス料理の革命「モダン・ブリティッシュ」

この15年ほどで増えた「モダン・ブリティッシュ」を提供するレストランの存在も、イギリスの食の底上げに大きく貢献している。

「モダン・ブリティッシュ」の定義は難しいが、フランスの「ヌーベル・キュイジーヌ」のイギリス版、つまり「新イギリス料理」と言ってよいだろう。イギリスは多文化共生社会であり、またヨーロッパ各国と距離的にも文化的にも近い。また「英語国」というコミュニケーション面での利便性もあり、食材やワインなど、世界中のおいしい素材が集まりやすい国である。伝統的イギリス料理を尊重しつつも、イギリスで手に入る多様な食材、海外の調理法も取り入れ、現代のイギリスで生きる人たちが好む新鮮さ・斬新さを感じる料理が「モダン・ブリティッシュ」だ。

ロンドン東部にある小さなレストラン「Eline」で食べた「サバのタルタル(たたき)」(前菜)。見た目も美しく、洗練されたおいしさ。

新しい素材、新しい調理法、新しい味を追求する気鋭のシェフや経営者たちは、「モダン・ブリティッシュ」のレストランを成功させ、現在は食の1カテゴリーとして定着。イギリス料理の幅は広がり、新しい味がより楽しめるようになった。

イギリスは現在未曽有のインフレに見舞われており、統計上は外食を控える人が増えていると言われている。しかし実際にレストランを予約してみると、「本当に人々はインフレとそれに伴う不況の到来にあえいでいるのだろうか?」と疑問に思うほど、特にロンドンの外食産業は元気だ。この3月、日本からやってくる知人と食事をする機会が3度あるため、イマドキ感のある人気レストランを予約した。予約を試みたのは1月だったが、週末の夜枠は特に激戦で、希望日に予約が取れなかったレストランもあった。

小皿料理をシェアして食べるタイプのモダン・ブリティッシュレストラン「Little Duck The Picklery」。何度来ても新しい発見があるお店。

「まったく外食しない」という保守的なイギリス人もいるが、働き盛りの層は社交も兼ね、外食にお金を落とすことに抵抗がない人も多い。レストランのトレンド情報はネット界隈に氾濫しているが、フーディ(おいしいもの好き)たちは確実にキャッチし、いそいそと繰り出すことも食の繁栄につながっている。

でも・・・「まずいもの」もある

ここまでとことんイギリスの味方にたち、「イギリスはおいしい」を伝えるべくキーボードをかなりの圧で叩いてきたのだが、「だったらなぜイギリスは世界的に『まずい国』として有名になったのだろうか?」と疑問に思うだろう。

イギリスは「おいしい国」でもあるけれど、「まずいものもたくさんある国」であることも残念ながら事実なのだ。

食べることや料理することに興味がある人も多いが、まったく興味がない人も多い。その辺まっぷたつのグループに分かれる。同じように外食産業のレベルが均一ではなく、上下の乖離(かいり)がかなり激しい

プライムタイムに料理番組をたくさん放送している国であり、イギリス人は「ベイキング(粉ものを使い、オーブンで焼いて作る菓子・料理)」は大好きなのだが、「食事」についてはこまめに料理をする人たちではない。手の込んだ料理を毎日している人はほとんどいないし、スーパーで買えるレディミールやテイクアウトも大いに利用して食卓をまわしている人が多い印象だ。

八百屋さんで見かけた黒ニンジンと白ニンジン。こうした珍しい野菜も簡単に手に入るのがロンドンの良さだが、野菜を食べない&買わない層も多い。生鮮野菜は買わず、「冷凍野菜しか買わない」人もいるという。

イギリス料理の悪評の1つに、「野菜をグダグダになるまで茹でる」「味がない料理が出てくる」というものがある。

「野菜の茹で過ぎ」が定着したことには歴史的背景がある。イギリスは寒い気候のため育つ野菜やイギリス原産の野菜が少なく、かつて野菜は貴重だった。長期間保存した腐りかけの野菜も食べなくてはならなかったため、食あたりを避けるためにも長時間茹でる調理法が定着したと言われている。

「味がない料理」のゆえんには所説あるが、ビクトリア時代までは調味料が貴重であったことや、ぜいたくを好まず、「清貧」を善とするキリスト教(プロテスタント)文化の影響とも言われている。

こうした背景の上に成り立っているイギリスの食文化だが、イギリス人は濃い味の物も好きだが、反面「素材の味」「シンプルな味」も好まれる。最近日本風の霜降り牛「Wagyu」も人気になりつつあるが、それはまだ一部の人たちだけのこと。一般的には現在も「(脂のうまみではなく)肉のうま味」がもっとも感じられる「赤身の肉」を好んで食べる。ローストが好まれるのも「肉そのものの味がもっともおいしくなるから」なのだろう。肉も野菜も魚も、複雑な味付けを好まず「塩コショウだけが良い」という人も多いので、ひとまず薄味で調理し、テーブルに調味料をならべ「各自、好みで味つけて」という方式は家庭だけでなく、大衆的なレストランでも見られる。

パブや食堂にはバスケットに入った各種調味料が用意されていることがある。

肉料理にかけるグレイビーソース(肉汁で作ったソース)やホースラディッシュ(西洋わさびをクリーミーに仕上げたもの)、オイルや酢、マスタードなどの調味料は豊富でおいしいので、「味のない一品」を食卓でおいしく味付けすることは可能であるが、「まず一口」食べたときに「えっ、味がない」の印象は強烈だ。そんな体験を私も過去に何度もしている。また「茹で過ぎ」については、何度か知人の家(いずれも80代の方の家)でもてなしてもらった際に遭遇したことがある。レストランではあまり見ないと思っていたが、イギリス人の友人たちは「そんなことないよ。茹で過ぎ=通常の茹で具合としてサーブしてくる食堂も結構あるよ。大学のカンティーン(食堂)や社食はけっこうひどいもんだよ」と言っているのそうなのだろう。

EC&EU時代、ヨーロッパ大陸からおいしい食が押し寄せた。加え移民大国のイギリスの食文化は多様であり、現在も右肩上がりで良くなっていると実感している。しかし外食産業を営む人も、食べる人たちもさまざまだ。ミシュランの星付きやトレンド的なレストランは別として、「茹で過ぎ野菜で育ち、味つけは(調理ではなく)テーブルでするもの」として生きてきた人たちが経営している店や、そういった食を心地よいと思う人たちのための店も存在するのも事実である。

近所にあるトルコ食材店。ボトルは「タヒニ」と呼ばれるゴマペースト。日本風胡麻和えがすぐに作れるので便利。ロンドンはこうしたインターナショナルな食材も豊富だが、利用しない人は一切利用しない店でもある。
カレーはイギリスの国民食の1つ。イギリスには南アジア(インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカなど)にルーツを持つ人々のも多く、おいしいカレー店が多数ある。

特にレストランがひしめくロンドンは、素晴らしくおいしいレストランと、とんでもなくまずいレストランが混在している街。食のスタンダードが一定ではないのだ。

「私、失敗しないので(笑)」― そう言い切れる理由

さてそんな玉石混合の食文化の町に暮らしつつ、それでも私が「ロンドンはおいしい」と言いきれるのに訳がある。それは「とびっきりおいしい」と「まずい」が存在するのなら、「とびっきりおいしい」の方を選べば必ずおいしいものにありつけるからだ。

かくいう私も、来英初期は散々「まずいもの」を食べた経験がある。前知識なく適当に入ったお店で、「茹で過ぎたパスタ」「パサパサの肉」などに何度も遭遇してきた。

しかしこの10年、「ドクターX」よろしく「私、“お店選びに”失敗しないので」と言い切れる自信がついてしまった(笑)。もともと食いしん坊なのでおいしいものには嗅覚が働くという特性もあるのかもしれないが、「おいしいお店はおいしいお店を教えてくれる」ことに気付いたからだ。

Instagramで知ったワインバー「Cadet」。想像通りのおいしさだった。写真に写っているパテのパイ包みは、ワインのお供に最適。

これは私独自の方法だが、レストランの情報収取にはInstagramをメインに利用している。おいしいお店に行った場合、そのお店がフォローしている別のお店のアカウントも確認する。お店同士は横のつながりもあるもので、同じベーカリーのパンを購入していたり、同じ生産者・小売業者を利用していたりもする。相互フォローしているレストランは大抵の場合、目指すレベルや顧客層が同じなので、行ってみて裏切られることはほぼない。SNSにアップされた写真も参考にしている。写真は「看板」のようなものであり、料理写真だけでなく、顔出ししているスタッフ、インテリアも含め、どんなお店なのかを語るプレゼン資料だ。

2月にオープンしたばかりのビストロ「Camille」。インテリアもすてきなので、近々行く予定。

SNSで「いいかも」と思ったお店はHPにもアクセスし、メニューや値段を確認。そんな方法を続けた上でお店選びのコツをつかみ、「私、失敗しないので(笑)」の境地に達した次第だ。つまり「おいしいお店を選べば、イギリスはとてもおいしい」のである。

おいしい「イギリス料理」を実感してほしい

冒頭の「質問」「答え」に戻る。

「イギリスはおいしいです」の答えにびっくりされた後、言葉を尽くして説明しても言葉だけで「固定観念」を崩すことは難しいものだ。

友人知人が来英し、私と一緒に食事をする機会があるときは、これまでの体験と蓄積した情報をフル稼働し、各々が「おいしい」と思ってもらえそうなレストランを必死に考え予約する。そこでおいしく、楽しく、心地よい経験ができた場合、「イギリス、おいしかった!」「イギリスの食に対するイメージが変わった」と言ってくれる。その言葉を聞くと、イギリスになりかわって嬉しい気持ちになる。

肉も野菜も魚もおいしいガストロパブ「The Eagle」。日本から来た友人を連れて行ってとても喜ばれたお店。メニューが書かれた黒板に「メニューが分からなかったらGoogleせずに店員に聞いてください」と書かれていて笑ってしまった。

長々書いてきたが、最後に今後イギリスに旅行される可能性のある皆様へのメッセージを結びとしたい。

「イギリスはおいしい国です。でも『まずいもの』ものもたくさんあるので、しっかりお店を選ぶことが大切です。調べずに適当にお店に入ると失敗します。でもよく調べて臨めば、きっと素晴らしい『おいしい体験』ができるはず。皆さまがイギリスのおいしい食を味わえることを、心から願っています!」

宮田華子
文・写真:宮田華子(みやた はなこ)

ライター/エッセイスト、iU情報経営イノベーション専門職大学・客員教授。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。

公式サイト: https://matka-cr.com/hanako-works
instagram: https://www.instagram.com/hanako_london_matka/
X: https://twitter.com/hanakolondon_uk

本文2番目のパブの写真:Amy Vann from Unsplash
本文4番目のオーブンの写真:のLotus Design N Print from Unsplash
本文5番目の豚バラ肉の写真:Mike Tinnion from Unsplash
本文10番目の調味料の写真:James Kirkup from Unsplash

連載「LONDON STORIES」

宮田華子さんによる本連載のその他のコラムを、ぜひこちらからご覧ください。

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