紅茶だけではない?実は「コーヒーの街」でもあるロンドン

イギリスと言えば紅茶の国。そう思っている方も多いのでは?それは間違いではありませんが、今はコーヒーを好む人も増えているのだとか。ロンドン在住のライター、宮田華子さんに、現地の様子を伝えていただきます。

本格的なコーヒーを楽しめる街

イギリスと言えば「紅茶」を思い浮かべる人が多いだろう。確かにイギリスは紅茶の国だ。スーパーに行けば、かなりのスペースを取ってさまざまなブランドの紅茶が販売されている。この国において、紅茶はお高くとまった飲み物ではなく、普段着&日常の飲み物であることは、こちらの記事に書いた通りだ。

しかし「イギリス=紅茶の国」を強く期待する人には申し訳ないのだが、実はイギリス人はコーヒーも大好きなのだ。特にロンドンは「コーヒーの街」と言っても過言ではないほど、どこに行っても本格的なコーヒーを楽しめる。コロナ禍直前にロンドン旅行に来た友人が「紅茶漬けの日々を過ごしたくて遠路はるばるやって来たっていうのに、ロンドン中コーヒーショップ だらけ。これってどういうこと!?」と笑いながら嘆いていたが、まさにその通りの風景が広がっている。

しかしロンドンは「昔からずっとコーヒーの街だった」わけではない。この20年で一気にそうなったのだ。これは私が来英した時期とちょうど重なるので、「生き証人」と言うほどのことではないけれど、私はロンドンが現在のような「コーヒーの街」になる過程を一通り見てきたことになる。

コーヒーは「外で買うちょっとぜいたく品」だった黎明(れいめい)期

私が来英したのは2000年代初頭だが、最初の数年間、ロンドンの大通りにチェーン系カフェが増えていく様子を見て過ごした。スターバックスコーヒー(以下「スタバ」と表記)がイギリスに初進出したのは1998年であり(ロンドン・チェルシー店が第1号店)、後にチェーン展開に成功した英系資本カフェ(「Caffè Nero」や「Pret」、日本にも進出した「Costa」など)の幾つかも2000年以前に誕生済みだったが、こうした店舗が一気に数を増やしたのがこの時期だった。こうした店にも紅茶はあるが、主軸は深いりイタリアン・エスプレッソで作るコーヒーだ。

当時スタバはやや高めの値段設定だったと記憶しているが、他のチェーン系はアメリカーノもカプチーノも1杯1ポンド台(現在のレートで200円程度)と安く、いつ行っても安定したおいしさを提供していた。人と会う際、パブよりチェーン系カフェで会った方が断然安かった。当時の私を含め、お金のない若者たちはコーヒー1杯で何時間も粘れるこうした場所が、本当にありがたかった。

2004、05年ごろ、「今、ロンドンでコーヒーがトレンドだよね」と人々が認知する程度にコーヒー&カフェ周辺はブームだった。しかし、今思うとこの頃は、まだ紅茶とコーヒーの「すみ分け」がしっかりされていた時期だった。当時、コーヒー(アメリカーノ、カプチーノ、カフェラテなど)は「外で買うもの」だった。朝、会社に行く道すがらカフェやコーヒースタンドに立ち寄り、「朝1杯目」のコーヒーをテイクアウトする。そんな人たちで早朝のコーヒーどころはいつも混んでいた。しかし家や職場の給湯室で「自分で入れて飲むお茶」は圧倒的に紅茶だった。つまり「コーヒーは外で買う&飲むもの」「紅茶は家や職場で自分で入れて飲むもの」というすみ分けがあったのだ。

1992年創業、チェーン系カフェ「Caffè Nero」。

しばらくはこの「すみ分け」が継続していた。しかしチェーン店の普及によりおいしいコーヒーの味を覚えた人々が、「家でもおいしいコーヒーが飲みたい」と思うのは当然である。家庭用コーヒーマシンがクリスマスプレゼント用の人気商品となり、2012年には「ネスプレッソ」の旗艦店もロンドンに誕生。カプセル式のコーヒーマシンが一気にロンドン&イギリス中に拡散した。それまでオフィスに常備されたコーヒーはインスタントが定番だったが、この時期にコーヒーマシンの企業導入も進んだ。イギリスではネスプレッソのマシンで使える「互換性カプセル」や、ネスプレッソ以外のカプセル式マシンの登場も早かった。

この頃、どの家庭に行ってもなんらかのコーヒー機具・機器を見かけるようになった。以前だったら「Do you want to have some tea?(紅茶はいかがですか?)」と聞かれたところが、「Tea or Coffee? Which do you prefer?(紅茶とコーヒー、どちらがいいですか?)」と聞かれるようになった。わが家がマキネッタ(直火式エスプレッソメーカー)を導入したのも、思えばこの時期だった。

わが家はマシンではなく、マキネッタを使用してコーヒーを入れている。2杯用から始まり、現在は3代目の「6杯用」を使用中。

しかし、おいしいコーヒーが家で飲めるからといって、人々の心が紅茶から離れたわけではない。コーヒーと紅茶、「どちらも大好き」な人は多いので、現在もなお、(特に家庭や職場での)紅茶とコーヒーの共存は続いている。

ガツンと濃く出る紅茶の定番「PG Tips」。ティーバッグ1100個入りの大袋はオフィスでよく見かける。

スペシャリティーコーヒーの定着→おしゃれなカフェ乱立時代へ

次の進化もすぐにやってきた。コーヒーの味にこだわり出した人々に、主にニュージーランドやオーストラリアからやってきた「スペシャリティーコーヒー」のトレンドはピタッとはまった。やや高級なコーヒー豆を買う人も増え、道具にも凝り出した。「もう一歩先の味」を人々が求め始めたとき、カフェにも変化が見え始めた。

2010年代中ごろから、コーヒー・ギーク(おたく)と呼ばれる人たちや若い起業家たちが、トレンドセッターとして活気のあるロンドン東部を中心に次々とカフェを開店。その後ロンドン中に拡大していった。こうした店はインダストリアル風やアンティーク風、またはコンテンポラリーなどインテリアにも凝っており、そこで提供するのは店主が選んだとっておきのスペシャリティーコーヒーだ。それまではイタリア風の深いりが主流だったが、浅いりや世界から集めた珍しい豆、水だしなど、さまざまな味が楽しめるようになった。

この流れのカフェは、無料でWi-Fiや電源を提供し、ヴィーガンフードや代替ミルクも取りそろえていることが多い。プラスチック製のカップや備品を使わないなど、サステナブルへの意識が高い。基本カジュアルな店なので敷居は高くないが、コーヒー1杯の値段は決して安くない。しかし、居心地の良さから仕事や勉強の場所、ミーティングスペースとしても使われ、カフェは単なる「コーヒーを飲む場所」というよりも「空間」として支持されるようになった。つまりコミュニティーの中核を担う大切な場所になっていったのだ。

大好きなカフェ「Juliet Quality Foods」。ほんのり醗酵の香りがするコーヒーをフィルターで入れてくれる。

こうした店の多くが最初は個人経営だったが、成功と共にチェーン化している例もある。現在もこの流れが続いているので、スペシャリティーコーヒー系カフェはどんどん増え続けている。しかし大規模チェーン系カフェがなくなったわけではない。チェーン系(安さ、便利な場所にある、安定した味)とスペシャリティーコーヒー系の両方がそれぞれの長所を生かしてうまく共存している「カフェ百花繚乱(りょうらん)時代」に突入している。

世界最大のコーヒーイベント「ロンドン・コーヒー・フェスティバル」

こんなふうにコーヒーの街になったロンドンだが、2011年から開催されている世界最大のコーヒーイベント「ロンドン・コーヒー・フェスティバル」も年々規模を拡大している。コロナ禍で開催できなかった2020年を除き、毎年1回開催されている。

昨年開催の「London Coffee Festival」の動画。ロゴ入りエコバッグも人気。

開催期間4日間(木~日)のうち、最初の2日間は「トレーダー専用」で、業者同士のトレードやセミナーが中心。週末は一般ビジターを中心に、おいしいコーヒーとドリンク周りのカルチャー全般が分かるイベントとして好評だ。

バリスタコンテストの会場で(2021年撮影)。
焙煎所がミニブースを出しているエリア。自慢のコーヒーを試飲させてくれる(2021年撮影)。

ここ数回の開催では、コーヒーのおいしさはもちろんのこと、容器のサステナブル化とヴィーガン(フードと代替ミルク、カフェで出しているドリンク類)関連のブースが多く出展している。個人的にはコーヒーを飲みながら、飲食周りのSDGs事情を一気に情報収集できるのもうれしい

おいしいコーヒーマティーニを飲み、ほろ酔いでブースを巡るのも楽しい。

まとめ

ロンドンについて「紅茶の街」と言われるたびに、「う~ん、コーヒーの街でもあるのだけれど」と思い、「すっかりコーヒーの街だね」と言い切られても「でも紅茶もみんな大好きなのよね」と抵抗を感じる——そんな10数年を過ごしてきた。それだけに、コーヒー周りの20年についてこの場で書けて、本当にうれしい(EJさん、ありがとうございます)。

そして「コーヒー、紅茶、どちらもおいしい街」であることが、長年暮らすロンドンの心地よさと楽しさにつながっていると強く思っている。

かくある私もコーヒー&紅茶両党だ。朝は濃いコーヒーで目を覚まし、午後は主に紅茶を飲んでいる。今日この原稿を書くにあたっては、PC持参で近所のカフェに来て仕事をしている。

先ほど2杯目のコーヒーを注文したとき、店主に「もうすぐアップルクランブルが焼きあがるよ」と言われた。今、まさに甘い匂いが店内に漂っている。香ばしいケーキとコーヒー・・・おいしくないわけがない。この店のケーキは味の素晴らしさだけでなく、ボリュームも満点。カロリーも天文学的に高そうだ。薄着になる季節を前にぐっと我慢したいところだが、「もうすぐこの原稿も書きあがるし」「この店のコーヒーに合いそう」と思っている段階で、すでに誘惑に負けそうだ。そんなことを考えつつ、2杯目のコーヒーをすすっている。

宮田華子
文・本文写真:宮田華子(みやた はなこ)

ライター/エッセイスト、iU情報経営イノベーション専門職大学・客員教授。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。

トップ画像:Kentaro Toma from Unsplash

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