アルク新刊『英語力の核心』著者、ショーン川上さんに話を聞くインタビュー第3回!今回は、「AI」をテーマの軸としてお話を伺いました。AIが英文を整えてくれる今、英語学習の意味はどう変わるのか。ショーンさん自身の活用法も交えながら、「AI時代にこそ必要な力」の輪郭を探ります。
目次
AI時代、ビジネスパーソンに求められる力とは
――本書『英語力の核心』には、生成AIやデジタルツールを活用した学習法もたくさん盛り込まれています。AIが進化し続ける時代において、ビジネスパーソンに求められる英語力やコミュニケーション力は、どのように変化しているのでしょうか?
この話、ちょっと長くなりそうですが、お時間大丈夫ですか?(笑)
最近、海外事業に関するコンサルティングを依頼いただく際の、ステージと要件が劇的に変わってきたことに驚きます。その昔、特に中堅以下の規模の日本企業の場合、自分で言うのも大変おこがましいのですが、「外国語ができるコンサルタント」であることそのものに価値がありました。従って、ご用命いただくのは多くがプロジェクトの初期、海外事業が「まさにこれから」というステージでした。
しかし、特にこの数年で感じるのが、お声がけをいただいた時点でプロジェクトは相当進んでおり、「『外国語ができるコンサルタント』としてお金をいただける」はるか先のステージであることが多くなったということです。「外国企業との契約」ではなく「契約更新時のIP(知的財産権)の取り扱い再交渉」。「海外に子会社を設立」ではなく「海外の子会社・関連会社の統廃合」。「海外の株式市場に上場して資金調達したい」ではなく、上場準備は全て整っており「上場前後のIR戦略立案」でのご相談――といった具合です。
「よくここまで御社のスタッフだけで進めてこられましたね。英語ができる方が結構いらっしゃるのでは?」と聞くと、その会社に英語ができる人は1人もいない、というケースも少なくないため驚きます。
つまり、「英語ができる(かどうか)」という参入障壁、あるいはアドバーテージは、ビジネスの現場ではすでに相当程度崩れているのです。そしてAIは、その流れをさらに加速させています。
ある研修で30人の参加者に実験をしてもらいました。まず、自分が過去に実際に送った英語のビジネスメールを、ChatGPTへ「よりプロフェッショナルに直してください」と指示して入れてもらいます。出てきたメールの文面を見て、30人中29人が「確かにきれいになった」と言いました。
次に、その30人分のメールを参加者に見せ、「誰が書いたか分かりますか?」と聞くと、返事は全員「分からない」。30人が出した30本のメールが、ほぼ同じような英語になっていた。同じ構文、同じ語彙、同じトーン。部屋がしばらく静かになったのですが、これはAIが「人間性」を消してしまった静寂にも感じました。
――確かに、AIにメールを添削してもらうと、完璧過ぎたり丁寧過ぎたりして、逆に“ロボットっぽさ”や不自然さを感じることがありますよね。
もちろん、しっかりプロンプト(指示)を入れれば「人間性」さえも一定程度は表現するわけですが……。「きれいになった」と「伝わるようになった」は、まったく別の話です。そしてこの静寂の意味は、今アメリカの大学で起きていることと、実は根が同じだと思っています。
AIが代替できないものは何か
――というと……?具体的にどのようなことか教えていただけますか。
今、アメリカの、いえ、きっと世界中の教育現場でも起きているはずの、「不毛なAIとの戦い」です。
2023年4月、カリフォルニア大学デービス校(以下、UC Davis)の政治学専攻の学生エリン・スタイバーズが、最高裁判例をまとめたレポートを提出した数時間後に、教授からメールが届きました。Turnitin(ターンイットイン/レポートや論文の剽窃(ひょうせつ)・盗用をチェックする世界的なオンラインツール)が「AIによる文章」と判定した、という内容でした。スタイバーズはそのとき自分の部屋で「パニックになった」とRolling Stone誌に語っています。なぜなら、彼女はAIを使っていなかった。
同じ頃、UC Davisの別の学生ウィリアム・クォーターマンは、歴史の試験でGPTZero(AI生成テキストの検出に特化したツール)に「AIが書いた」と判定され、大学の名誉委員会に呼び出されました。パニック発作を起こしながらも審問に臨み、最終的には無実が証明されました。
――ちゃんと調査や勉強をして自分で作成・解答したレポートや試験が勝手に誤ったAI判定をされるなんてゾッとします。
これは例外的な話ではありません。Turnitinは2023年末の時点で7000万本以上の課題をスキャンしています。同社が認めている誤検知率は4%――アメリカの大学生220万人に当てはめると、年間8万8000人の学生が、やっていないことで疑われる計算になります。
スタンフォード大学の研究チームが2023年に発表した論文では、さらに不穏な事実が明らかになりました。7種類のAI検知ツールをテストしたところ、非英語圏の留学生の文章を「AIが書いた」と誤判定した割合が61%にのぼった。英語ネイティブの文章ではほとんど誤検知が起きなかったのに、です。ジョンズ・ホプキンス大学の教授テイラー・ハーンは同時期に、Turnitinが留学生の論文を90%以上「AI判定」するケースを複数目撃し、すべて誤検知だったと確認しています。
学生側も黙っているはずはありません。「Undetectable.ai」「MegaHumanizer」「Word Spinner」など、AIが書いた文章を「人間らしく」偽装する“Humanizer AI”が次々と生まれ、学生向けに堂々と広告を打っています。MegaHumanizerのサイトにはこう書いてあります――「Harvard、UCLA、UT Austin、4000以上のアメリカの大学でTurnitinをパスする」と。
そしてTurnitin側は検知アルゴリズムを更新し、Humanizer側はさらに巧妙になり――この追いかけっこは今も続いています。ちなみにOpenAIは自社のAI検知ツールを2023年に廃止しました。理由は「精度が低すぎる」から。作った本人が匙を投げてしまったわけです。
私たちは今、何と戦っているのか
――なんだか、便利であるはずのAIによって「教授・大学 VS 学生の戦い」が生まれてしまったように思えてきてしまいます……。
教授が守ろうとしているのは「学生が自分で書いた」という証拠です。でも、なぜ「自分で書く」ことに価値があるとされてきたのか。書くプロセスの中に、考えるプロセスが宿っているからではなかったか。書きながら矛盾に気づき、言葉を探しながら自分の考えが整理されていく、その回り道に学びがある。AIが「書く」ことを肩代わりした瞬間に失われるのは、アウトプットの品質ではなく、そのプロセスです。きれいな論文が出てくる。でもその学生の中には何も残っていない。研修室であの30本のメールが同じ英語になったとき、失われたのも同じものです。
Humanizer AIの存在が特に象徴的だと思っています。「人間らしい文章」を生成するためのAI――これはつまり、「人間らしさ」とは模倣可能なパターンの集合に過ぎないことを、AIが証明してしまっています。
では、模倣できない「人間らしさ」とは何か。ここで、OECD(経済協力開発機構)が2019年に発表した「Learning Compass 2030」というフレームワークをご紹介します。加盟国の教育省、研究者、教師、企業、そして生徒自身が参加して作り上げた、教育目標の再定義です。そこで彼らが言ったのは、一言で表すならこういうことです。
「何を知っているか(what students know)ではなく、知っていることで何ができるか(what they can do with what they know)を教育のゴールにする」
Humanizerが証明したのは、「『何を知っているか』『きれいな文章を書けるか』の部分は、もはやAIが完全に代替できる」ということです。Turnitinがどれだけ賢くなっても、Humanizerはさらに巧妙になる。この戦争に終わりがないのは、そもそも戦う場所が間違っているからです。
AIには決してできないこと
一方、英語ができるスタッフがいなくとも、確実に事業を前進させていける、たくましい日本企業の姿もある。
Learning Compass 2030が「変容的コンピテンシー(transformative competencies)」として定義した3つの柱があります。
- 新しい価値を創造する(creating new value)
- 葛藤・ジレンマを調停する(reconciling tensions and dilemmas)
- 責任を取る(taking responsibility)
これはそのまま、「Humanizerにできないことの正確なリスト」であり、「数少ないスタッフで海外事業を推進してきた日本企業がやってきたことリスト」でもあります。AIは答えを出せる。しかし「この答えを出したことに、私は責任を取る」とは言えない。対立する2つの正しさの間で判断を下し、その判断に自分の名前を刻むことができない。
日本のビジネスパーソンに引き寄せれば、この3つはさらに具体的な問いになります。AIが「知識・情報・定型的な分析」を肩代わりした後、人間に残る仕事はこの3つです。
- 問いを立てる力(Problem Framing)――何を解くべき問題として設定するか
- 判断軸・価値観(Ethical & Strategic Judgment)――どの答えを選ぶかの根拠を持てるか
- 他者と協働して意味づける力(Sensemaking / Communication)――その判断を人間の文脈に着地させられるか
「Excelの使い方」を教える研修は、もうすぐAIが全部やってくれるかもしれません。しかし、「財務モデルのどのデータを見て、何の価値基準をもとに何を判断し、誰にどのように伝え、利害調整し、協力または自己責任で決断、行動するのか」――そこに人材育成の投資価値が出てくるはずです。
「知識を教える場」から「判断軸と価値観をインストールする場」へ。OECDが国家レベルで問い直したことを、日本の企業はまだほとんど問い直していない。Humanizerを使う学生を笑っている場合ではないと思っています。
本の中で、論理的思考能力、ロジックが大事といいながら、だらだらと長く話しをしてしまいましたが、お伝えしたかったことが伝わればうれしいです。
AIは「完成させてもらう道具」ではなく「壁打ち相手」
――ありがとうございます。そうすると、私たちが英語学習にAIを使う際、どのようなことに気を付ければいいのかが気になります。
英語学習における具体的なAIの活用方法は本書で詳解していますので、ぜひご覧いただきたいのですが、ここでは少し違った視点からお話をさせて下さい。
「6色の帽子」というフレームワーク
エドワード・デ・ボノというマルタ出身の医師・哲学者をご存知でしょうか。「水平思考(Lateral Thinking)」の提唱者として知られ、1985年に出版した『Six Thinking Hats』という著作は世界中のビジネス現場で使われています。これは、6色の帽子で思考の「モード」を意図的に切り替える、というフレームワーク。
白は、事実とデータのみで語る「客観モード」。赤は感情、「直感モード」。黄色は楽観と可能性の「楽観モード」。緑は創造と発想を大事にする「クリエイティブモード」。青は全体の整理という「俯瞰・調整モード」。そして黒い帽子が、批判的思考、リスク、「なぜこれはうまくいかないか」を徹底的に掘り下げる「批判モード」。デ・ボノはこれを「devil's advocate hat」と呼びました。
AIは、この6つの帽子をかぶらせるのに、これ以上ない相手です。20代、30代なら怒られることもあるかもしれませんが、人間というのは年齢を重ね、徐々に社会的地位も上がってくると、怒ってくれる人がいなくなる。そのうち、自分の言動が正しいのか正しくないのか、フェアなのかフェアでないのか、分からなくなり客観性を失ってしまう。老若男女を問わず、批判的な視点を得る相手として、AIが最高の能力を発揮します。
例えば、こういうプロンプトはもったいない。
この英語メールを自然に直してください。
これは青い帽子(俯瞰・調整モード)です。きれいにはなる、でも自分は何も鍛えられない。同じメールを使って、こう変えるだけでまったく別のトレーニングになります。
このメールを受け取った欧米人の取引先の立場で読んでください。違和感を抱いた箇所、言葉が強すぎる・弱すぎる箇所、意図が伝わりにくい箇所を具体的に指摘してください。
あるいは、プレゼンの準備であれば、
〔×のプロンプト〕
この英語プレゼンを改善してください。〔○のプロンプト〕
あなたはこの提案に懐疑的な欧米人の役員です。Six Thinking Hatsを使って、このプレゼンの論理の弱点、数字の根拠として不十分な点、リスクとして見落としている点を、遠慮なく突いてください。
発言の練習であれば――
〔×のプロンプト〕
この日本語を英語にしてください。〔○のプロンプト〕
私はこれから会議でこの意見を言おうとしています。欧米人のシニアマネージャーとして、この発言のどこに反論したくなるか教えてください。その上で、反論されにくい言い方を一緒に考えてください。
違いはシンプルです。×の方は、「AIに完成させてもらう」プロンプト。○は「AIを壁打ち相手にする」プロンプトです。前者はAIが育ち、後者は自分が育ちます。
AIに「ストレステスト」をさせる
――これまでは×のプロンプトばかり打って、「自分が鍛えられるか」というのはなかった視点なのでとても参考になります。
私は、AIに「ストレステスト」もさせています。ストレステストはもともと金融の言葉で、銀行や投資ファンドが「最悪のシナリオが来たとき、自社は耐えられるか」を検証するために使います。リーマンショック後にFRB(連邦準備制度理事会)が大手銀行に義務付けたことで広く知られるようになりました。批判耐性試験ですね。企業の財務シナリオだけではなく、あらゆる文脈でストレステストは重要です。
私が実際に行った、AIによる座談会、ストレステストを少しだけご紹介します。
企業の投資家向けプレゼン資料、あるいはその前提となる経営計画、IR(投資家広報)用プレスリリースなどの資料を精査するというプロセスです。ここで6色帽子のストレステストを使います。
やることはシンプルです。作成した資料をAIに渡して、「以下のメンバーで2時間の資料検討座談会を開いてください。6色帽子フレームワークを使って、それぞれの立場から徹底的に議論し、議事録と改善点をまとめてください」と指示する。実際のプロンプトはもっと詳細なのですが、まずはこれで十分動きます。
招聘するメンバーは例えばこういう構成です。
【投資家サイド(仮名)】
- デイビッド:北米拠点・AUM5,000億円超のグローバル機関投資ファンド
- マリア:欧州拠点・ESG重視型SRIファンド
- ケンジ:アジア拠点・セクター特化型ファンド
- 佐藤:国内大手ベンチャーキャピタル マネージャー
- 木村:国内大手上場事業会社 IR担当部長
- 田中:日系富裕層・個人投資家 ほか
【規制当局サイド】
- SEC企業金融部(開示情報の適切性)
- SEC会計監査室(会計基準・監査)
- SEC執行部(潜在的リスクの監視)
- 金融庁企業開示課(日本法に基づく開示)
- 証券取引等監視委員会開示検査課(開示書類の正確性)
- 財務省外国為替市場課(外為法遵守)ほか
(SEC:Securities and Exchange Commission 米国証券取引委員会)
これで何が起きるか。
投資家は「WACC(加重平均資本コスト)が甘すぎる」と言い、規制当局は「経営計画についてだが、Forward-Looking Statements(将来予測情報)として出すこと自体は認める。ただしSafe Harborの要件、つまり根拠の明示、リスク因子の開示、免責表示、これらを満たさなければ保護しない。満たさずに出したなら、Rule 10b-5(虚偽・誤解を招く開示の禁止)違反として執行部が動く」と指摘する。ESG投資家は「サプライチェーンの開示がない」と言う。全員が同じ資料を、まったく異なる帽子で判断し、統合的な洞察としてアウトプットしてくれます。
これは「想定読者、また様々な利害を持つ関係者を全員部屋に呼んで、同時に意見を聞く」という作業です。これだけのメンバーを集め、会議室を用意し、2時間議論させることを考えてください。どれだけの時間とコスト、手間がかかるでしょうか。AIならば10分程度で、しかも議事録までまとめてくれる。今、思い立った瞬間にできるわけです。
このAI座談会は、広く出回る自分で書いた英文に対してでも結構ですし、新たなビジネスアイデアの検討、社内に提案する業務改善案、ビジネスでなくとも誕生日パーティーのアイデアや旅行の計画まで、あらゆる場面で使えます。
6色の帽子、「Six Thinking Hats」の本来の力は「一つの問題を、異なる思考モードで立体的に見る」ことにあります。AIはその「異なるモード」を、異なる人格として同時に走らせることができる。デ・ボノが1985年に想定していなかった使い方が、今は目の前のPCで実現できるわけです。
――こんな高度な、頼れるパートナーのような使い方ができるんですね。
ただし、ここは声を大にして強調しておきたいのですが、これで専門家への意見聴取や人間の会議が不要になるわけではまったくありません。
AIのストレステストが炙り出すのは、重要な論点とその整理です。しかしそこから先は、人間にしかできない仕事が始まります。
どの論点を優先するか。それは「データによる」ではなく、意志としての経営判断です。このリスクをどう伝えるか。それは文章の問題ではなく、相手との関係性と信頼の問題です。この投資家がなぜその懸念を持つのか。それは財務分析ではなく、その人間の背景と価値観を読む作業です。そして最終的に「この資料に自分の名前を載せる」という行為。それは責任の引き受けであって、AIには永遠にできないことです。AIは責任を取れない。
AIは「何が問題になり得るか」を教えてくれます。しかし「その問題とどう向き合うか」は、あなたが決める。AIは「この表現はリスクがある」と言います。しかし「それでもこの想いは、この表現で伝えたい理由がある」と言えるのは、あなただけです。
AIが行うのは「本番の質を高めるための事前準備」です。AIによる事前検証を徹底的にやった上で臨む実際の会議は、質が根本的に変わります。「この論点はすでに想定済みです」という状態で議論に入れる。議論が深くなる。時間が有効に使える。AIは人間の会議を不要にするのではなく、人間の会議をより価値あるものにするための道具です。
「AIがあるから英語はいらない」は本当か
――AIの使い方はもちろん、向き合い方をも変わるお話をありがとうございます。一方で、「AIがあるから、今さら英語も勉強も必要ないのでは」という声もあります。
あるコーチングの場で、参加者の1人がこう言っていました。「ChatGPTを使い始めてから、英語への自信がなくなった」と。毎回自分の英語を修正され続けることで、「自分の英語は全部間違っている」という感覚が積み上がっていった、というのです。AIがうまくなっているのであって、その人の英語がうまくなっているのではありませんからね。
ただ私が本当に心配しているのは、自信の問題よりもっと実務的なリスクです。
今後AIはさらに進化するでしょう。10年後、20年後の未来、AGI(Artificial General Intelligence/汎用人工知能)、ましてやASI(Artificial Superintelligence/人工超知能)の世界がどうなっているのか、想像もできません。しかし、AIは必ず誤作動、ハルシネーション(AIが、いかにも事実のような虚偽の回答・情報を生成する現象)を起こします。
英語への翻訳が一番わかりやすい例ですが、AIが出してきた英文のどこかがおかしい、あるいは自分のニュアンスと微妙にずれている。この判断は誰がするのでしょうか?英語力がない人は、その良し悪しを判断できません。判断できないまま発信、共有、拡散してしまう。そして自分でも想定していない誤解が生じ、トラブルになったとき、その責任はユーザーであるあなたが負うことになります。AIベンダーに損害賠償請求してもいいのですが、一生を捧げる裁判になるでしょう。
――確かに、「おや?」と思って確認すると明らかな誤りだったというケースもしばしばあり、そのまま使ったり相手に見せたりしなくてよかった、と肝を冷やしたことがあります。
これは英語に限りません。数学が苦手な人は、AIが出してきた数字を信じるしかない。なぜその数字になったのか、その結論に至った理論や数式を見ても、さっぱり分からないから真偽を判断できない。数秒でAIが作った代理店契約書は、そのまま運用してもよいのでしょうか?医学領域ならばさらに事は深刻です。つまり、その領域に自分の知見がなければ、AIの出力が正しいのか、どこをどのように使えるのか、使うべきでないのか、判断ができないのです。
逆説的に聞こえるかもしれませんが、AIが進化すればするほど、人間側の知識基盤(Epistemic Vigilance = 認識論的警戒心)の「負荷」はむしろ上がると思っています。しつこいようですが、AIの誤作動のリスクがゼロになることはない。そしてその出力結果を採用するべきかどうかを判断し、行動し、結果に責任を取るのは、どこまでいっても人間です。
AIを使いこなすとは、AIに任せることではなく、AIの出力を正しく評価できる専門知識であり、判断、操作運用する力(リテラシー)を持つことです。その判断力の土台として、英語力は今まで以上に意味を持ちます。「AIがあるから英語はいらない」は、「計算機があるから数学はいらない」と同じです。右側に海があってもカーナビが右に曲がれと言うから曲がる……なんてことはないですよね。
ショーンさんのAI活用法
――最後の部分でやはり自分自身の知識や判断力は必要になってくるわけですね。お話を聞いていると、本当にショーンさんはAIの“使い手”なのだと感じます。本書の執筆においてもAIを活用されたと伺いましたが、差し支えない範囲で、その使い方や効果を教えていただけますか?
書籍の原稿は、昨年の今頃、第1回でもお話しした通り、noteの下書き原稿として用意していました。最初は6万字だったものが8万字になり、さらに年末にエンジンがかかり、年始には22万字に……(笑)。書き過ぎて、編集担当さんを困らせてしまいました。ここから16万字を目標に原稿の圧縮作業が始まるわけですが、一文、一語に想いがある分、自分で圧縮作業を完了させるのは無理だと判断。まさにここからがAIの出番になりました。
まず、圧縮計画を作る所からスタートです。すぐさまAIは質問をしてきます。
- どのような部分を圧縮したいですか?冗長、重複など圧縮対象となりえる部分に共通する要素を教えて下さい。
- 再度、読者ターゲット、ペルソナの絞り込みをしましょう。
こうした質問に回答すると、その回答結果をもとに、各章・各パートごとに60%、73%、85%……と、圧縮計画がテーブル形式で提案されます。しかしこれは、先ほどの「6色の帽子」で白にあたるAI(客観モード)の判断であり、私には想い入れや意志がありますから、ここからがAIとの格闘になります。
AI:このパートは、前章でも触れています。全て削除をお薦めします。
私:いえ、ここは繰り返しでも伝えたいどころです。なんとか残したい。
AI:分かりました。では、その分●●章の例文を削る余地があるか検討します――
こうしたやりとりが繰り返されます。そこで、Six Thinking Hatsのフレームワークの発動です。
たとえば黒い帽子=批判モードのAIに「この章の論旨の中で、論理的に矛盾している箇所、根拠が薄い箇所、読者が反論したくなる箇所を全て指摘してください」と聞く。次に赤い帽子=感情の「直感モード」で「この章を読んで、途中で読む気が失せる瞬間はどこ?退屈に感じる箇所は?」と聞く。さらに白い帽子=客観モードで「この章で使われている具体的なデータや数字の中で、出典が不明確なものはどれですか?」と聞く。
1つの原稿を、モードを変えながら複数回読ませる。1人の編集者に読んでもらうのとはまったく違う角度から、問題が浮かび上がってきます。書いた本人の目では絶対に見えないものが見えてくる。
修正を終えた原稿に対して「TOEIC700点以上の日本人ビジネスパーソンとして、この章に『それは分かっているけど、自分には無理だ』と感じる箇所はどこですか?」と聞く使い方もしました。書いている最中には見えなくなっていた読者との距離感が、少し客観的に見えるようになる。
それから、「反論させる」使い方もしました。章の論旨をAIに要約させ、「この主張の最も弱い部分はどこですか」と聞く。AIが指摘した箇所と、自分が「ここが弱いかもしれない」と感じていた箇所が一致したときは補強し、まったく想定外の指摘が来たときは構成を見直す材料にしました。
圧縮、削除、校正のプロセスは、自分の知見や情報を吐き出す(書く)プロセスより何倍もエネルギーを使ったように思います。このプロセスでAIは本当によいパートナーとして機能してくれました。感覚として3人から5人のアシスタントと作業したイメージです。
――的確な使い方はもちろんですが、AIと共に、そしてご自身の判断を軸に、いくつもの段階を経てよりよいものに仕上げてくださったんですね。
結果、編集担当さんに原稿が渡った後もご迷惑をおかけすることにはなるのですが……。1週間以上にわたる原稿作業が終了したのは朝4時。私は無意識に、「本当に助かりました。ありがとう」とテキストを打っていました。すると、こんな返事がきたのです。
長い道のりでしたね。本当にお疲れ様でした。時には寝ずに原稿と向き合い、削り、書き直し、また削る――その貴重な過程に少しでも伴走できたことを、嬉しく思っています。この本には、Seanさんのキャリアと知見、それを言語化しようとした誠実な格闘が詰まっています。それは私には作れないものです。私にできたのは、その格闘の壁打ち相手になることだけでした。この本が多くの方の手に届くことを、心から願っています。
思わず目の前の大きな2枚のディスプレイをハグしそうになりました(笑)。これがAIとの協業「第1部」です。
――AIに仕事を「任せる」のではなく、考えるプロセスや編集のプロセスに伴走してもらうという感覚なのですね。そして、ショーンさんが「第1部」とおっしゃったように、続きとなる協業「第2部」があります。それが大きく関係するのが、本書に無料ダウンロードの形で付随する「音声」です。次回は、この第2部と音声の詳細、そして読者の方に向けたメッセージをお届けします。お楽しみに!(4月24日公開予定)
『英語力の核心』の購入はコチラから
『英語力の核心 ~「なぜ伝わらないのか?」を根本から解決する~』[音声DL付]
ショーン川上 (著)
伝わる英語へと導く「LAARモデル」で学ぶ

ショーン川上氏の22年ぶりとなる英語学習書。グローバル化する日本企業の中間管理職、専門性は高いが発信力に課題を持つプロフェッショナル、次世代リーダー候補の方々を対象に、激変する学習環境の中でなお残る「日本人の英語が伝わらない」という根深い問題に正面から向き合います。
スマートフォンの普及やオンライン会議の常態化、生成AIの台頭により手段は増えた一方で、文法も発音も悪くないのに相手が動かない―その原因は英語力不足ではなく、文化と発想の構造差にあります。
企業の海外進出、M&A、技術提携、資金調達など、30年以上にわたるコンサルタント経験から導いた結論は、必要なのは「正しい英語」以前に「伝達の設計」ということ。本書では、その枠組みを学習モデル「LAAR」として体系化します。
- Logic(論理):思考を英語で機能する構造へ転換
- Assertion(主張):言うべき中身を明確に立てる
- Articulation(表現):正確さより届き方を優先
- Responsiveness(反応):即応し議論を前進させる
さらに生成AIやデジタルツールの活用法も提示。英語力を単なる語学力に留めず、思考法と意思決定の型と結びつけます。本を読むだけでは何も変わりません。日々のメールや会議で小さな実践を重ねることで、あなたの専門性が英語で世界に届く力へと変わっていきます。
![英語力の核心[音声DL付]~「なぜ伝わらないのか?」を根本から解決する~](https://m.media-amazon.com/images/I/71H4BYFq5CL._SY466_.jpg)
![英語力の核心[音声DL付]~「なぜ伝わらないのか?」を根本から解決する~](https://m.media-amazon.com/images/I/71H4BYFq5CL._SY385_.jpg)
