ひたすら夏を求め恋しがる、美しく短いイギリスの夏物語【LONDON STORIES】

イギリス人は夏が大好き。ロンドンに20年以上暮らす宮田華子さんが 、短くて美しいイギリスの夏の過ごし方を紹介します。

待ち焦がれていた夏がやってきた

記録的に寒い冬」だった昨冬をやっと終え、今年やっと「春が来た?」と思ったのは5月になってからだった。

ロンドンの5月配信の記事

ところが、6月にイギリスとは思えないほどの「ちゃんとした夏」がやってきた。ヴィクトリア時代(1884年)までさかのぼり、イギリス観測史上「最も暑い6月」だったのだ。

6月は例年降雨量が最も少ない月なので、野外のイベントが殺到する時期ではあるのだが、それにしても毎日天気が良く、ロンドンでは30度越えの日が連日続いた。

「イギリス、(こんなに天気が良くて)どうしたの?(笑)」
「こんなにちゃんと『夏』なんて・・・イギリスだってやればできるじゃん」

そんな会話で盛り上がり、みんな本当にうれしそうだった。

6月某日、我が家の窓から撮影。こんな青空を何日も拝めた6月だった。

しかし7月になり状況は一転。この原稿を書いている7月中旬本日の気温は17度。半袖で過ごせないほど涼しく(=寒く)、暖かいミルクティーを飲みながら仕事をしている。

よく「グラストンベリーフェスティバル(6月)とウィンブルドン(=全英オープンテニス、6月末~7月)が終わると、イギリスの夏は終わり」という言い方をするが、今年はウィンブルドンテニスが終幕前に「夏が店じまい」した風情である。

7月16日に行われた全英オープンテニス、男子シングルス決勝。曇天の下での熱き戦いだった。

日焼けなんて気にしない!太陽を求める人々

イギリス人と話していると、「なぜこんなに天気の話をする?」というくらい、天気の話をよくしている。人に会って開口一番「今日も寒いね」、メールの冒頭も「今日の素敵な太陽を楽しんでいますか?」とまずは天気の話から始まるが、話の内容はたった二つの点に集約できる。一つ目はイギリスの寒さへの不満。もう一つはまるで恋焦がれるかのようにひたすらに夏を待つ思いについて。季節を問わず、年間を通じてこの話題が絶えることはない。

イギリス人にとって、夏は本当に本当に「特別な季節」だ。

太陽を浴びるため、仕事終わりに公園に繰り出す人々。

私は熱帯のような日本の夏をたっぷり経験してからロンドンで暮らし始めた。暑さが苦手なのでイギリスの寒さにも天気の悪さにもまったく文句はないのだが、長年この国に暮らすうちに、人々がこんなにも夏に焦がれる理由は理解した。

理由は二つ。夏があまりに短いこと。そして「短さ」を補って余るほど、イギリスの夏が美しいこと。

何万回話しても、夏を思う気持ちを飽きることなく話し続ける

あっという間に終わるイギリスの夏

イギリスの夏は6月~8月の3カ月とされている。しかし今年がそうであるように実際に「暑い夏」を実感できる日は数えるほどしかなく、あっと言う間に終了する。イギリスの一般住宅にはクーラーがないことからもその涼しさが伺える。時折猛暑日があるものの、「数日のこと」と思えばクーラーなしでも耐えられるし、近年、飲食店はクーラーが完備されているので、あまりに暑い日はクーラーがあるカフェやパブに逃げ込めばよい。お金をかけて自宅にクーラーを設置するほどでもないのである。

1年の大半を「寒い寒い」と思いながら暮らしている人々。だからこそ太陽を求める気持ちが本当に強い。少しでも「夏っぽい」陽射しの日は、多少肌寒くてもノースリーブにショートパンツ姿で生き勇んで公園に繰り出す。全身くまなく太陽にさらすべく、芝生に寝そべるのだ。

「ちょっと夏っぽい陽射し」だった5月末の週末。長袖でないと寒いのだが、多くの人がノースリーブ。水着姿の人もいたほどだった。

とにかく太陽大好き・日焼け大好きな人々なので、「美白」と言う言葉は美容コンシャスでなければ知らないし、話題にも上らない。日焼けが怖くて帽子とUVマスクが手放せない私だが、友人たちは「こんなに太陽を浴びられる日なのに、なぜハナコはマスクなんてしてるの?」「もったいない」と不思議そうなまなざしを向けられる。

夏のホリデーの行き先も、皆、大抵暑い国を選ぶ。イギリス人は田舎が好きなので、夏に湖水地方やデボン州のホリデーハウスを借りて過ごす人もいるにはいるが、短く涼しい夏では満足できない多くの人は、さらなる太陽を求めてスペインやイタリアの島々、またはアフリカに行きたがる。「1年に一度はカーッと汗をかきたい」「水の冷たさを気にせずビーチで泳ぎたい」という願いは、イギリスの夏では安定的にかなえられない。夏のホリデーは料金的には高額だが、イギリス人はホリデーのために生きている人々なので、皆こぞって「日差しが強そうな場所」に大金をかけて向かうのだ。

ホリデー帰りのこんがり日焼けした姿は「夏を満喫した証拠」であり、勲章のようなもの。必死で日焼けを避けている私の努力はこの国では一切理解されないのである。

夏を最大限に楽しむための方法を熟知

陽射しも弱く、気温も低めのイギリスの夏だが、矛するようだがイギリスの夏の美しさは格別だ。

まず、緑の美しさは例えようがない。5月になると、木々は勢いをもって萌え出す。6月にはバラが咲き乱れ、他の花々も追いかけるように開花し、緑の色は日ごとに濃くなる。公園や森に一歩踏み入れれば自然の息吹にすっぽりと包まれるし、庭の緑も少し手をかけないと、すぐにうっそうとしてしまう。こんなに涼しい国なのに、自然は夏の到来を忘れないものなのだと毎年感激するほどだ。

夏は「ベリーの季節」でもある。公園や道端のちょっとした茂みでブラックベリー摘みができる。

「涼しい夏」は「日差しが柔らかい」ことを意味し、加えイギリスの夏は乾燥しているので、肌の触れる空気はさらっとして気持ちが良い。イギリスの夏は陽が長く、21時過ぎまで明るいのもポイントだ。寒さを忘れて縮こまった背筋を伸ばす。目に染みるほどの緑、優しい木漏れ陽、草木の香り、爽やかな風を存分に楽しむ。それがイギリスの夏なのだ。本当に短い期間だからこそ、夏のすべてを1分1秒でも長く味わっていたいと思うのは当然のこと。

イギリス人はこうした夏の自然の恵みと美しさを存分に享受すべく、楽しみ方を長年に渡り構築してきたのだろう。できるだけ野外で「長く」「楽しく」過ごす術を体得している。

公園で行われる野外イベントには多くの人が集まる。

多少寒くても「夏」を感じられる場所にいたいので、夏季のカフェやレストラン、パブは野外席から埋まっていく。

小雨降る日のパブの野外席。寒いのに全席予約済だった。
内装が素敵なレストランなのに、夏は歩道際の小さなテーブルが大人気。

そして夏のパーティーの定番は、自宅の庭で行うバーベキューだ。「今日天気が良いから、庭でバーベキューやることにした。予定なかったら来てね」と、突然お誘いを受けることも多い。行ってみると、「今日になってから計画したってホントなの?」と思うくらい手馴れている上に、完成度の高いパーティーが多い。何度経験しても毎回心底感服する。

この手のパーティーは、まだ陽が高い夕方早めの時間(午後4時ごろ)から始まるのが一般的だ。バーベキューセットはもちろんのこと、ガーデンテーブル&チェア、パラソル、(バーベキューとは別に、暖房用の)たき火用ピット、ブランケットなどは庭付きの家には大抵揃っているし、組み立てや準備も手慣れているので一瞬で終わる。

昨年の夏に呼んでもらったガーデンパーティー。たき火必須の寒さだったが、夜が更けるまで室内に入った人は誰もいなかった。

主催者は当日スーパーに行き、バーベキュー用の食料を買い込む。肉や魚は自分でマリネすることもあるが、スーパーではこの時期、バーベキュー用の商品を大量&多種類売り出す。だから、すでにおいしくマリネしたものを買えばそれで済むし、「買って並べるだけ」で済むおいしいおつまみ系も安価で売られている。

そして、ドリンク類はありえないほどたっぷり準備する。正直、イギリスのガーデンパーティーは、食べ物よりもお酒がふんだんにあるかどうかで満足感が異なると言っても過言ではないだろう。とにかく「長く」「外」でパーティーを続けたいので、食事が終わった後の方が長いからだ。夜が更けてもたき火で暖を取りつつ、長時間、たわいものない話をしながら飲み続け、いよいよ寒くなったら家の中に入り、温かい紅茶とケーキを食べて「おひらき」となる。

私なら「人を招く」と思うと緊張して、食料やお酒の買い出しの量に迷ってしまいそうだが、その辺、皆、本当に上手なのだ。いよいよ寒くなって家の中に入る時に皆で片付けをするが、その手順も皆分かっているのであっという間に終了する。食器類はすべて食洗器に入れ、綺麗に片付けたところでほっと一息。濃い紅茶と甘いスイーツで酔いをさまし、帰宅となる。

数年前に参加した、バラが咲く庭でのパーティー。

パーティーの最後に必ず皆で話すのは「こんなパーティー、あと何回この夏できるかな?」ということ。毎週末でもパーティーをして夏を楽しみたいけれど、イギリスの夏があまりに短いことを皆、痛いほど知っている。楽しいパーティーだったらそれだけ、宴の終わりにはちょっとしんみりしてしまう。

8月にまた暑くなるだろうか・・・?

地球温暖化の影響を受け、イギリスの平均気温も上昇している。しかし温暖化を常に実感しているかというとそうでもない・・・というのが現場の感覚だ。昨年7月には42度という驚異的熱波が2日間続いたものの、その翌日には23度にドンと落ちたことが記憶に新しい。「今年は暖かいな」と思った翌年に冷夏や極寒の冬が来たりするので、「寒いイギリス」は依然として健在だ。

「寒い夏」のあおりを受け、今年はまだ一度もガーデンパーティーにお呼ばれしていない。7月初旬に参加したパーティーは当初の予定は庭でバーベキューだったものの、あまりの寒さにインドアパーティーに変更になってしまったのだ。

私はどんなに寒くても「冬が好き」と言い続けている性根の入った冬好きだが、そんな私でさえ今年の夏は待ち遠しかった。そして、友人宅のガーデンパーティーも例年以上の熱量で楽しみにしていた。それだけに、このまま夏が終わってしまうかも?と思うと寂しくて仕方がない

爽やかで美しく、キラキラしたイギリスの夏。この記憶をしっかり刻み込むからこそ、長い長い冬を耐えられるというイギリス人の気持ちを、年は自分のものとして感じている。

夏はラベンダーの季節でもある。

今、皆が願っているのは「8月に一瞬でもいいからまた夏日が戻ってほしい」ということ。天気予報を見る限り、当面はこのまま涼しい日が続く見通しだが、もしまた夏日が戻ってきたら、そのときのイギリス人の狂乱ぶりは目に浮かぶ。

8月末には短い秋がやってきて、すぐに冬に突入してしまう。その前に私も「今年の夏『も』美しく、楽しかった」という思い出をしっかり作りたい。まだ予定はないのだが、今から「暑い日のガーデンパーティー」が楽しみで仕方ないし、実現したら久々に羽目を外してしまいそうで恐ろしい(笑)。今はその日を待ちわびつつ、パーティーに一品持ち寄る料理を何にしようか?と考えながら過ごしている。

宮田華子
文・写真:宮田華子(みやた はなこ)

ライター/エッセイスト、iU情報経営イノベーション専門職大学・客員教授。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。

連載「LONDON STORIES」

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