写真:ロイター
2020年11月に行われたアメリカ大統領選挙は、まだ一部で流動的な要素もあるものの、民主党のジョー・バイデン氏が共和党のドナルド・トランプ氏に代わって次期大統領に就任する見込みが高くなっています。 今後 4年間のアメリカや世界、日本がどうなっていくのか、上智大学教授の前嶋和弘さんが 予測 、解説します。
アメリカの分断を示す選挙結果
アメリカ大統領選の選挙結果から見えてきたことは、アメリカという国家の分断が極めて顕著になっているという点に尽きる。
獲得選挙人の数は2016年と同じ「306対232」。ただ、勝ったのは、今回はトランプ氏ではなく民主党のバイデン氏だった。
あのときと同じ分断。共和党支持者には圧倒的な喪失感があり、民主党支持者には高揚感がある。
大統領選挙の結果においては「国民から大統領職の負託(マンデート: mandate )があるか」が注目される。今回の結果は「全国民からのマンデート」からは程遠い。
バイデン氏が獲得した一般投票は8000万票を超え、史上最大となった。トランプ氏も7400万票を獲得し、2期目を目指す現職大統領としては最大の数となった。それだけではない。トランプ氏の得票数は、近年では圧倒的な人気を集めたと言える2008年のオバマ氏の数字すら上回っている。
コロナ禍で導入された郵便投票の 影響 もあって、推定66.5%という、アメリカの大統領選挙としては衝撃的な高い投票率が両者の得票数の多さの背景にある。この数字は1900年の選挙以来の高さだ。ただ、当時は女性参政権もない時代だったため、比較の対象にならない。
しかし、得票数だけではこの激しい分断の意味がわかりにくい。2016年にトランプ氏が勝利した激戦州のうち、今回はアリゾナ、ジョージア、ウイスコンシン、ミシガン、ペンシルべニアの5州をバイデン氏が奪った。それだけで選挙人は73。つまり、両者の獲得選挙人の差74のほぼすべてとなる(残り1はネブラスカ州の選挙人5のうち、1人=同州は勝者総取りでない)。
そして雌雄を決したこの5州の差が極めて僅差だった。 具体的に は(かっこ内は差)、アリゾナ(0.31%)、ジョージア(0.26%)、ウイスコンシン(0.63%)、ミシガン(2.78%)、ペンシルべニア(1.18%)というコンマの戦いだった。
郵便投票という新しい制度に対する反発もあって、わずかな差が生んだ大きな変化をトランプ氏や支持者はなかなか受け入れることができない。
分断の深さは選挙直前の世論調査の結果を見れば明らかだった。ギャラップ社の調査によると、10月16日から27日のトランプ大統領の支持率は46%。同社の調査では、トランプ氏の支持率は就任以来一度も50%を超えることはなかった。ただ、共和党支持者に限れば95%、民主党支持者に限れば3%だった。この92ポイントという就任以来最大の差で11月3日の選挙に突入していった。
コロナ禍やロックダウンによる春から初夏までの急激な景気後退で、現職であるトランプ氏への風当たりが強くなったとする見方もあるが、それでも共和党支持者はトランプ氏を圧倒的に支持していただけでなく、支持の熱量も増えていった。それがこの差につながる。
大統領選挙と 同時に 行われた議会選挙でも分断が目立っている。下院では民主党は多数派維持だが、共和党側が議席増、上院ではジョージア州の2議席の決選投票待ちだが、共和党が全体で議席1は減らしても多数派を維持する 可能性 が高くなっている。
コロナ禍の中、上下両院で民主党が躍進するという 予想 は大きく外れ、共和党と民主党が議会の中でも僅差で拮抗(きっこう)しながら対峙(たいじ)するこれまでの状況は変わっていない。
バイデン氏は「分断」を緩和できるのか?
この結果を受けて 今後 4年間のアメリカ社会はどうなっていくのだろう。
言えるのは、「分断を癒やす」ことが極めて難しいという事実だ。2022年の中間選挙に向けて対立や緊張激化が 予想 される。
バイデン政権はそれでもトランプ政権の4年間のアンチテーゼとしてのさまざまな政策を打ち出していくはずだ。例えばコロナ対策なら全米のマスク義務化、トランプ政権が離脱したWHO(世界保健機関)への復帰も進めるだろう。環境政策なら同じようにトランプ政権が離脱したパリ協定に戻るはずだ。人種差別反対デモが訴えた警察改革も呼び掛けていくだろう。
ただ、これらの政策については両党支持者の間で意見の違いが激しく、議論すら難しいのが現状だ。
コロナ対策なら、マスクをするかしないかが「踏み絵」となり、ロックダウンと経済再開の激しい意見の対立が目立っていた。
気候 変動 対策についても そもそも 共和党支持者は否定的であり、温暖化と寒冷化という長い時間をかけた周期がある中、「温室効果ガスを減らしても、根本的な気候 変動 対策にはならない」と信じている人が多い。
また、警察改革よりも「暴徒化するデモを法と秩序で抑えるべき」という共和党支持者の意見は当分、変わりそうにない。
選挙公約の「Build Back Better」とは?
こう書くとどうも悲観的になる。ただ、バイデン氏にはワシントンの中心で50年近い経歴があり、圧倒的な 安心 感がある。特に、政敵と言える、立場が異なる相手と話し合う調整役としての能力は抜群だ。自らがブルーカラー層の出身であり、トランプ氏の熱烈な支持層にも一部食い込んだバイデン氏の気さくさにも期待が持てる。
バイデン氏の政策にも超党派型のものがある。目玉公約の「Build Back Better」は、人種間の公平さの促進、保育・介護サービス分野の改革など、民主党支持層を念頭に置いた政策も含んでいるが、むしろ、アメリカ製品の購入に重点を置いた製造業の促進やインフラ 整備 、技術革新の奨励などを柱としている。このあたりの政策はトランプ氏が訴えた「 Make America Great Again」にそっくりだ。
「回帰」と「維持」を併せ持つ外交
バイデン政権の誕生は世界に何をもたらすのか。キーワードは「回帰」である。
まず、バイデン外交の目玉はなんといっても同盟国重視の外交への回帰だ。バイデン氏は選挙戦で「トランプ外交がアメリカの孤立を招いている」とし、「国際的な同盟関係を素早く回復させる」と明言してきた。主には欧州などとの関係 改善 を目指している。
さらに、上述のパリ協定、WHOへの復帰など国際協調路線への回帰も明言している。イラン核合意への復帰も模索されるであろう。
また、トランプ政権では重視されてこなかった人権や環境問題などがバイデン外交では重点項目に戻ってくる。さらに、トランプ中心のトップ外交から外務省や国務省など専門家ルートを通じた外交に戻っていくだろう。
それでも、トランプ外交からの継続もいくつかある。例えば、「もうアメリカは世界の警察官ではない」という流れだ。バイデン氏は、中東では米軍はテロとの戦いに焦点を絞ると何度も 主張 してきた。トランプ氏のような 具体的な 駐留米軍の削減には言及していないが、「引いていくアメリカ」というベクトルは変わらない。
また、アメリカ国内での対中世論が悪化する中、中国はバイデン政権でも「宿敵」という扱いになるだろう。
この変化と継続性は日本にとって、注視すべきことであるのは言うまでもない。トランプ氏のように関税と安全保障問題をてんびんにかけた交渉だけでなく、環境政策などを引き合いに出した外交交渉がかなり目立っていくだろう。このような変化に、日本は迷わずきちんと対応する必要がある。
長く続くであろう「米中新冷戦」の中、日本は米中関係を意識しながら、アメリカとの関係を考えなくてはいけないという、連立方程式を解くような難しい状況になっていくだろう。
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前嶋和弘(まえしま かずひろ) 静岡県生まれ。上智大学教授。専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著作は『 アメリカ政治とメディア 』(北樹出版、2011年)、『 危機のアメリカ「選挙デモクラシー」 』(共編著、東信堂、2020年)、『 現代アメリカ政治とメディア 』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、“ Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan ” (co-edited, Palgrave, 2017)など。
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