知ってるようで知らない、ウィキペディアの歩き方【北村紗衣】

多くの方の調べものに役立っているオンラインの大事典「ウィキペディア」。「便利だな」と思いはしても、それ以上深く、その存在意義まで考えたことがある方は少数派かもしれません。どうせ使うなら、その本当の姿をよく理解して使いたい――ウィキペディアの執筆者・編集者のお一人である北村紗衣さんに、本連載で詳しく教えていただきます。

ウィキペディアンによる新連載がスタート

皆さま、お久しぶりです。少し前までこちらのウェブサイトで英語とカルチャーに関する連載をしておりました北村紗衣です。先日、この連載に書き下ろしを加えた『英語の路地裏~オアシスからクイーン、シェイクスピアまで歩く』をアルクから刊行しました。私が大学で作って実際に出題された英語の長文入試問題を作問者が解説するという企画も入っていますので、ご興味のある方はぜひ、手に取っていただけますと幸いです。

本記事から始まる連載は英語の話題ではなく、ウィキペディアの話題を扱います。私は2010年から「ウィキペディアン」として活動しています。「ウィキペディアン」というのはウィキペディア用語で、ウィキペディアで編集活動をする人を指しています。この連載では、ウィキペディアについて皆さんが知っているようで知らないことをいろいろと取り上げて書いていきたいと思います。

そもそもウィキペディアってなあに?

ウィキペディアは「信頼されるフリーなオンライン百科事典、それも質・量共に史上最大の百科事典を、共同作業で創り上げることを目的とするプロジェクト」です。誰でも参加でき、誰でも読むことができる無料の百科事典です。検索すると上のほうに出てくる、いろんなことが書いてある知識サイト・・・と思っている方も多いかもしれないのですが、平凡社から出ている『世界大百科事典』とか小学館から出ている『日本大百科全書』とかと同じで、いわゆる百科事典です。経済的・地理的な条件のせいで情報へのアクセスが限られている人にも無料でできるだけ質の良い情報を提供しようというプロジェクトがウィキペディアです。

ウィキペディアは「ウィキ」(Wiki)+「エンサイクロペディア」(Encyclopedia、百科事典)をくっ付けた言葉です。「ウィキ」というのはいろいろな利用者がブラウザから編集できるシステムを用いたウェブサイト一般のことで、ウィキペディアはウィキを利用したウェブサイトの一つです。ウィキペディアを「ウィキ」と略して呼ぶ人がいますが、これは実は正しくありません。「ウィキ」というのは情報共有サイトなどで非常に広く使われているシステムで、ウィキペディア以外にもいろいろあります。

ウィキペディアはウィキのシステムを使っているので、誰でも書くことができます。ただし利用者アカウントを取得して書くことが推奨されており、私は「利用者:さえぼー」というアカウントを持っています。アカウントを取得して記事を書くと、それまで書いた記事の履歴などが全てアカウントにひも付けされるため、どういう分野で活動しているウィキペディアンなのかがコミュニティ内で分かるようになります。

コミュニティって何?

パズルグローブはウィキペディアのロゴです。

上で「コミュニティ」という言葉を使いましたが、ウィキペディアは基本的に言語版ごとのコミュニティで運営されています。アメリカ合衆国にウィキメディア財団という組織があり、ここはウィキデータやウィキメディア・コモンズなど、ウィキペディアのみならず、さまざまなプロジェクトを統括しています。しかしながら、ウィキメディア財団が関わっているのはサーバの管理や訴訟などの技術的・法的な事柄や、各プロジェクトの理念に関わる大きな事柄だけで、各サイトの運営は無給のボランティアからなるコミュニティで運営されています。

じゃあその「コミュニティ」には誰が入ってるの?という話ですが、誰でも参加できます。「これからこの言語版のウィキペディアコミュニティに入ります」というような手続きは一切なく、記事を書いたり、技術的なサポートを行ったりするうちにコミュニティになんとなく入っていくのが普通です。実はウィキペディアには、記事がある「標準名前空間」と呼ばれる場所だけではなく、それぞれの記事についての議論をするためのノートとか、運営に関する文書が置かれている場所とか、いろいろな空間があります。活動的なウィキペディアンは記事をいじるだけではなく、そういうところで運営に関する議論を行っており、これを通じて緩いコミュニティができます。ウィキペディアのコミュニティというのは、いつのまにか見かけるようになった人もいれば、知らないうちに抜けている人もいる・・・というような距離感のところです。

このため、各ウィキペディアには責任者はいませんし、明確な組織もありません。チャプターと呼ばれる組織がある地域もありますが、日本には今のところそれもありません。管理者はいますが、これはコミュニティの投票で選ばれて特定の権限を与えられたベテラン利用者で、主にウィキペディアの規則に従ってサイトの管理業務を行います。特に何か権力があるような立場ではありません。

ではいったいその「規則」なるものはどうやって決まるのか・・・ということですが、これはコミュニティの議論で決まります。記事を削除するかどうかとか、新しい規則を作るかどうかとか、メインページに設置する良い記事に何を選ぶかとか、そういったことは全てコミュニティメンバーの議論や投票で決まります。こういう議論や投票は参加したい人が興味のあるところに参加しているので、みんなで一斉に何かしないといけないというようなものではなく、自発的に参加し、自発的に辞めるものです。

私がウィキペディアを始めたきっかけ

では、私は一体どうしてウィキペディアコミュニティに入ったのか・・・ということですが、最初はコミュニティなどということは何も考えずウィキペディアを編集していました。2010年に編集を始めているので、ウィキペディアン歴13年ということになります。最初は編集方法もルールもさっぱり分からなくていろいろ大失敗しましたが、見よう見まねでだんだんと覚えました。

本格的にウィキペディアを編集するようになったのは、企業の給与奨学金で留学し、だいぶ英語ができるようになったことがきっかけです。奨学金でわざわざイギリスまで来ているのだから、多少は社会に還元しないと・・・と思って、英語版ウィキペディアの記事を翻訳したり、英語の資料を使って記事を書いたりすることを、社会貢献として始めました。2011年にちょうど「WAQWAQプロジェクト」というウィキペディア記事の執筆コンテストが行われ、それに参加してかなり記事の書き方を覚えたという感じです。

私は普段、大学でシェイクスピアを中心とするイギリス・アイルランド文学を教えていますが、英語の授業ではウィキペディアを取り入れたクラスプロジェクトをやっています。2015年から継続的にやっており、英語版ウィキペディアの記事を学生が日本語に翻訳し、日本語版ウィキペディアにアップロードするという内容です。

このプロジェクトの成果としては、2023年6月27日時点で289本の日本語版ウィキペディア記事を新しく作るか、既存の記事に大幅加筆するということをしています。

私がウィキペディアコミュニティで認知されるようになったのは、大学でのこのプロジェクトがきっかけでした。これが他のウィキペディアンに知られるようになり、イベントやエディタソンなどに呼んでもらって他のウィキペディアンと知り合うようになりました。

ウィキペディアンが実施するイベントとは?エディタソンって何?と思う方もおられるでしょう。最初は私もよく分かりませんでした。これについては次回の記事でのお楽しみ、ということにしたいと思います。

北村紗衣
北村紗衣

武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。著書に『 シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち──近世の観劇と読書 』(白水社、2018)、『 お砂糖とスパイスと爆発的な何か──不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門 』(書誌侃侃房、2019)他。2023年6月に新刊『英語の路地裏 ~ オアシスからクイーン、シェイクスピアまで歩く』 を上梓。
ブログ: https://saebou.hatenablog.com/

本文写真:Gerd Altmann from Pixabay

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